オラクル騎士団は、マルクトやキムラスカといった国の騎士団よりも強い憧れをもって入ってくる若者が多い。なぜかと言えば、宗教国家ともいえるダアトでは、騎士団は国の自衛というもののほかに、なにより神という尊いものをお守りしているのだという神聖さがあるからだ。
宗教というものの団結力は他のものよりも強く、そしてそのトップに立つ者は強いカリスマ性を持てば持つほどそれを高める効果を持つということだ。
それゆえ、その発言力はしばしば他国の主にも影響をもたらすほど。
以下は、そんなオラクル騎士団に夢いっぱい希望いっぱいに入ってきた若者たちである。

「なー、ほんとヴァン総長ってかっこいいよなー」
「ああ!!こう、全身からカリスマっ!!って感じで!」
「知ってるか?六神将の暁のアッシュって、総長をしのぐほどの実力の持ち主らしいぜ!」
「え?!まさか!だって、主席総長を倒すなんて...無理に決まってるだろ!」
「本当だって!だって、先輩に聞いたら顔を引きつらせながらこう、『...と、特務師団長は総長の...天敵...』って」
「えー?!」
「うっそ!?」
かしましい、と言えばそうであるけれども、すさまじいほどに命知らずの若者たちの会話を聞いてしまったそれなりにオラクル歴の長いものたちは顔色を真っ青にした。
年長者として、若い命を救うべきだと勇気を奮い立たせた一人が、休憩中の若者たちの輪に近づいていく。
「お前たち、その話題はやめておいたほうが身のためだぞ」
「あ、先輩!!...聞いてくださいよ、こいつら先輩が言ってたこと信じてくれないんです!」
逆に、話に引き込まれることとなってしまった勇気と優しさを兼ね備えた戦士に、周りの者たちは心の中だけで拍手を送りながらすすすすっとさりげなーく散っていく。
こういう話題が出ると、現場近くにいる騎士団員たちにもれなく用事が出てくるというのが不思議なものであるが。
純真な後輩につかまってしまった先輩団員は、自分も何か用事を思い出そうと頑張ってみたけれども、それよりも先にすさまじい笑顔の件の人物が向こうからこちらに向かって歩いてくるのを認めて心の中で十字を切った。
(どうか、ユリア様の加護がありますように)

「あー、そこのやつら。このひげどこに捨てたらいいと思う?」
自分たちと年もほとんど変わらない少年に、なんだこいつと首をかしげた新米たちは、しかしその少年が引きずっていた『もの』を目にして硬直する。
ともすれば、愛らしい顔立ちの少年...赤い髪と、緑の瞳、どこか気品すら感じられる。
なのに、どうしてどこまでも凶悪な感じがするのだろうか。
しかも、無造作につかまれているそのマロンペーストの髪は、なんだかものすごっく見覚えがあるような...?
「最近マンネリでさー。ここらで若い意見も取り入れたほうがいいような気がすんだよな」
若いっていえば、この場で一番若いのは間違いなく言っている本人であるはずなのだけれども。
しかも、間違いなく(一瞬認めたくなかったけど)情けないばかりにひきずられている巨漢は我らが主席総長であろう。...憧れのその姿に、新米たちはひそかに涙する。
「なぁ、お前ら、1.ザレッホ火山に捨てる。2.ロニール雪山に埋める。3.砂漠のサンドワームの口の前に置いてくる。4.とりあえず重石を付けて海に浮かべてみる。どれがいいと思う?」
「アッシュ!!いい加減閣下殺害計画を堂々と実行するのをやめなさい!」
すさまじい勢いで駆けつけてきたのは、ミニスカートの太ももが青少年にはうれしい凄腕副官リグレット。
その剣幕だけで、たいてい何もやっていない人々さえも土下座させるとのもっぱらの噂であるにも関わらず、現のアッシュと言えば平然とした顔をしているわけであるあたり、ある意味尊敬に値するほどの精神力といえよう。
まぁ、一部オラクル団員の中には、是非ともあの美貌と剣幕で罵ってほしいとか、あのヒール付の靴でぐりぐりと踏みにじってほしいとかちょっと危ない思考を持っているものもいるけれども、そんな危ない思考をうっかり持ってしまいそうになるほどのカリスマ的存在なのである、若き首席総長の副官は。
「大体、今日の仕事はどうした!いつもいっているだろう遊ぶのは仕事を終わらせてからだと!」
...なんだか、怒る方向が間違っている。
というか、どう考えても子供をしかるおふくろさん的雰囲気が払拭できない。
日常茶飯事過ぎて、ちょっとやそっとのいたずらに慣れ切ってしまったリグレットはそれでもかわいい子供をまっすぐと育てるべく奮闘しているわけだが、どうにもその熱意は間違った方向に行ってしまっている気もしないでもない。
アッシュは、リグレットの言葉にぺろりと舌を出した。
「もう終わらせたー。これからシンクと一緒にこのヒゲで遊ぶ約束してんだ」
「む...仕事は終わらせたのか...」
いや、だからそんな問題じゃないってば。
心の中満場一致で突っ込み路線に突っ走る新米兵士たちはしかし、本能的な要素でこの二人に逆らったりするともれなくあの引きずられている人のような感じになるんじゃなかろうかと察知していた。人間、生存本能というものは案外きちんと働くものなのだ、無意識的に。
「おーいアッシュー、アリエッタに魔物借りてきた」
さらに、若き参謀までやってきた。その後ろには、魔物を操るという不思議な技を持つピンクの髪をした見目幼い少女。
どんどん集まってくる六神将に、うわまじうれしい!!とかそんな興奮よりもひたすら早くこの場を去りたくなってきている新米たちはちょっと気を遠くしたくなってきた。
「アッシュ、あの、アリエッタ、こんど、御本読んでほしいです...」
「あー、いいぞ。そのかわりこれからヒゲをちょっくらザレッホ火山に捨てに行くのを手伝ってくれな?それでも生き残るようならロニール雪山と砂漠と海をちょっと巡ってこようぜ、ピクニックがてら」
黒い、どこまでも黒い。
それなのに、やたらほのぼのした会話に騙されてピンク色の髪をした少女はうれしそうに頬を紅潮させている。
「うれしい、です。アリエッタ、アッシュとお出かけするの大好きです」
よしよし、とアリエッタの頭をなでているアッシュという図式はすごくほのぼのしているはずなのに、どこかブリザードが吹いているかのごとく冷気が感じられるのはどうしてだろう。
あぁ、おれどうしてだろう涙で前が見えないよ。
あこがれという名の幻想が打ち砕かれていくさまに、涙を禁じえない兵士たちがそっと袖口で青春の汗という名の目から流れる液体をぬぐっているのだけれども、まぁほのぼのホームドラマを展開している面々は全く気付いた様子もない。
「ラルゴが弁当作ってくれたからな、あとで食おう」
「あ、いいねぇそれ」
「ちょっと待ちなさいアッシュ!あなた私の部屋からまた譜業を持ち出しましたね!」
「うるさいディスト。ちょっとだまってなよあと50年くらいさ」
「キィイイイイイー!!シンク、人が黙って聞いてればその言い草は何ですか!」
さらにさらに、空飛ぶイスに乗った天才博士(の認識も、今この瞬間彼らの頭の中で音を立てて崩れ落ちていくのだけれども)が、金切り声をあげながら仮面の参謀に怒鳴りかかっている。
...。
...。
...。
ああ、あっち結構いい庭だよなあははっは
そうだな、今度あそこで昼飯食おうか。
そうだなそういえばお前好きなやついるのか?
もう、心の中だけで会話をできるようになるほどに現実逃避にたけてきた兵士たちは、朗らかな笑顔で目の前の会話をすべてスルーしていた。
オラクル団員歴の長いものならあるいは少しの突っ込み位はいれるスキルを身につけているものもいるが、所詮はひよっこ、そんな技量など持ち合わせているわけはない。
「あー、行くか。そろそろ腕疲れてきたし」
「アリエッタ、お友達呼ぶですか?」
「そうしてくれるか?帰りにエンゲーブでもよって、イオンに新鮮なリンゴでも買ってきてやろうな。で、一緒にアップルパイでも作るか」
「はい!!アリエッタ、お手伝い、するです!」
「じゃあね、リグレット。」
すさまじいスピードでいなくなった子供三人組に、もはやその場で言葉を発する勇気のあるものは誰もいなかった。
子供たちの去り際、「めしゅてぃありかぁあああ...」と、よわよわしい誰かの声が聞こえたような気もするけれども、まぁそこも気にしないお約束であるわけで。

「...ディスト、閣下に発信器はつけてあるな?」
「つけてありますよ。耐熱防水ですから手遅れにならなければ拾って帰ってこれるでしょう」
しかも、慣れ切った様子でつぶやいた大人二人のほうがさらに恐ろしかったという事実に、かわいい後輩たちの様子を見にきた心やさしい先輩軍団が背筋を凍らせる。
そうして、いつの間にか去った嵐に、すっかりいろいろなんかもうどうしようもないほどに翻弄されっぱなしになっていた新米たちの顔は、たった三十分前のものとは比べられるはずもないほどにやつれきっていた。
その後輩たちの肩を、なんだかやたら実感のこもった様子で、ぽんぽんと叩いてやるのはすでに以前同じ洗礼を浴びている先輩集団。
「...諦めろ。誰も勝てない」
「...今日は、飲みに行くか」
「うんうん、そうだその方がいい」

オラクル騎士団、裏入団試練とも言われているのは、実際この不運なまでの日常にぶち当たることだったりもする。
なんだかんだ、乗り越えて慣れ切ってしまうあたり、今日もオラクルは平和なのであった。



人は其れを平和と呼ぶ




ああもう、日常茶飯事なんでしょうねこんなこと。
2007.7.10up