何かやってほしいこと、あるか?
段々外の公務が減り、部屋でいすに座っていられる時間も減り、もっぱら最近ではベッドの上で書類や何やらを片付けるようになったその人に、ルークは聞いた。
その人は、なれない人間には大変分かりにくい無表情の中に一滴困惑を垂らしたような顔で硬直してしばし、ぽつりと呟いた。
―――ゆきが、みたい。
Give me a snowdrop , Father.
年も明け、日はゆっくりと長くなり始めてはいるものの、地熱の放散の関係上一番に冷え込むこの時期。ケテルブルクほど寒くはないものの、ダアトもこの冬一番の冷え込みを見せる毎日が続いていた。
年明け早々、泣く子はいねーがうざったい髭はいねーがとナマハ○モードでお年玉をせびり倒す某赤毛の騎士団員のお茶目から始まり、アリエッタおもち食べたいですアッシュというかわいらしい少女の一言で騎士団一斉餅つきバトル(チーム対抗、一番遅かったものは某教官の手作り御節が待っている)で死に物狂いの接戦となり、そして節分という名の問答無用豆ぶつけ大会まではしばし静かになるだろうと予測されているその期間。
ご丁寧に鏡割りをして汁粉を団員に配り、七草粥まで振るまった、あくまで数名以外には非常に温和で優しい(...大体は、多分)少年がてこてこと廊下を歩いていた。
体を冷やしてはいけないからと、見た目に似合わず器用な某黒獅子が作ってくれた瞳の色と同じセーターを着込んでもこもこの彼は、鑑賞するだけであるならばどえらくかわいらしい。
ぴこぴこと音のなる、ウサギのぬいぐるみを模したブーツがこれまた可愛い。
「ディスト、ディストーぉ...なぁなぁ、ディスト見なかった?」
団員の一人が話しかけられて、その可愛さに頬が緩んでいる。話しかけられなかったほかの団員から嫉妬の視線が降り注いでいるあたり、間違いなく少年は騎士団におけるアイドル的存在であった。
「ええと...確か先ほどは中庭で大破した譜業機械に向かってなにやら叫んでいたと思いますが」
「何だ、あいつまだ落ち込んでんの?ちょーっとふっ飛ばしちゃっただけなのに」
お前が原因かい!!と内心では思うものの突っ込まない。
オラクルでの最近の不文律は、自らに被害が出ない限りはスルーだ。有り余る若さと体力を、力の限り主席総長とかヴァンとか髭とかシスコンとかたまにその周辺に直撃させている小悪魔の餌食になりたくなければ、我関せずが一番なのだ。
人情はどこに行った、とは言うなかれ。オラクルにおいて最強に位置する主席総長でも止められないものを、一介の兵士が何とかできるわけは無いのだから。
それにその小悪魔は、三者としてみている分には、大変かわいらしい存在であった。年齢の割りに小柄な体も、ぷにんとした童顔もひそかにファンが多い。(あくまで本人に言ってはならない、結構気にしているのだ)
まぁいいや、庭探してみるサンキュー!!とぴこぴこ足音をさせながら走り去ってゆく少年...アッシュに笑顔で手を振りながら、その周辺にいた団員達は心の中だけでシンフォニーを奏でた。
(あと一時間は中庭に近づかないことにしよう)
慣れは逞しさに通じるかもしれないという希望を抱くことくらいは出来るかもしれない、割と日常的な風景である。
「ディストディストおーねーが「断ります」
中庭で、ぐすんぐすんと鼻水たらしたいい年こいたおっさんは、しかしかわいらしい声でおねだりしようとしたルークの声をさえぎりきっぱりといってきた。
先ほどディストの可愛がっているタルロウの第何代目かを綺麗に大破させた手前、ちょっと反省していたルークだけれども、こうもきっぱりといわれると腹が立つ。
だがしかし、ここはこらえねば。
目的のためには、おそらくこの、派手派手な衣装を着て寂しがり屋で夜なべでぬいぐるみを縫ったり毎日復讐日記をつけたりタルのごとき音機関を作ったり極たまに仕事をしたりするせっかく優秀な頭脳であるのにその大半を無駄な方向に使っている人物の力が必要なのだ。
「ごめん、俺が悪かった。...だから、お願い」
素直に頭を下げれば、甲高い声できーきーと文句を言おうとしていたディストがうっとつまる。
見た目は高々十三ほど、中身は生まれてから一桁前半であるルークが頭を下げていて、いい年こいたおっさんがわめき散らす図が若干というかかなり情けないことに気づいたのだろうか。普段であればなかなか収まらない癇癪が引っ込んだようだ。
(よし、これからこの手を使おう)
ルークが心の中のメモに書きとめているとは知らずに、ディストはふふん、と笑って見せてくる。
「よーやく貴方にも私の作品のすばらしさが分かったようですね!!そう、タルロウは芸術なのです!これ以後、猛省して間違ってもバッドの試し打ちなんかに使わないでくださいね!」
...タルが芸術ってお前...
なんだか色々突っ込みたい気持ちが膨れ上がってきた。今までのルークならそもそも謝ることなんてしないし、よしんばしていても今の突っ込みどころの多すぎる台詞に間違いなく超振動くらいはオプションで突っ込みを入れていたに違いない。
が、今回だけはダメなのだ。我慢しなくては。
「分かった、もうしない。...だからお願い聞いてくれないか?」v
「...なんですか、お願いって」
普段、何かと「髭を一本一本丁寧に、一番痛い方法で引き抜き続ける音機関作ってー」とか、「メシュティアリカそっくりで、同じ声でひたすら髭をののしり続ける音機関作って」とか、「ちょっとリグレットの料理の実験台になって」とか「剣よりも攻撃力高いハリセン手に入れたんだけど、ちょっとためさせて」とか、ろくなお願いをされていない(けれども、悲しいかな友達の少ない彼は、構われることがうれしくてついそのお願いを聞いてしまうのだ)ディストは、かなりこちらを警戒している様子だ。
出来るだけ上目遣いに(幸い、ディストはがりがりだし猫背だが背は高いので簡単だ)おねがーいとかわいらしく。
「雪を降らせる音機関作って欲しいんだ。中庭に、積もらせるくらい」
「は?なんでまた寒いのに寒いことしなくちゃいけないんですか?というか、雪が見たいならケテルブルクにでもいってくればいいじゃないですか」
乾燥しているダアトの気候では、冬は寒いのだけれどもめったに雪など降らない。山なら雪は積もるというけれども近くの山が火山だし、それも期待できないので雪合戦もできやしない。
だが、雪国出身のディストはシビアだった。何で何もしなくてもあんなにどばどば降ってくるものを敢えて苦労してまで降らせなくちゃいけないのだといわんばかりの目でこちらを見てくる。
仕方ない、ここは奥の手を使わなくてはならないようだ。
「...ディスト、俺たち...友達だろ?」
「し、仕方ないですねこの天才の手にかかればそんなもの一日で作って見せますよ任せなさい!」
一秒で終った。
...あんまりこれを連発すると、お母さんもといリグレットから「子供のうちから楽をする手段を覚えるんじゃない!」と怒られるのでできればやらないようにしていたのだけれども。
こいつこんなんでいいのかな...と若干ルークはディストの将来が心配になってきた。
そして翌日、無駄に天才的頭脳を発揮したディストにより、中庭に予告どおり膝がうもるほどに雪が積もっていた。
アリエッタや魔物たちははしゃいで走り回っているが、徹夜の挙句寒いところに寒いものを追加した結果となったディストは若干ぐったりとしている。まあそれはこの際どうでもいい。(←酷い)
早速こしらえた「雪だるまのようなもの」も庭の中央にどでんと(何せ、無駄に大きいのだ、作るのに苦労した)おいたし、周りにかわいらしく雪ブウサギやユキウサギなども並べてみた。小さいけれどかまくらもある。
中庭という一部分だけでは在るけれども、まさしくこれは自分の記憶に残っている雪国の風景だ。これで、子供達が雪合戦をしていれば完璧。
そこまで整えて、ようやく姿を現した人物に、ルークは笑いかけた。
「どう?」
もう一人で歩くことはかなわないのでアリエッタの魔物の背に腰掛けて、風邪を引かないように厚着をして。それでも土気色よりも顔色の悪いその人...イオンは、普段の大人顔負けの淡々とした顔を崩してさすがに驚いたようだ。
まさか、自分が呟いた言葉が一晩で実行されるとは思わなかったのだろう。
まぁそこは、ディストの力によるところは大きいけれども。でもこれでもルークも手伝ったのだ。
「すごい...これが、ゆき」
色々めんどうはあったけれども、目を丸くしているイオンの反応を見れただけで、やってよかったと思える。
さすがに雪の真ん中にイオンを座らせるわけにはいかないので、ルークは少しだけ雪をすくって、そうしてそっとイオンの手に乗せてやる。すぐに体温で解けて水になったそれに、イオンはしばらく目を奪われていた。
こんなときの表情は、まだたった12歳の、子供なのに。日に当たらないせいで雪ほどにも白い肌は、生気をほとんど感じさせない。
「知らなかった。雪は綺麗なんだね」
それでも、最近ふさぎがちだったイオンの久しぶりの笑顔が見れたことが、ルークにはうれしかった。
「...来年も見れるから、今度は一緒に、雪合戦しような」
ぽんぽんと、頭をなでながら。
かなわない約束だって分かっていて、口にするのは少し辛いけれど。でも、言葉は間違いなく、本心だった。
<蛇足というかその後というか>
「ねーねーおかーさん、ゆききれいだね」
「そうね」
「ねーねーおかーさん、あれなぁに」
「ミーちゃん、指差しちゃいけません。見ちゃいけません」
「えー、でもえと...ひ、げ、だ、るま。髭だるまってかいてあるよ?おかーさんひげだるまってなに?」
「ミーちゃん、いいから見ちゃいけません!」
「ひーげーだるま」
翌日、副官によって救出された某総長はしもやけ状態で発見された。
オリイオ様を出すとどうしてもシリアスが入ってしまいます。
イオン様を出すためにはどうして必要な展開なのですけれど、やるせない...。
ルークは、オリイオ様ととても仲良しでした。
そして、最早空気のごとき存在感の髭に乾杯。
ディストは、「友達だろ」とお願いすると大抵なんでもやってくれます。
2008.1.24up