世界の片隅で -昼・2-
本日は、だいぶ冷え込んだ一日であった。
昼を過ぎても太陽の恩恵はほとんど地上には届かず、冷気にさらされる肌が真っ赤になってしまうほど。
ここはとある町のとある裏路地。
もこもこのダウンジャケットにマフラー(売り物のようだが、おそらくは手編みであろう)、もこもこの耳当てというフル装備の青年が歩いている。
金の髪に、今日は顔をのぞかせない空の色の瞳。
寒さで赤くなってしまっている赤い鼻の上にちょこんと乗せられたメガネ。
学生らしく、スポーツバック一つというラフな格好で歩いている彼は、おそらく何かスポーツをやっているのだろう良い体格をしている。
まだ甘さの残る顔立ちは幼く、彼をどこか可愛らしく見せている。
彼は、最後は半ば駆け込むようにして、看板のでていないとある店のとあるドアを開けて店内へと駆け込んだ。
そして。
「キク、キク!!寒いんだぞお腹すいたんだぞーっ!!」
入るなり思い切り、かけらの遠慮もなく叫んだのであった。
「このすっとこどっこい・・・お客さんがほかにいなかったからいいものの、あなたはもう少し周りの状況を・・・というか空気を読んでください空気を」
「Oh、キク!ヤツハシを忘れてるんだぞっ☆」
「あなたに差し上げる八橋はあいにくと切らしております永久に。・・・全く、あなたと来たら・・・」
見た目、孫と祖父のようなやりとりは全く持って見ていてほほえましい限りである。
頭一つほども違う金髪の青年を見上げるようにして、着物姿の黒髪の・・・どこか年齢不詳な青年が、ふぅと深いため息をついてこめかみを押さえた。
この黒髪の青年はこの名前のない店の昼の店主である。
現在は昼時を過ぎて、ティーブレイクの合間のちょうどの空き時間ではあるけれども、この時間に訪れる人がいないわけではない。
なのに、この青年と来たらいつだって全力で店に駆け込んでくれるのだから頭の痛い話しなのだ(二度ほど、扉を破壊されたことがある。もちろん弁償させたが)。
「今日は和食しかご用意できませんよ。私のまかないと同じで申し訳ないですが」
しかし、この青年に言い聞かせたところで柳に風、のれんに腕押し、糠に釘であるということが重々わかっているので、店主は早々に説教を切り上げることにした。
時々本気で豆腐に頭ぶつければいいのにとか思っているのは秘密である。
「かまわないんだぞ!ジャパニーズ・フードはダイエットには最適だからね!」
「・・・食べ過ぎたら意味がないと思うんですが・・・」
「ん?何か言ったかい?」
「いえ何でもありません・・・冷えたでしょう、珈琲を先に入れますから、飲んで暖まっていてください」
彼と同じ顔立ちをしたもう一人であればメイプルシロップをたっぷりと入れる珈琲は、この天真爛漫な青年であれば浅入りのアメリカンを好むと店主は知っている。
赤くした鼻のまま、満面の笑みを浮かべて頼むよ!と明るく言ってのける彼は、人を無理矢理引きずってしまう強引さを持ちながらどこか憎めない。
結局、もって生まれた人に愛される魅力なのだろうかと思っておくことにしよう。
お腹をすかせた若者の腹をみたすべく、店主はたすきひもで袖を結んでキッチンへと足を向けるのであった。
「・・・それでね、ヒーローは泣いてる子供なんて見逃さないからね!もちろん助けに走ったさ!」
目の前の青年・・・アルフレッドは大学生である。
成人を目前にしてしかしきらきらとした夢を語る瞳は、まさに希望に満ちあふれている。
店主の菊としてみれば、「ああ・・・若いですねぇ」とまさにじじむさい感想がこぼれ落ちるのだけれども、決してそれは不快なものではない。
将来の夢は小学校から変わらずヒーローであるという少しばかり変わった青年は、菊が用意した軽く二人前はあるだろう遅めの昼食をもぐもぐと口の中に詰め込みながら身振り手振りを含めて最近のできごとを語ってみせる。
そんな彼の冒険談を聴くのは実のところ結構楽しみでもあったりする。人と人のつながりが希薄になりつつある現代において、ヒーローになるんだと豪語してやまない青年は、少しばかり周りをみないときもあるけれどもまっすぐすぎてまぶしい。
「・・・ところで菊、最近あの人はみてるかい?」
おやおや、前ふりが長かったですね。とは言わないでおく。
いつも人の目を見てはなす彼が、唯一視線を宙に浮かせる話題がそれなのだ。・・・可愛らしい傍らで、どこかもどかしい。
彼のいう「あの人」とは、彼の父親違いの兄のことだ。
四歳ほど彼よりも年上の兄は、複雑な家庭事情からほかの三人の兄たちがいる実家からは離れて(離婚した母親・・・アルフレッドの母親の元に、小学生の頃から身を寄せていた)、アルフレッドが小学校にあがる前に家族になった人だ。
それはそれはアルフレッドともう一人の弟を、不器用ながらもかわいがった人である。
母親が亡くなり、三人だけになってからは高校へ行く傍ら必死に二人を育ててくれた人でもある。
様々なことがあって、アルフレッドはかれこれ二年以上兄とは顔を合わせてはいない。
それは、様々な諍いやすれ違いが原因であったのだけれども、お互い素直になれない兄弟はお互いをこっそりと心配しながらも直接に互いにそれを聴くことはできないのだ。
元々、この店は彼の兄である人が通っていたところに、弟たちを連れてきたのが始まりだ。
兄とのつきあいの長い菊を通して、時折こうして兄の様子を聴くのが、おそらくは無意識だろうアルフレッドの習慣んなのである。
菊は、そんなアルフレッドのことを理解しながら、あまりそのことに口を出すことはせず、聴かれたことに素直に答えることにしている。
もどかしいほどにすれ違っている兄弟だけれども、いつかまた昔のように仲の良い兄弟になって欲しいとすら思っている。
でも、まだ早い。
きっとまだ、早い。
「・・・最近は、お見かけしていないのですよ。お忙しいようですね」
彼の兄である人は、足しげくこの店に通ってくれている。
けれども、最近数ヶ月は全く姿を見せていなくて、菊も少し心配に思っていたところではある。
何せ、弟たちのことは過保護なほどに気にするくせに、自分のことはすばらしく無頓着であるのだ。
例としては、弟二人が風邪を引いて真夜中に病院に駆け込んだくせに、入院したのはなぜかその兄・・・自分が肺炎を患っていることにも気づかずに弟たちの看病に明け暮れていたというあきれた落ちを付けてくれたときには、さすがに見舞いに行った菊も長々と一時間は説教をしてしまった気がする。
「・・・そ、そうかい。まぁ、あの人が周りに迷惑をかけていなければいいんだけどね!」
一応身内だから、あんまり周りに迷惑をかけるとこっちが恥ずかしいんだぞ!!
そんなかわいくないことをいうものだから、菊は緑茶を飲みながら涼しい顔をしていってやる。
「アーサーさんはとても紳士な方ですよ・・・どこかの方とは違って、ドアもふつうにあけてくださいますし」
「Oh!いったい誰だい?ふつうにドアを開けられない人なんて!」
DDDDDDD!と笑うアルフレッドの頭を、とりあえず菊は背中から取り出したハリセンで思い切りひっぱたいておいたのであった。
弟君その1。
誰・・・?さんは夜に登場していただきます。
時間軸としては、最初のお話の一週間ほど前になります。
2010/11/29(若干日付詐欺)