すいません助けてくださいっていうかごめんなさい俺何かしましたかー?!

何をしているのかと聞かれれば、今現在ルークはこれ以上ないほどに全力でオラクルの廊下を走っていた。
門番を放り投げて(文字通り、放り投げた。向こう側で宙を舞っている)、それでも止まれない。もはや、呼吸器官がこれ以上は無理だと悲鳴を上げていても、止まることは許されない。
止まったら最後、筋肉にこれでもかと蓄積された乳酸菌のせいで、これ以上の逃走が不可能になるからだ。止まったらどうなるのかと聞かれると、もはや酸素のいきわたっていない頭ではちゃんと考えることが不可能であるので、結局のところ本能の指し示す恐怖だけがルークに走り続けることを選択させていた。
自信過剰というものではなく、ルークの身体能力を本気で駆使すれば、オラクル内で追いつくことの出来る人間など皆無である。
それがわかっているにもかかわらず、どうしても拭い去れない何かが、こうして勝手にルークの足を操っているのかもしれない。
と。
「どうしたんですか、そんなに焦って」
「なんでだぁあああああっ!!!!!!!」
目の前の廊下から、優雅に顔を出した緑の髪と瞳の導師...イオンの穏やかな笑顔に、しかしルークは力の限りといわんばかりに絶叫をした。
なぜかといえば、先ほどルークはオラクル騎士団内の自分の部屋の付近でイオンを見かけて全力でこちらに走ってきたはずで、もしも追いつくことが可能なのだとしたら、この人物は実は導師の服を着たシンクがアリエッタの魔物をなんらかの方法で買収してショートカットを図っていたとか、そんなオチしかないはずだ。
しかし、ルークを絶叫させた当の本人、のほほんとした微笑みのまま小首を傾げて見せてくる。
「イオ...導師、お前さっき俺の部屋の前に」
「ああはい。せっかく会えるようになったのだから、ひとめルークにお会いした「ぎゃああああああー?!俺ルークじゃねぇええええええええっ」
再びの絶叫で、台詞を途中でさえぎられたにも関わらず、イオンは特に不快感を顔に出すでもなくにこにことしている。それはいい、記憶のまんま、優しいイオンのままだ。
大分自分が混乱していることを、ルークはそろそろ認めなくてはならなくなってきた。
こんなに混乱するのは多分、以前グランコクマに遊びにいったときに何故か街に下りてきていた某皇帝に捕まって、お前いいなぁうちにこいよーとかくどかれそうになってははははふざけないでくださいね陛下☆とか笑顔のネクロマンサーが天下の往来でミスティックゲージかましそうになったのを、某皇帝とそのペットのブウサギたちをかかえて瞬時の脱走を要求されたとき以来だ。
「どうしたんですか...?もしかして、ルークは僕に会いたくはなかったのでしょうか...?」
はかなげな美少女のごとく、泣きそうな顔でうつむかれればもちろん普段は置き忘れている(主に、総長とか総長とか総長とかに)良心だってうずくわけで。(ルークじゃないと、必死に叫んだにも関わらず敢えてルークと呼んでくるその心意気はとりあえず聞かなかった方向で)
「そ、そんなことっ!!」
「ああ良かった、僕はルークに嫌われたわけじゃなかったんですね。良かったです」
「う、あ、うん。」
思い切りぶんぶんと首を横に振って否定すれば、矢張り記憶どおりの、いや、それ以上の清らかな笑み。ああ癒される、マイナスイオン全開だ。
が。
「...あのさぁイオン、俺ちょっと聞きたいんだけど...お前、『どのイオンだ?』」
男には、聞かなければならないこともある。
例え、脳味噌のいろんな部位がそれ以上突っ込まないほうがこれから色々精神衛生上平和に過ごせるんだと絶叫していても。
たらりと流れる汗はきっと走りすぎたせい、そう、断じてこの目の前にいる少年から放たれている(ように思われる)どこか某皇帝を髣髴とさせる無駄にきらびやかな王気とやらに押されているわけではないっ!!(涙)
イオン(今のルークは、オリジナルのイオンも知っている。だけれども、敢えてルークは彼をイオンと呼ぶことにした。)は、本当であれば全く意味のわからないはずのルークの質問にしかし、どこも疑問を感じた様子もなくさらりと答えてきた。
「もちろん、『貴方が唯一といってくださったイオン』です。ルーク。お久しぶりですね」
がしっ
イオンの台詞が終るか終らないかというところで、ルークはとりあえずイオンの細い体を持ち上げていた。たかだか十二歳の、しかも病弱な少年の身体、確かに年頃にしては小柄とはいえルークにとっての障害ではない。
ルーク、大胆ですね。というのほほんとした感想など気にも留めず、とりあえず再び悲鳴を上げかけている筋肉を叱咤して全力疾走。
そうして。
たどり着いた先は、とりあえず誰の邪魔も入りそうにない『アッシュの』部屋だった。



よし、落ち着け俺。
ルークは、とりあえず落ち着いて考えてみることにした。
目の前にいるのは導師イオンの七番目のレプリカ、現導師として置かれているレプリカイオン、おーけーそれはわかってる、よし。
ベッドのすみにちょこんと腰掛けて、こちらを見てにこにこしている様は、道考えても今誘拐まがいの方法で運ばれてきたことに対して何らかの憤りを示している様は全く伺えない。一応、この世界ではルークとイオンは初対面のはずで、其れは何かおかしいのではないだろうか。
いや、まぁもしかしたら前のオリジナルイオンと同じく馴染むのが早かっただけかもしれない。それだけだと、ルークをアッシュではなく最初からルークと呼んだことの説明が全くつかないのだけれども気にしてはだめだ。
よし、とりあえず何とかなりそうだ。(何が)
自分の中で何かに決着を付けかけていたルークはしかし、目の前のイオンがマジシャンもびっくりな速度で仮にも六神将である自分に追いついてきたという事実にどうやって説明をつけるかというところで躓いた。
さすがに、そんな神業、オリジナルイオンですらも出来なかった芸当だったはずなのだが。
「ルークは面白いですね、たくさん表情が変わっていますよ」
とりあえず、現実逃避はここらへんにして、ルークは覚悟を決めてほとんど確信に近い問をした。

「...そりゃどーも。なぁイオン、お前もしかしなくても記憶があるんだよな?」
「ええ。貴方がかつてルーク・フォン・ファブレとして一緒に旅をしたという記憶は、全て僕の中にあります」
実際、自分によくわからないけれども過去(であったはずの未来)の力や記憶が残っているのだ、おせっかいローレライが他の干渉を行っていたとすればそこまで驚くべきことではないだろう。ただ、記憶を持った同志とはじめてであったことに対する驚きと歓喜はあったけれども。
「...ところで、あんまり聞きたくないというかぶっちゃけ利いちゃいけない気がすんだけど...お前、どうやって俺に追いついた?」
「え?そんな、ちょっと近道しただけですよ。導師にしか伝えられていない抜け道も教会には沢山ありますから」
変わらずの笑顔に、懐かしさが少しこみ上げてくる。
「導師の権限にあかせて、ちょっと突貫工事で譜陣を増やしただけですから、僕専用の」
「おいっ?!それって導師にしか伝えられてないっていうか、お前にしかわかんねぇやつじゃん」
「そうともいいますね。」
「いや、さらっと流さなくていいからっ!!お前どんだけ牛耳ってんだよ!」
さらさらとすさまじいことを暴露するイオンに、思わず本音に近い部分が出てしまった。
けれども、イオンはまるで涼しい顔で、今日の夕飯の話をしているかのようにナチュラルに返してくる。
「いえ、僕なんか大した権力はありませんよ。ちょっとモースに実力行使でお願いしただけで」
「いや、実力行使はお願いじゃないよな?!っていうかお前、何さらっと怖いこといってんだよっ?!」
一瞬、イオンの後ろにジェイドの笑顔が見えた。
「ローレライが、病弱だったのを健康体にしてくれたので運動も出来ますし、少し教会を見て回ることができるようになったのでうれしいです。...それに、ルークに会うことが出来ました。それだけで、僕は本当にうれしいんです」
「イオン...」
本当に、本当に心からうれしいという気持ちをあふれさせたようなイオンの顔に、ルークは一瞬いろんな物事にたいする突っ込みも忘れて微笑んでしまった。

そう、うれしい。

何があったのかはわからないけれども、初めてルークをルークとして認めてくれたイオンがここにいる。それはとても、うれしいことだった。
イオンは、立ち上がると、少し背伸びをしてルークの頭をなでてきた。
おとなしく其れを受けていると、くすりと笑って手を離す。
照れているのを隠すように少し頭をかいて、そうしてから一つ一つ言葉を捜すように、ルークは口を開いた。
「イオン、俺は、この世界が少しだけあの時より好きなんだ」
「ええ」
イオンは、ルークの言葉の続きを待って、頷いてくれる。
「だから。...我侭かもしんねーけど、別の道を探したいんだ」
「はい」
「...後悔も何もないけど、お前とまた会えて、うれしい」
「僕もですよ、ルーク」
「イオン...」
「とりあえず、手始めにモースを何とかしましょうね。仮にも導師に対しての不敬な振る舞いの数々、調教しなくてはなりません」
「え?」
ルークは、眼をしばたたかせた。
少女とも見まごうこの少年の口から、今何か不穏な言語が飛び出しはしなかっただろうか。
イオンは、変わらずにこにこと笑ったまま続ける。
「ダアト式譜術も問題なく使えますし、今度は僕も少しはお役に立つことが出来ると思います。とりあえずは、この教会の最高権力者は真実導師であるということをいろんな皆さんにお教えしなくてはならないと思うのでこれから少し忙しくてルークに頻繁に会うことが出来ないのは寂しいですが、僕に出来ることがあったらなんでもいってくださいね」
...。
何だろう、ルークは無性にローレライをひっぱたきたくなってきた。
目の前の少年は変わらず笑顔で、そうしてあの時と寸分たがわぬ清らかな瞳をこちらに向けてきている。
多分、というか絶対、その後ろに何かえもいわれぬオーラが付着しているのは気のせいではないだろう。
これから起こるであろう、にこやかな笑顔と柔らかな物腰の針のむしろのようなモースへの攻撃に、ちょっぴりモースへの同情を持ちながら、ルークは目の前にいる少年に何も突っ込むことが出来なくなっていた。


...とりあえず、ある意味で最強(最凶)と後に歌われる導師との再会は、大分いろんな意味でのインパクトを残した感は否めなかった。



同胞リターンズ




イオン様もご案内。悩みに悩みまくったのですが、イオン様にも逆行していただくことにしました。
だって私黒イオンだいすk...げふんげふん、何でもアリマセンヨ(笑)
こうして教団改革の幕が開いたのですネ♪(黙れ)
2007.9.27up