「突然だが」
そう、唐突に言ってきた少年はどこをどう見ても自分の見知っている人間ではなかった。
対策その1:朗らかに逃げてみる。
「はっはっはっは悪いが俺はちょっと用事があるんだ」
「じゃあ今から組み立てますといわんばかりのその音機関は何だ」
結果:失敗
対策その2:素直に謝ってみる
「よくわからんが、悪い」
「いや別に」
結果:意味不明
対策その3:素直に断ってみる
「すいません逃げさせてください」
「ダメ」
結果:これでもかというほどストレートに却下された
対策その4:怒ってみる
「何なんだお前は!」
「まぁ、もっともな意見だよな」
結果:同意された
...その5を考えようとしたところで、ファブレ家の使用人もといガイはあきらめた。
どうみても、目の前の怪しさ満開の仮面の少年はいなくなってくれそうにはない。
というか、仮面の少年なんてこのファブレ邸に入ることが出来たのだろうかと思って問いかけてみた。
「あんた、どうやって入ってきたんだ?」
「あそこ」
あそこ、とはガイもたまに使うちょっとした裏道のような場所だ。
なるほど、あそこなら誰にも気づかれずに進入することくらいはたやすいだろう。公爵邸にそんな抜け道があることは大変問題だけれども。
「...とりあえず、ここじゃ誰が来るかわからないから俺の部屋に入らないか?」
ため息をつきながら、初対面であるはずの少年にどこかしらの懐かしさのようなものを一瞬感じたような気がしてガイは心の中で首をかしげたのだった。
部屋に入れてしまってからしまった何やってんだ俺とかそんな後悔がめぐってきたりもした。何せ、公爵家に侵入してきた奴を普通にかくまっているような状況だ。ヘタをすれば首が飛ぶだろう。
うわなに俺いまめちゃくちゃピンチじゃないのか?
段々正常な思考(ややパニック気味)が働くようになってきたガイは、目の前でイスにすわってニコニコしている少年を眺めながらすさまじい速度で計算をしていた。あまりにもの初体験で大分てんぱっている様子がうかがえる。
っていうか、今兵士でも呼んで突き出したほうが俺の身のためじゃないのか...?
そもそも、ガイがファブレ邸に仕えているのは復讐のためであり本懐を遂げる前にあらぬ疑いをかけられておじゃんになるなどとんでもない話のわけで。
「あ、そうそう誰か呼んだら今度バチカルの街に『ファブレ家使用人ガイ・セシルを捕まえたら賞金10万ガルド!(女性限定)』のチラシばら撒くからヨロシク」
...そんなことを思っていたら、この上ないえげつない方法で脅された。
どうみても、年下(年のころで言えば、このファブレ家の一人息子、ルークと同じくらいの年齢か。まぁ、向こうは全く持って年齢ほどの可愛げはないが)であるのに、ガイには一瞬その背中に蝙蝠の羽を見た。
しかも、相手はこれでもかというほどに笑顔だ。
すがすがしい。さわやか過ぎる。
ガイは、あきらめたように首を横に振って、それからたずねてみた。
そう、口調や手段はともかく、相手は自分よりも年下。そうであるならば、渡り合えぬわけがない。
「で?俺に何の用だい?」
巷で噂のガイ様スマイル。ご夫人にも殿方にもノンプライスで提供される上、そのさわやかさに価値はプライスレスの代物である。
「特にないけど」
ぴしっ
その奥義とも言えるスマイルにいとも簡単にひびが入りかけたのも初めてだった。
なんだかもう、今日は初めてだらけだなぁはっはっはーとか、ちょっと現実逃避に走りたくなってきたガイだけれども、もう一度目の前の少年に向かって心の中で「年下、年下」と唱えてみた。...ガイの精神力が50回復、もう少し頑張れそうな気持ち(希望)が沸いてきた!
仮面をつけた少年は、そんな青少年の葛藤など露知らず、無邪気な様子で続けてくる。
「いやー、仕事サボって闘技場来てたらうっかりヒゲと鉢合わせしちまってさー。ついうっかり忍び込んじまったv」
いや、ハートマークを語尾につけたところでそのついうっかりの内容のインパクトは消せないだろう。
持って生まれた突っ込み精神で辛うじて心の中で突っ込んでは見たものの、声に出せないあたり悲しい。
「ヒゲって誰だよ...」
辛うじて、声に出せた突っ込みはそれなりに控えめであるあたり切ないところだろう。
しかし、その問いには少年ではなく別の人物が答えることとなった。
ばぁんっ
ノックもせずに開かれた扉に、もしかして少年を入れたのがばれたのかとガイの背中に冷や汗が流れる。
しかし、すぐ扉は閉じられて、その代わりに入ってきたのはめちゃくちゃ息をきらせた元家臣、現オラクル騎士団総長ヴァン・グランツ。
その、若くしてカリスマ性あふれると名声高い彼は、大層走り回ったような様子でこころなしかヒゲもしおれて見えるほどだ。
「...あぁ、ヒゲ」
しかし、なんていうか幼馴染のつかれきった様子を慰めるよりもまず答えを見つけたことに得心が行ったのか割と淡白な声が出てしまったあたりさりげなく酷いガイである。
「ちっ、もうきやがったかヒゲ」
「こら!私はそんな言葉遣いなど教えていないぞ!!」
しかも、目の前の元主人無視して速攻で少年に説教を始めるヴァンもさりげなく無礼といえば無礼であろう。ノックもせずに進入しているし。
というか、あからさまに煙たがられている若きカリスマの姿にガイはそれなりにショックを受けてしまっているのだけれども、ヴァンは全く持って気づいた様子はない。
よくよく見てみれば、髪の毛に枝が引っかかったり、服がすすまみれだったり、ちょっとかわいそうな様相を呈しているのだけれども、本人のみ気づいていないようだ。
「大体、仕事はどうした仕事はっ!!」
「それは抜かりなくあんた名義に書き換えておいてきたから今頃リグレットが血眼になってアンタを探してるころかと」
「...。」
「あ、あとあんたのメシュティアリカブロマイド集十一版はエンゲーブのブウサギ小屋に丁重に葬ってきたから原型保ってる間に取りにゆくんなら急いだほうがいいだろーなぁ」
「め、めしゅてぃありかぁあああっ!!!!」
乱入してきた侵入者は、奇声と共に走り去って行ってしまった。
よくわからない単語だけれども、響きからすれば人の名前だろうか。
変わり果てた良き友の姿に、ガイはとりあえず硬直するほかなかった。
そして、その原因を作っているような気がしてならない目の前の少年は相変わらず笑顔でこちらを見ているばかりだ。
どうしてだか、その顔に懐かしさを覚えた気がしてガイは再び首をかしげる。
あったことなどない。
赤毛といえばルークだけれども、この目の前の少年はルークではない。
ルークはこんな、こっちが穏やかな気持ちになりそうな顔で笑うことなどない。
「なぁ、俺はアンタにあったことがないか?」
聞くと、一瞬、きょとんとしたような顔になった少年はふっと口元をほころばせて言った。
「ないよ」
ああ、もういかないと。
そう、呟いた少年がどうしても気になって、ガイは思わずその肩をつかんでいた。
振り返るその顔は、やはり仮面で見えないけれども。
「名前を、聞いても?」
「...ダメ」
いたずらっぽいその口元は、どこか幼い子供を連想させる。
その代わり、といって少年は一冊のアルバムのようなものを手渡してきた。
「じゃあな。機会があればまた」
するりと、今度はドアではなく窓から出て行った少年はどう考えても今日初めてファブレ邸に入ったはずの人間の動きではなかったけれども。
それよりも、どこか不思議な懐かしさばかりが胸に残って、しばらくガイはアルバムを手に立ち尽くしていた。
余談ではあるが、後々開いてみたアルバムにはかわいらしいマロンペーストの髪の女のこの写真がこれでもかというほど(時には隠し撮り風味なのも)集められていて。
このころから、段々ガイはヴァンへの協力を止めることを考えようかなぁと思っていたりもした。
水時計から落ちる砂
久しぶりに更新。
基本はほのぼのを目指したのに、何の違和感もなくヒゲいじめが入ってしまうあたりどうなんだろうと思わないでもない。
2007.6.19up