羊の皮を被った仔狼
「今年も、この日が、やってきてしまった...」
オラクルの兵士達が、誰ともなしに呟いた。
顔面蒼白、とてもではないが、常時とは思えないほどの緊迫感に包まれている。
まるで、これから敵襲があるのだといわれたほうがよほど説得力があるような、それほどのぴりぴりとした空気。
それとはうらはらに、別段教団内の様子といえばいつもどおりで、今日も今日とて教団の最高指導者たるイオンはそれなりにのんびりとあの天然オーラをぶちまけながら政務をこなしてる。別段、彼に何が差し迫っている状況があるわけでもない。
守るべき主が平和であるというのに、どうして平和的空気がかもし出せないかというのは別段オラクル騎士団において珍しい疑問ではない。
というか、ここ六、七年くらいのオラクル騎士団においてはだ。ユリアの時代から(いや、ユリアの時代はそもそも物騒な時代であったけれども)ダアトがそこまでオモロイ現象に巻き込まれていたわけではない、念のため。
じゃあ、結局なんでこんなにぴりぴりとしているのかといいますと。
...それはまぁ、いつもの事ながら、オラクル騎士団におけるカリスマ的存在である『彼ら』のおかげ(せい)であるのだが。
節分といわれては鉛玉のごとき豆を敬愛する総長に向かって問答無用(強制)で投げさせられたり。
ひな祭りといわれては、これまた襲撃のごとく人形にぼこぼこに殴られた挙句あられをつぶてのようにぶつけられるし。
「春分の日は一日の昼と夜がちょうど半分だから、髭も半分(まっぷたつ)にしていいんだよな?」と笑顔でのたまう天使な悪魔をついこの間総員で止めたばかりだというのに。
そう、今日は、ノームガーデン、ローレライ、一の日。
つまり。
四月一日。
―――俗に、エイプリルフールといわれる今日の日を、『彼』が見逃すはずもなかろう。
こと、意外(?!)なことに普段嘘をほとんどつかない『彼』だが、今日だけはそのリミッターを外してくるのだ。
...あぁ、神様ローレライ様ユリア様。どうか、今日を平和な日にしてください。
兵士達の祈る先には、美しいステンドグラスで、美しく微笑む始祖ユリアがいたが、彼らの目にはもうすでにユリアの微笑みすらも嘘のようにうつってしまっていた。
...大分末期であろう。
総長は、身構えていた。
オラクル騎士団の兵士達同様、彼もまた、今日というこの日に備えていた。
常に、戦士というもの油断などしてはいけない(いや、お前らそもそも油断だらけだろう、という突っ込みをすると副官のプリズムバレットが飛んでくるのでご注意。)、真の戦士たる彼は、静かにそのときを待っていた。
逃げることもなく、目を背けることもなく。
去年の惨劇を思い起こしながら、なるべくのシュミレーションを済ませ、深呼吸を一つ。
「げほごふげふっ」
...むせたようだ。
ホド崩落を生き残り、今の今までオラクルの頂点を走ってきた自分が、今更何におびえることがあろう。否、ありえるはずがない。
自身にそう言い聞かせ、ヴァンはすっと扉に目を向けた。
そこには、いつもとは違ってキチンと正面入り口から入ってきた赤い髪の少年の姿。
そうして、仮面をした緑の髪の少年の姿。
それぞれに、ものっそい笑顔だ。
なんかもう、笑顔だ。
これでもかというほどに、例えば、某金髪の使用人など一発でノックアウトされるほどに、笑顔だ。
だが、ヴァンは知っていた。
その笑顔は、炎だ。
ふらふらと近寄れば、間違いなく焼かれる。
ろうそくの炎のレベルではない、火炎放射器のレベルだ。
しかも、間違いなくこの二人ならそのノズルをものごっつうれしそうに自分に向けてくるだろう。
...自分で思っておいて、ちょっとだけ、ヴァンは悲しくなった。
「ねぇ、ヴァン総長」
「し、シンク!!ようやくお前は総長という単語を覚えたのだな!!」
しかし、ヴァンの決意など生ハムよりも薄く、最新薄型携帯よりも軽く、低脂肪牛乳で作ったフルー○ェよりも脆かった。
生まれて随分たつというのに、まったく自分を「ヒゲ」としか呼んでくれなかった子供が、自分をヴァン総長と呼んでくれたのだ。これはもう、こっそりあとで緑っこメモリーズに残すしかあるまい。
狂喜乱舞のヴァンに、こっそりシンクが世にも嫌そうな顔をしていたりもするが、隣の赤毛の少年...アッシュに突っ込まれていたので表情を元に戻した。まぁ、感情の起伏がいまいちわかりづらいので、あんまり変わっていないけれども。
「ヴァン師匠!俺のことは無視?」
ぶほっ
鼻血(というか、鼻以外のところからも何か飛び出していたから厳密に鼻血と分類していいのかいまいち悩むところではあるが。)を吹き出しながら、ヴァンは今アッシュの口から発せられた言葉を何度も何度も脳内でリピートしていた。(オプション:笑顔付)
ヴァン師匠、師匠、せんせい、センセイ、せ・ん・せ・い!?
あぁ、メシュティアリカ。お兄ちゃん今とても幸せだぞ、お前が初めて私のことを兄さんと呼んでくれた日のことを思い出していたんだ。...アッシュに、あのアッシュに師匠と呼んでもらえる日が来るなんて...
横で、うわまじこいつキモイね。とか、言うな、俺も今猛烈にかゆい、というか蕁麻疹で照るんだよほら見ろよこの腕。とか、大変冷徹な顔で言い交わしている二人の少年が降りましたけれども、すでにその様子はうかれフィルター完備の総長には目に入らないご様子である。
「尊敬してる師匠に、俺たちからプレゼントなんだけど」
「うむ、そうか。受け取っておこう」
内心、アッシュ可愛いぞ!!かわいいぞぉおおおおおおっ!!!!!と叫んでいる見た目四十代、実際二十代のヴァンだが、鋼鉄の自制心で総長らしい威厳を保つ。尊敬しているなどといわれては、その威厳を損なうわけにもいかないだろう。(そこ、もとからないとか言わない。)
綺麗にラッピングされたそれは、どうやら菓子の類のようだ。
「じゃあな、師匠」
「邪魔したね、総長」
内心、いつ「エイプリルフール!!」と叫ばれるかと思っていたけれども、特に何もないままにこやかに(総長フィルターでは、少なくとも)二人は去っていった。
そうか、やっとあの二人の反抗期も終ったのか...。
そっと、目の端に浮かんだ涙をぬぐったヴァンは、今夜は一人祝杯でも上げるかと、もうすでにお祝いモード炸裂である。
...今日が一体何の日なのか、もはや忘却のかなたなわけで。
扉の向こうで、二人組が爆笑しながら走り去っていくことも、まったく気づいていなかった。
...そうして、箱の中身が一体何であるのかも、全く。
全く、気にすることもなく。
「で?今度は一週間もどこに行ってたわけ?」
「いや、バチカルまであの菓子を調達に」
「じゃあ、マジで普通にあれお菓子なの?」
がっつんがっつんとブーツの底を床に叩きつけながら歩く二人は、ちょっとばかし小柄ではあるが今絶賛成長期。まかり間違っても「もうムリだろう」などと口にすれば地の果てまで追って煮干漬け(カルシウム)の刑に処されるだろう。
すでに、ヴァンの部屋に行く前に無作為に抽出したスケープゴートに口ではちょっと言えない嘘(というかいたずら)をしでかした後だったので、二人の気配を察知した兵士達がすでに逃げ回っているため人の気配は二人以外にない。
蕁麻疹を作ってまで、やり遂げた作戦に満足げなルークとは対照的に、菓子の中身を知らないシンクはちょっと不満げだ。
「まさか、リグレットの菓子とか言わないよね?それじゃ普通すぎるし」
いや、人を一週間寝込ませる菓子は、普通とは言わないだろう。
しかし、シンクにそんな常識は通用しないのでこの場合そっと心にとどめておくことをお勧めする。
対してルークは、にやりと唇の端を吊り上げた。
「言っただろ?バチカルまで調達にいったって」
「...うん」
「...バチカルにはな、リグレットの料理を可愛い失敗作といってしまえるほどの料理の腕の持ち主がいるんだ」
「...それは...」
「ちょっととある人物に成りすまして、手に入れてきたある意味貴重品だ。アレくらいのサービスは可愛いもんだろう」
シンクの口元が引きつった。彼も、昔間違ってリグレットの手料理を口にしてあわや生死の境をさまよったことがあるのだ。それ以上の料理を想像することが出来なかったらしい。
「それって、まんま毒物なんじゃ...」
「うんにゃ。おかしなことに間違いなく食品しか使われてないんだなこれが。」
『昔』のルークは、何度も食材が何か別の物体に形を変えるところを見てきたのだ。
「まぁ、明日あたりに様子見に行ってみようぜ。...さて、あとディストあたりからかいにいくか!」
「ネクロマンサーの振りしてオレオレ詐欺でもやる?」
「お、いいなそれ!!」
嬉々としながら、廊下を走っていく無垢(???????)な少年達。
結局のところ、普段とあまり変わらない、オラクルの風景なのでした。
...訂正、翌日、リグレットによって発見されたヴァンの身体に謎の紫斑点が浮かんでいた以外は割りと普段どおりでしたとさ。
ひ、ヒゲがかわいそう過ぎる!!
...ナタリアの料理は、もちろん彼に成りすましてもらいにいったに決まっています。
2007.3.29up