シンクは、悩んでいた。
いや、別に現状不満があるわけではない。
この赤毛の相方がもたらしてくれる刺激は、空っぽの自分にはとても魅力的で、退屈を退けて余りある。
主に髭。たまにがま蛙とかたまにディストとか。彼らをターゲットに活動する『ザ・髭抜き隊』の活動は順調、順調なのだけれども。
「...なんか最近、逆に順調すぎない...?」
そう呟きたくなるもの仕方ないではないか。...そもそも、軍資金など調達しようもない活動であるからして、主に資金はアッシュの給料から。まぁ特務師団長であるからしてそこそこの金額をもらってはいるけれども、それにしたって毎日毎日あきもせずに資金を湯水のように使っていればいつか底は尽きる。
もちろんシンクが加入するまで全く無計画に金を使ってきたアッシュの財布を半ば無理やり預かるようになってからしばらく、食費すらも活動資金へつぎ込んでアッシュがぶっ倒れるという現象を回避することには成功した。(驚くべき執念、そこまでやるかと呆れるほどに)
が、そのしばらく後、ちょっとアッシュが姿を消してからいつの間にやら軍資金が桁違いに増えていたのだ。
出所を聞きたくないくらいの額。...シンクの本能が、今突き止めないと後で後悔することになると叫んでいるのだけれども、同時に突き止めたらそれはそれで後悔するという確信があった。
(どうしろっていうのさ。)
一人で悩んでいるのだから、もちろん回答があるわけはない。でも、内心で誰かに文句を言わずにはいられない乙女心(シンクはもちろん乙女ではない、が、心情としての話だ)。
だが、真実軍資金入れをひっくり返せば束になったガルド。...普段はお目にかかれないような高額紙幣がひしめいている。間違いなく。
「...本人に聞くか」
現状維持と問い詰めと、どちらがより自分の精神安定をもたらすかを計算し、後者を選んだ。何せ、今問い詰めておかないと、後で事態がでかくなったときに問答無用に巻き込まれるからだ。どうせ巻き込まれるなら、出来るだけ状況把握をしておいたほうが無難。
なんとも早、外見年齢にも本当の年齢にもそぐわない達観した結論を出したシンクは、取りあえずぼやっとした隊長を探すことにした。



色、形、艶、味、全て申し分ない。
出来上がった作品に、厨房を貸してくれていたおばちゃんが「あらまぁよく出来てるわぁ」と賞賛の声をくれた。自分でもなかなかだと思っていたので、にっこり笑ってありがとうといえば「あらあら、あたしもまだ捨てたもんじゃないわねぇ」。ばしりと背中を叩かれる。
何を作っていたかといえば、本日の子供達のおやつ、パンプキンパイ。
先日行われたハロウィンパーティのカボチャを有効利用した一品だ。何せ、巨大なジャック・オ・ランタンを作る為にひたすらラルゴが巨体に似合わない器用さでカボチャをくりぬきまくってくれたので中身が大量に余っている。
ほとんどは食堂のおばちゃんの手腕によってパンプキンプリンやらポタージュやらに化けたのだが、あえて少し残してもらってこうしてパイをこさえたのだ。
ルークもだが、アリエッタやシンク、そしてイオンも成長期。食事だけで補いきれない栄養素やカロリーを取るためにも、おやつは必須。
いつの間にやら母親のごとき役目になりかけている自らに大分前から何の疑問も抱かなくなってしまった(シンクは当たり前のように、アリエッタとイオンは無垢な笑みを浮かべて無心してくるので)。朱色のグラデーションの髪をポニーテールに結い上げて、ポップな柄(リグレットに借用)のエプロンをつけた特務師団長暁のアッシュもといルークの姿はわりと見慣れた光景だったりもする。
「おっし、焼きたて食べさせてやんねーと。...おばちゃん台所使わせてくれてありがとな」
「いいんだよそんなの。ほら、もってってやりな。」
「うん。あ、これおばちゃんのな」
「あら、うれしいねぇ」
器用に切り分けたパイの一切れをおばちゃんに渡して、バスケットにパイをつめたルークはエプロンを外しながら立ち上がる。
本日これからの特務師団長の任務は、子供達への餌付け(本人無自覚)であった。



「見つけた。アッシュ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「あ、シンク。ちょっと待ってくれ、パイが焼けたから配ってるんだアリエッタ見なかったか?」
「見なかったかって、匂いにつられてそこにいるじゃない」
「あ、ほんとだ。おーいアリエッタ、おやつだぞー」
アッシュを無事発見したシンクが声をかけるも、とりあえず餌付け(しつこいようだが無自覚)を優先したアッシュにやんわり回避されてしまった。
香ばしいいいにおいに鼻をひくつかせて、今日はパンプキンパイか、などと呟くあたりシンクも大分餌付けされてきたらしい。
お友達に乗ってやってきたアリエッタに、アッシュが紙ナプキンに包んだパイを渡してやると、うれしそうに笑って「ありがとうです、アッシュ」とアッシュに抱きついた。なんだかむかついたので頭を小突いたら泣かれそうになる。「おいシンク、アリエッタをいじめるなよ」何だか、妹をいじめるな的ニュアンスで注意されたような気もするけど明らかに生きた年月もオリジナルと比較してもアリエッタのほうが年上だ、念のため。
「僕の分は?」
「あ、ちょっと待ってもう一人配るんだ。付き合ってくんね?...その後お茶入れて一緒に食おう」
「仕方ないね」
普段、アッシュが作っているのはシンク、アリエッタ、アッシュの三人分。たまにリグレット、ラルゴ、ディストの分も作ったりもするが(もちろん、あの髭に作ったりはしない。作るとしたらあえて賞味期限の切れた材料を用いたときだけだ。)。
最近一人分多く作るようになったその意味を知りたかったので、シンクは素直に頷くことにした。バスケットを持って歩くアッシュの後ろについてのんびりと歩くその先が、段々入り組み始めて首をかしげる。
(?...なんだここ、こんな場所あったっけ?)
確かにシンクはそんなに多くの時間をこのオラクルで過ごしているわけではないけれどもそれにしたってこんな場所知らない。あることすら知らないことなど、あるだろうか。
薄暗い廊下をしばらく突き進んだ先に移動の譜陣。それを踏んで、アッシュが突然声を上げる。
「今週の目標!髭のメシュティアリカアルバムを全てモースの隠し撮り写真に換えること!」
...。何をいきなり宣言しているのだ。
確かにそれはアッシュとシンクで決めた今週の隊活動目標だが廊下の突き当たりで宣言する意味が分からない。
分からないままに、いきなり視界は光に包まれた。



今度は、ちゃんと見覚えのある場所だった。
あまり好きな場所ではないし、というかなんでわざわざここに着たかの意味も分からない。
ついでに言えば、この部屋の主が満面の笑顔でアッシュに抱き付いている意味も。
むかむかする、なんだこいつ。なんなんだ。
しかも、アッシュも別段嫌がるそぶりも見せないし、其ればかりか優しい身内に向けるような笑みでそいつの頭をなでたりしてるし。
段々上がっていくシンクの不機嫌バロメータに気づきもせずに、アッシュはその部屋の主にもアリエッタに渡したのと同じ、紙ナプキンに包まれたパイを手渡す。
「ありがとう御座います!!良ければ、一緒にお茶をしませんか僕もちょうど休憩をしようと思っていたところなんです」
「何人分でもあんまり手間かわんねーしな。気にすんな」
はにかむように笑う部屋の主と、アッシュ。
あーむかむかする。なんなんだよこいつ、なれなれしいな。
イライラをぶつけたくなったところで、部屋の中にぎょっとしたような声が響いた。
「イオン様?!ってかなんでここにいきなりアッシュとシンクが?!」
守護同士役の叫び声に、部屋の主...もとい導師イオンは穏やかな笑みを絶やさずに言った。
「気にしないでくださいアニス。...其れより、お茶を入れてもらえますか四人分」
「はぁ」
温和に見せかけて、有無を言わせぬそのオーラに少しシンクは背中に戦慄が走るのを感じた。(直感が、なんとなく危険信号を鳴らしている)
ぽやぽやとしたアッシュは間違いなく気づいていないが、シンクには間違いなく、導師の後ろに蝙蝠の羽が見える。
「何で導師なんかに届けにきてるのさ」
「あー。うーん」
なんとなく、向こうに視線を向けるのが怖かったので、シンクは目の前のアッシュに問いかけてみる。
だが、帰ってくるのはなんとも歯切れの悪い返事。
(何だよ!僕にいえないっての?...アッシュの癖に!)
いらいらがたまってきていたのもあり、シンクが癇癪を起こしかけたその出鼻を正確に狙ったかのように、穏やかな声が振ってきた。
「シンク、ル...アッシュを責めないでください。彼は僕に定期報告に来てくれただけなのですから」
狙ったのか、それともたまたまか...シンクには前者に思われた...変わらずおだやかな笑みを浮かべている導師の(守護役はお茶を入れに行っている)腰に狐の尻尾が揺れている気がしてならない。
「今週の目標はなかなかに素敵ですね。頑張ってくださいね、僕もかげながら応援していますから」
...ん?
笑顔のままいわれた言葉が、妙にひっかかった気がしてシンクは首をかしげる。
お飾りの、七番目のレプリカ。選ばれた成功作。お人形。
そんな言葉しか当てはまらないはずの導師様にあるまじき発言が聞こえたような?
全力で空耳ということにしようとしていたシンクの脳内に、しかし場の空気の読めない男アッシュののほほんとした声が響く。
「もちろん!!イオンのおかげでヒゲ隊の活動に幅が出来て助かる」
...
...
...

いやまて最近耳の掃除を怠っていたから聞間違えたんだそうに違いない。
即座に台詞の脳内消去を図るも、とどめのように
「軍資金はモースのへそくりから流用していますからどんどん使ってくださいね♪」
決定打。
すがすがしいばかりの笑顔で発された言葉に、なんだかシンクは、数十分前のちょっとした好奇心を抱いた自分を殴り倒したくなった。


「わぁ、美味しいですアッシュ!」
「そか?あ、そーだアニスの分もあるから食っていいぞー」
「...なんか釈然としないけど頂きー」
「ほらシンクも食べろ」
「美味しいですよ、シンク」
「うっわ、まぢウマ!!」
あっという間にお茶会を始めた面々に、なんとなく悟りの境地に入り始めたシンクは、現実逃避のようにパイに手を伸ばす...かじりつけば、なんとも香ばしい香りと程よく甘いカボチャの餡。

(...この教団、だめじゃない...?)

ぼんやりと、見た目以上にしたたかで奥がすさまじく深すぎて踏み込んだが最後浮かんでこられそうにない導師に眼をやれば、相変わらずにこにこ笑っているだけなのに。
何だろう、六神将として恥じない実力を身に付けているはずのシンクの背中に悪寒が走る。
それ以上は深く考えないことにして、シンクは取りあえずまた一口、パイにかぶりつくのであった。


まぁこうして、パトロンをゲットした髭隊の活動が激しさを増したことはいうまでもない。





大人の表事情、子供の裏事情




苦労人シンク。パトロンイオン様(財布はモース)。
こうしてシンクは成長していくんですね。(笑)
2007.11.11up