「レプリカっ!貴様っ...」
「...?」
偶然にも、道中アッシュに出会った。
否、ローレライの鍵を探してギンジとともに世界を渡り歩いている彼は恐らくアルビオールを目当てにやってきたのだろう。此方がアルビオールを降りたところを見計らって逃げられないように突撃してきたあたり、計画的とも言える。
が。
彼の不幸は、テロップで躓いたルークにあまりにも近づきすぎたことにあった。
...豪快にルークが体を躍らせるのと、アッシュが瞬間硬直するのはほぼ同時のことで。
時間にしてみれば一秒にも満たない世界において、次に響いたのは...
ごがっ
それはそれは、見事なまでに、いい音がした。
なんというか、人と人との頭蓋骨の衝突というのはこれほどまでにすさまじい音を立てるのだと感心してしまうくらいに。
誰もがぽかんとしてしまうほどにいい音を立てて衝突した赤毛の二人が同時に地面に倒れ、過保護な幼馴染の悲鳴が上がるのは最早、確定条件といえた。
ユリアの気まぐれ
「...だ、旦那。どうなんだ?大丈夫なのか」
出会い頭衝突するというなんともコメディチックなコントをやってのけてくれたオリジナルとそのレプリカコンビは、一言も発することなく昏倒し(否、一人はもともと言葉を発することはできないのだが)、あわててアルビオールを飛ばして駆け込んだ宿、軽い診察を終えて出てきたジェイドにかみつくようにしてガイが詰め寄った。
真剣そのものだけれども、同時に過保護そのものでもある金髪の青年に若干苦笑しながら、ジェイドは正直に診察したままを述べる。
「とりあえず、目立った外傷はコブだけのようですね。...あとは目を覚ましてみないことには何とも」
ガイの後ろに、心配そうに待機していた他の面々もほぅと安堵の息をつく。...本当に、何かひどいことになっているのではないかと思わず疑ってしまうほどに、轟音を響かせて倒れたのだ。あの二人は。
「わたくしとティアで、後ほど回復譜術をかけますわ。内部へのダメージは消せませんけれど、とりあえずはコブの部分だけでも少し回復して差し上げた方がよろしいでしょうし」
「え、ええそうね。その方がいいと思うわ」
未だあの轟音のショックから微妙に立ち直れていない回復組は、それでも己の役目を果たそうとジェイドと入れ替わりにアッシュとルークが眠っている部屋へと入っていく。
何せ、体の弱いものや気の弱いもの...例えばファブレ公爵夫人などかあの光景を見てしまったらば卒倒したに違いないほどの衝撃映像だったのだ。幾ら普段戦闘に加わっている彼女らとはいえ、かなり心臓に悪かったに違いない。
「しかしなんでルークもあんなところで転ぶわけぇ?...普段あんだけ戦闘中軽がると動き回ってるくせに」
安心したからだろう、憎まれ口を叩くアニスもどこかほっとした様子で苦笑交じりの言葉。
流石に邪魔になってしまうからと主人と離されたミュウを腕に抱えながら、あんたのご主人様ほんっと抜けてるよねぇと笑う。
「まぁ、ルークは昔から何故かよく転んでたしなぁ...しかも何故か頭からとか突っ込むんだよ、手を出せっていつも言ってるんだけどな...」
ルークを生まれたときから知るガイは、若干ルークの衝撃映像には慣れた様子ではあったが矢張り心配は心配であったようで、苦笑交じりに頬を掻いている。
「...まぁ、目が覚めたらお説教ですね。全く、ガイの教育不足ですよ」
「俺かよっ!!...ってまぁ、そうだな、起きたら少し身の守り方について講義したほうがよさそうだな。あの七歳児に」
ジェイドの些か理不尽な発言に微妙な顔はしたものの、結局のところ弟のように可愛がっているルークに激甘の自覚があるこの元使用人はどうやら再度の教育計画を練り始めたらしい。ぶつぶつと、「...まずは受身の取り方からやり直すか...」と、当たっているようで実のところずれているセリフを呟いているのは果たして自覚しているのか無自覚なのか。すでに、過保護すぎるガイの発言に半眼になったアニスはミュウを抱えてさっさと隣の部屋に戻ってしまった。
やれやれ、とジェイドは肩を叩きながら、とりあえず自分も少し休むかと隣室の扉に手を掛け。顔には出さなかったもののほんの少しの安堵の息を吐きながら扉を開いた。
「...あらアッシュ、起きてきた...の?」
最初に扉を開いた彼に気づいたのは、入り口付近にいたティアで。
けれども、語尾が疑問形になったのは、何だか彼が別人のように見えたからだ。
きているオラクルの団服も、前髪を全部上げてしまっている髪形も、ルークよりも少しばかり色の濃い瞳と髪も、全部アッシュのもののはずなのだけれども。
ティアの珍妙な声に首をかしげて、一緒に茶を飲んでいた面々も入り口に振り返った。そして、矢張りティアと同じように硬直する。
「...」
大変解りにくいが、ジェイドすらもカップを持ちながら固まっていた。目は見開かれたままでアッシュから外す事も出来ていない。それほどまでに、今目の前にいるアッシュは違和感がありすぎた。(勿論、それは今までをともにしてきた仲間だからわかることだけれども)
「...」
何だか、バツが悪そうに頭を掻いているその表情も、アッシュというよりはむしろ...
「ご主人様ですのー!」
空気をある意味読んだミュウが沈黙もなんのその、ティアの膝から飛び降りてアッシュの腕の中にダイブした。苦笑しながらも抱えあげるその姿は、矢張り違和感を募らせるものでしかなく。
「...一言でお聞きしましょう。貴方はルークですか?」
眼鏡をおさえながら平坦な口調で(あくまで口調は、であるが)たずねたジェイドの言葉に、矢張り困ったような顔を崩さずに、
「ええと、はい」
と頷いた彼の肯定に、コレで「いやアッシュです」と返されるよりはよほど安堵した出来るほどには、彼は『ルーク』であった。
「アッシュが意識を戻していないせいもあるのでしょう...何せ人間の完全同位体レプリカなど初めてですから、どれだけ強いチャネリングが働いているのかは未知の領域です。とはいえ、一時的なことだとは思いますが。アッシュが目覚めれば時期に戻るでしょう」
「...えーと、悪いな。ジェイド」
簡単な診察を終えて結論を出したジェイドは、目の前で困ったように小首を傾げている小動物(のように見えるもの)から微妙に視線を逸らした。(色んな意味で心臓に悪い)
「...どうしました?」
中々反応が返ってこないものだから、再びルークに視線を戻せば、ニコニコと笑って此方を見ているばかりで一体何を考えているのかわからない。
普段は話すことの出来ないルークであるのに、アッシュの体に入っていることでそれが可能になっているという状況も、どこか違和感を覚えるものがあるのだろう。
もしかしたら、有り得ない状況にルーク自身、少し浮ついているのかもしれなかった。
ルークの心を読みきれずに問うた言葉に、帰って来たのは単純な答え。
「...ん?ちょっとだけ、うれしいなって思ってさ」
「嬉しい?」
「だって、こうしてジェイドと話せるから。アッシュには悪いけど、少しだけ俺、ラッキーだったなって思うんだ」
「そうですか」
「うん」
本当に嬉しそうに頷くものだから、それ以上何も声をかけることが出来ずに、ジェイドはただなんとなく、ルークの頭に手を置いてなでてやった。...いつものように、目を細めて気持ちよさそうにする様子がまるで猫のようで、生来素直なたちなのだろうルークは、喉を鳴らして笑う。
...そんな、当たり前の光景を、ルークは生まれたときから与えられずにきたのだ。...言葉のあるなしが人の価値に関わるわけではないが、こうして話せることを心底楽しんでいる顔を見れば、己の罪の具現であるフォミクリー故に奪ってしまったその声に、遠い昔に棄ててしまったはずの罪悪感が募る。
「いつ戻るかわかんねーし、先に言っとくよ、ジェイド」
自分の名前を呼んだ声に、思考の中に沈みかけていた意識を引き上げられて再度ルークを見れば、いつもの表情で笑いながら言ってきた。
「俺は生まれてきたことを後悔はしてないよ、ジェイド。皆に...ジェイドにあえて、良かった」
「っ...あなたと言う人は」
常であれば、思考を先読みするのはジェイドの役目だというのに。
まだ生まれてから七年しか立たぬ子供に、こうまでも翻弄されるとは。
そして、その子供を、もう手放すことも出来なくなっている自分がいる。
思わず眼鏡をおさえれば、くすくすという笑い声が漏れて、『アッシュ』の姿をしたルークが笑顔をこぼす。
「全く、困ったお子様です」
「?何が?」
「...いえ、此方の話です」
確かに今回ばかりは、猪突猛進なあのオリジナルに感謝しなくてはいけないのかもしれない。
再度、ルークの頭に手をやって、ジェイドは心中だけでそんな言葉を、呟いた。
ベタ!!ベタベタですよ奥さん!(ヲイ)
いやー、ヘタレ三十代バンザイ!ルークのほうが素直な分よほど積極的です。
どうにも先の展開が暗くなるので、少しギャグタッチにしました。
このころのルークはもう吹っ切れてるので、ちゃんと皆に好きオーラ全開のタラシ人間に成長しております。ジェイドも気が気じゃないでしょうね(笑)
流間たぅ様のリクなのですが、丁度本編筋で書きたい場面だったので此方にも収納してしまいました。変則的で申し訳ありません;;
このようなもので宜しければ御受け取り下さいませ。
2009/4/12up