たとえば、初めて剣を習い始めた日。
たとえば、初めて料理を作った日。
たとえば、初めて一人でお使いにいけた日。
そんな些細なことを喜び、褒めてくれるような家庭には、ルークは縁遠かった。
近い未来、死地に送り込む息子を見ないようにしていた父親。
優しいばかりの、弱い母。
腫れ物でも扱うかのようにこびへつらう使用人たち。
唯一、育ての親とも呼ぶべきガイも、やはり家族とは呼びがたいもので。
だから、かつての自分はヴァンに父親に近い憧れを抱いていたのかもしれない。
親というものは、得てして子供の成長を見守り、それを喜ぶ存在であるのだろう。
ああそうだ。多分そうだ。
うん、そうだ。
...そろそろ、ルークは現実逃避をあきらめることにした。
グレープフルーツの奇跡
なぁ、ラルゴには、子供いるの?
始めは、ルークのそんな発言だった。
昼寝というか、寝過ごしすぎて起きたのが夜の七時だったというとんでもないことをしでかしたルークは、さすがに夜に寝付くことが出来ず珍しく遅くまで活動をしていた。
小腹が空いたので何か食べようかと食堂に下りたところ、隅でちびちびと酒を飲んでいたラルゴがいたのだ。
ルークが近づくまでは、ロケットの中の写真を眺めながら呑んでいたようだったが、ルークに気がつくとさりげなくそのロケットは閉じられた。
「あ、ラルゴ、それもらっていいか?」
「ああ、いいぞ」
つまみにしていたのだろう、チキンにルークは遠慮なくかぶりつく。
ソースを頬に飛ばしたルークに、ラルゴが無骨ながらも優しい顔をしてぬぐってくれる。
それと同時、ため息が漏れたラルゴの表情の理由をルークは知っていたから、なんとも複雑な気分である。
ナタリアを想い、呑んでいたのだろう彼になんとなく話しかけづらくて、口走ってしまってから、ルークははっと口を押さえた。
だが、顔に見えずともそれなりに酒が回っていたのだろうラルゴは、ルークの発言の不自然さに気づくこともなく答えてくる。
「...昔、な」
うわどうしよう、自分から振っといてかなりシリアスか、これ。
何せ、ラルゴの過去が過去だ。うかつに笑いに持っていくわけにもいかないし。
これで相手が髭であれば、即座にチキンを鼻につめてやってうぜぇの一言を浴びせるだけで済んだのだけれども、ラルゴは自分を昔からかなり可愛がってくれていた。
どうしようどうしようと、顔には出さずに困っていたルークの肩を、がしりとラルゴがつかんだ。
「俺の娘はな、それはそれは聡明でかわいらしかったんだ。...俺によく似ていた」
「それは可愛いのか?」
シリアスだと承知していたにも関わらず、突っ込まずにはいられなかった。
ラルゴ似のナタリア...想像したくもない。
いや、ルークが以前と違いここにいるのだから、多少自分の知っている歴史と書き換わっているのだろうけれども...いや、もしもそうだったとしたら、アッシュがかわいそう過ぎる。
「可愛いとも」
しかし、親馬鹿+酒の勢いのあるラルゴには、ルークの冷静な突っ込みもまったく聞かないようだ。そればかりか、娘自慢の火種に火をつけてしまったようだ。
「それはそれは聡明な子でな、生まれた瞬間に立ったんだ」
「馬の子供じゃないんだから」
それは不可能だろう、人間としては。
「そして、次の日には俺の名前を呼んでな」
「...ムリだろ」
あーだのうーだのおーだのの連呼を、自分の名前だと思えるその想像力に拍手。
「妻に似て、料理上手に違いないし」
「...。」
リグレットの料理の上を行く(というか、下か?)、アレをうまいといってしまうと、人類はもれなく死に絶えるのではなかろうか。障気よりもたちが悪い。
「三ヶ月目には音楽に反応して腹を蹴ってなぁ」
「はぁ」
三ヶ月で腹を蹴れるほど、人の子供の成長は早かっただろうか。
段々生返事になってきたルークに構うことなく、メリルメモリーズを熱く語る巨漢の男に、ルークが冒頭の現実逃避に走ったとてなんの罪があろうか。
とりあえず、ルークの頭が今この場所からどうやって抜け出そうかということだけにフル稼働し始めたそのとき、ルークにとっては思い切りお呼びでない声が降ってきた。
「私のメシュティアリカは、五歳にして人体の急所をつくことを覚えたぞ!!あのとき、それはうれしそうに、私のみぞおちを連打してきたことを忘れない!!」
...。
それは、何か妹自慢とかそれ以前の問題ではなかろうか。
ティアはもしかして、この髭が嫌いだったのではないだろうか、というような予想がルークの頭に浮かんだ。
そういえば、あの時ファブレ邸を襲撃したときのティアもまったく躊躇してなかったし。決戦のときも、前衛を差し置いてあのハイヒールでがんがん兄の頭を蹴りまくっていたような気がする。
「メリルなど、首が座る前に裏拳を放ったぞ!!」
「ふっ、甘いな。メシュティアリカなど、最近は絶賛反抗期で洗濯物も一緒に洗ってくれんのだ」
...ルークは、ちょっとだけヴァンがかわいそうになってきた。
しかし、何故だかラルゴは「それは、一度は通る父親の苦悩!!」などといってうらやましがっている。ルークにはちょっと理解できなかった。
気づかれないようにそっと、しかし確実にわけのわからない次元で言い争っている二人から遠ざかるようにしながら、ルークはぼんやり思う。
(そういえば、俺には赤ん坊の時代なんてなかったんだよな...)
エルドラントの記憶から気づけばここにいて。でも、どちらの記憶でも自分の始まりは十歳の姿でしかないのだ。...その前は、存在しないしあるわけもない。
それを思うと、多少...いや、かなりウザイこの二人のやり取りも少しうらやましいような気がする。
ちなみに、総長の私室には「アッシュメモリーズ」なるルークの成長の事細かな記録と写真の入ったアルバムが138巻ほどあるのだけれども(絶賛連載中)、そんなことは知らないルークはある意味幸せだろう。見つけた瞬間かゆさに身体をかきむしり、燃やすことはうけあいだ。
その間にも、兄馬鹿と親馬鹿の二人の言い争いはヒートアップしているようだ。
そろそろ、眠さが襲ってきたルークは、そんな二人には頓着せずにあくびをし、自室へと足を向ける。
人の恋路を邪魔する奴はなんとやら、だけれども。
この場合、子自慢、妹自慢の邪魔もそれに当てはまるだろうし。
後ろでは、ついに自らの得物を取り出し剣呑ににらみ合っている総長と師団長がいるのだけれども、眠さに勝てなくなってきたルークには全然興味のないことで。
翌日、半壊した食堂を黙々と直す両名の姿が見られたそうだが、まぁあまり興味のないことだったのでルークの日記(現在も、なんとなく書いている)に書かれすらしなかったそうな。
うーん、ギャグが弱い...
親馬鹿と兄馬鹿を出したかっただけです。ルークの出番は割りと少ない。
ちなみにタイトルは、たまたま手元にあった某清涼飲料のキャッチフレーズです。
2007.03.18up