親指の先ほどの大きさの粒は、真っ赤に熟れてみずみずしさを主張している。
そのまま口に放り込むもよし、気分を変えて甘いミルクをつけるもよし。
砂糖と煮詰めてジャムにしても、取れたてをタルトに使っても申し分ない。
かご一杯に載せられた宝石のようなそれ...苺を、うっとりと手に取りながらアリエッタはまた一粒と口に運んだ。
期待にたがわず、あまずっぱい味が口の中一杯に広がってたまらない。
「美味しい...です」
これを作った尽力者(剣術、武術、譜術から超振動、料理から最近は園芸までこなすようになってきてしまったらしい)に、素直な感想を述べるとうれしそうににっこりと微笑まれた。そうして、ガシガシと頭をなでられる。
アリエッタは、目の前の少年の笑う顔が大好きだ。それに、こうして頭をなでられるのも好き。
アリエッタはとても泣き虫で、特にイオンのフォンマスターガーディアンを外されてしまったときにはずっと大泣きして大暴れした記憶がある。
そのときにも、ずっと傍で困ったように笑いながら頭をなでてくれたのは目の前の、赤い髪と緑の優しい瞳をした少年。
「アリエッタにそういってもらえるとうれしいな。つくり甲斐があったってもんだよ」
「あ、あの、アッシュ!!」
目の前の少年...アッシュに、アリエッタは思い切って呼びかけた。
いつもの、アリエッタの大好きなおにいちゃんの顔で、アッシュは何だ?と聞いてくれる。
「今度、アリエッタも、一緒に、お庭、お手伝いしたい...です」
「お、サンキュ。じゃあ、今度手伝ってくれ」
「はいっ!!」
アリエッタは、頬を輝かせて力いっぱい返事をする。思わず、通りがかった兵士達が勤務中にも関わらず顔を緩めてしまうような、そんなかわいらしい光景だ。


などという、とてもほほえましい光景が繰り広げられている昼下がり。
ずりりっ、ずりりっ、という、なんとも似つかわしくない何かを引きずるような音が廊下に響く。
その異様な光景を目にしてしまったものは、一瞬反射的に腰の剣を抜いてしまったりもしているがまぁ、人間としては全く正常な反応といえるだろう。
何せ、身体のあちこちに自然のエキスがたっぷり詰まっていそうなモンスターたちをぶら下げた総長が、般若の表情であのほほえましい光景に向かって歩いているのだから。
ある意味日常の光景だけれども、この上なくスプラッタといえばスプラッタだ。怖いものが苦手なお子様だったら、多分泣き叫ぶだろう。
それでも、仮にも多分それなりに一応はこのオラクル騎士団の最高実力者、さすがに切りかかるのはためらわれたのか剣を収めた兵士達は、そのかわり思いっきり視線をそらす。
...なんていうかもう、この若きカリスマに憧れて入団したのはいつの日だっただろうか。
最近ではめっきり、若き特務師団長や、脚線美の補佐官にお株を奪われっぱなしのヴァンにこっそり憐憫を覚えたものがいないでもなかったが、彼らは皆、これから起こるであろうことを予測してそそくさと退散する。
...割と、日常風景だったりもするが、やっている本人達はいたってまじめである。
そうして。
かなりの重石をぶら下げてようやくアッシュとアリエッタの元にたどり着いたヴァンは、開口一番悲鳴のような怒鳴り声を上げた。
「アッシュ!!あれほど私の部屋にモンスターを入れてはいけないといっただろう!!」
「...総長、アリエッタの、お友達、嫌いなの...」
アッシュに怒鳴ったはずなのに、アリエッタが瞳を潤ませ始めてしまったとヴァンはあわてて首を横に振る。すでに瞳は半分近くぬれている、赤信号。
アッシュやシンクほどの凶悪さはないが、アリエッタが一度臍を曲げるとそれなりに大変な事態になる。
どれくらい大変かというと、お友達総動員して天岩戸もかくやといわんばかりに立てこもるのだ。以前は、そのオトモダチがあふれかえり、男子トイレへの道をふさいでしまって男性の団員達が切実な悲鳴を上げたことすらあった。
ちょうど、そのときに下剤を一服盛られた(もちろん、誰に、とは言うまい。)ヴァンがどれだけ苦しい思いをしたことか...いや、思い出したくない。総長は、忌まわしい過去の記憶に蓋をした。
「んだよ、ヒゲ。うぜー近寄んな」
「アッシュ!お父さんそんな子に育てた覚えはないぞ」
蝶よ花よと、手塩にかけて育ててきたはずの息子同然の存在にぞんざいに扱われて、もうすでに総長は少し涙目だ。後ろのほうでこっそりと様子を眺めていた兵士達中心に、総長の株は急降下中だけれどもまぁそこらへんは気にしない方向で。
一方、自作の苺をぱくついていたアッシュは、ご機嫌斜めの表情で鼻を鳴らした。
どうやら、ここまで総長が引きずってきたモンスターたちが気に入らなかったらしい。
「俺の可愛い作品達になんてことしやがる、ヒゲ。育てるのに三日もかかったんだぞ」
「短すぎやしないか?!...というか、なんでわざわざこんなものを育てるんだ!」
意外と、テンポのいい突込みを返した総長に、こっそり何人からか拍手が送られる。
わざわざ、教会の中庭を奥義で耕していた姿は数ヶ月前から目撃されていたけれども、どうやら最近は植物系のモンスターまで育てていたらしい。
そういえば、教会の景観を損ねるとか何とかで、以前に大詠師が「特務師団長に直訴してくれるわ!」と息巻いていたことがあったけれども。そのうちしばらくして「野菜怖い、野菜怖い」と一ヶ月近くも野菜恐怖症になったことがあったという噂が立った。...意外と、真実に近いのではないだろうかと兵士達はぼんやりと考える。
「安心しろ、ヒゲ」
にっこりと、アッシュは天使もかくやという微笑を浮かべた。
思い切り、裏に何か含んでいます。むしろ構成成分腹黒マックスです、といわんばかりの笑顔だけれども、普段仏頂面しかプレゼントしてもらえない総長は悲しいかな少しときめいてしまった。

「有機肥料100パーセント、大地に優しい素材だ」
優しくない、少なくとも、人間に優しくない。
「ついでに、ちゃんとタタル渓谷から採取してきたんだからな」
それは、まんまモンスターだろう。どこら辺に有機肥料の入り込む隙間があるのだろうか。
「問題は、たまに育てた野菜を食べられちまうところだな。課題だ」
それ以前の課題というものが存在する気がするのは気のせいだろうか。

「いい加減にしなさい!こら!アッシュ!話の途中でいなくなるな!」
さすがに説教を始めようと腕を組んだ総長など目もやらずに、のんびりとアッシュは立ち上がって調理場のほうへ歩き出す。追いかけようとはするものの、どう贔屓目に見てもディスト一人分くらいはくっついているモンスターたちによってなかなか動けない。
その姿に、息子を持っている兵士達がいつか自分のあの可愛い息子も反抗期を迎えるのだろうかとこっそり男泣きをしていたりもするけれども、話に関係ないので割愛。
「さーアリエッタ、一緒にジャムでも作るか」
「アリエッタ、タルト、食べたいです」
どんどん遠ざかっていく子供二人に、なんとも情けない格好で叫ぶヴァンの姿に、再び団員達は男泣き。嗚呼、あの憧れのヴァン総長の凛々しさは一体どこに...
ずるりっ、ずるずる
しかし、そこは腐っても総長。気合と気力で子泣きじじいのごとく張り付いているモンスターごと引きずってでも前進。
確実に広がっていく距離にも負けず、ついでに団員達の哀れみの視線にも負けずに突き進んだヴァン(10メートルほど進めただろうか)に、くるりとアッシュが振り返った。
そうして、思い出したように一言告げる。
「あ、そうそう。何かさっきリグレットにも苺差し入れしたら、『これは是非、閣下に差し上げなくては』とか何とか言って調理場にこもってたから、気をつけろよー」
さらりと、爆弾発言だけ残して、またくるりと背中を向けると今度はさくさく歩いて姿を消してしまった。
そして、残されたのは引きつった表情の総長と団員達。
そして、去ってしまったアッシュの代わりに現れたのは、まだその姿も見えないはずなのに漂ってくるすさまじいまでの異臭。
噂では過去、一個小隊をその料理の腕前を持って制したとまで言われているリグレットの悪名はダアト中に轟いている。被害者は、大抵六神将及び大詠師と総長だけれども。
何かもう、全員俊足のキャパシティコアをつけているといわんばかりの脱兎の勢いで逃げ出していく兵士達。けれども、一人重石をつけてしまっている総長だけは逃げ遅れてしまった。
かつん、かつん、かつん
無情にも、ハイヒールのかかとが石畳を叩く音が高くなり。
それと比例して、なんていうかもう、これは何の嫌がらせですかといわんばかりの悪臭も強くなってくる。
ついでに、それに比例して、総長の顔の引きつり度合いもいい感じだ。
かつん、かつっ
ハイヒールの止まる音。...総長は、悟りの境地で瞳を閉じた。
(許せ、我が同志達...)

本日も、変わらずダアトには総長の悲鳴が響き渡ったそうな。




真っ赤なルビーの宝石箱



ルークは、結構普通にアリエッタを可愛がっているようです。
ですがもちろん、総長いじめは日常風景。
2007.5.10up