女思考回路は虹のち太陽



「ちょっと、そこのあなた」
「はい?」
「そうあなたですわあなた。...あら不思議な恰好をしてらっしゃるんですのねまぁいいですわ。ちょっとお尋ねしたいというかお願いしたいことがあるんですけれども」
「はあ」
「貴方、料理はお得意?」
「まぁ。そこそこ。(人の食べられるものを作るほどには)んじゃ失礼します」

ちょっと侵入した厨房に、城の姫君御自らいるなどと誰が思うだろうか。
思わず回れ右をしかけたのだけれども。
そこで、がしっと手をつかまれた。
逃走→逃げられない、もっかい逃走→逃げられない。(トゥッティ装備にも関わらず)
何せ、さりげなく体力ゲージではガイをも上回りかける肉体派(兼癒し系)の王女様なのだ。ランバルディア流アーチェリーで鍛えた様々な筋肉は伊達ではない。
ついでに、おもに遺伝子のいたずらだと思われるが彼女は女子の割に身長が高い。
そして、遺伝子のいたずらだとは思いたくはないが、彼もまた、男子の割には身長が低かった。
つまり、成長期に入りかけの今現在、彼...ルークの方がむしろ彼女...ナタリアよりも身長が低いかもしれないほどなのだ。
どうして、今現在こういう状況になっているかと言えば、いつもどおり危険物もといナタリアの手料理をこっそり手に入れて活動に使用しようと思っていたら、思いがけない時間帯に調理室にこもっていたナタリアと遭遇してしまい、逃げるに逃げられなくなってしまったためである。
そもそもダアトの人間がそんな思いっきり城に忍び込んでいいのか、とか。
サングラスに部屋の中なのにがっつり帽子かぶっている人間を怪しむこともなく近づいてくる王女様ってどうなのよ、とか。
っていうかナタリア様、あなたまた婚約者の暗殺を謀るつもりですか無意識に、とか。
そんな突っ込みはまぁいつものことなので各自心のなかだけでか、または画面に向かってひとりで行うことを推奨する。

「わたくし、少しお料理が苦手なんですの。...でも、城の皆はなぜか、私が調理を行うというときに限って具合を悪くしたり急用を思い出したりして...何故なんでしょうか」
彼女に、ブレイカー(電気のあれではない、破壊者の意味で)たる自覚はないらしい。
ああきっと、それってすでに犠牲になってトラウマになってるとか、手伝ったが最後、味見まで付き合わされるってもはや周知の事実だからだろうなぁという微妙な納得を、ルークは心のなかだけで行った。こういうところは変わらないのだと知る。(変わればいいのに、ここくらい。と全力で思うのだけれども)
ナタリアは、持前のポジティブシンキングと天然ボケを発揮して全く気付いていないけれども、以前(今ではない未来、過去)さんざんその犠牲というか実験体というかむしろ犠牲者としてその名をことごとく連ねてきたルークとしては、なぜも何もないだろうという心境ではある。
しかし、恋する乙女な王女様、もちろん気付く訳もない。
いっそ、ラルゴのあの料理の腕前を、ほんの10%でも持ち合わせていれば良かったのだ。容姿に全く出ていないのだから(腕力とか腕力とか若干身長とかに出ているのではないかという説もある)、それくらいは父親の遺伝子を発現してやってもばちは当たるまいに。
いっそ、父親たるラルゴがかわいそうになってきた。
「もうすぐバレンタインという日があるそうで、巷では大切な殿方にチョコレートを贈るのだとききましたの。ですから...その、わたくし、お父様とルークに、是非にお渡ししたいんです」

(...良かった、俺、今ルークじゃない。良かった。)
恥じらう乙女の顔で、ほんのり頬を染めながらの発言なのに、ルークは小さくガッツポーズをしていた。
(よかった俺、アッシュの居場所奪わずに済んで。)
ありがとう、神様ユリア様ローレライ様。
やはり若干というかかなり、喜ぶべきタイミングとポイントと中身を間違ってるような気がしないでもないが、本人はいたって真面目なので割愛。
「どうなさいまして?なんだか遠い目をしていらっしゃいますわよ?」
「え?あ、何でもないです何でもないです。...(毎年のあの、えぐいまでの精神攻撃に及ぶほどのチョコレートと名のついた何かを笑顔で渡されて『今ここで食べていただけませんか?』なんてとどめを刺された時をちょっと思い出してただけです)。...ええと、俺ちょっと迷ってこっち来ちゃっただけ何でそろそろお暇しないといけないんですいません」
がっし
逃げる、もとい穏便にこれから戦場というか、食糧という一種の生命の墓場となるだろう調理場をできるだけ迅速に離れようとしたルークの襟を、しかしナタリアは女の腕には信じられないほどの力でぎりぎりと握っていた。...若干息ができなくて、音譜帯でローレライがこっちに向かって手を振っているのが見えてしまった...『おーいルーク元気ぃ☆我さみしいから時々は遊びにきてねテヘッv』...見えてしまったけれども精神的汚染になりそうな範囲でうざかったので、気合いで戻ってきた。
「御待ちなさい!...どうして逃げるんですの」
憤慨したかのように頬を膨らませるその姿はかわいらしいのだけれども。
「ニゲル、という、か、息、でき...」
「まぁすみませんわたくしったら」
ぱっと手を離された瞬間に、足の裏が地面に着地したのは気のせいだろうか。
気のせいだと信じたい。というか信じないと、彼女が利き手とはいえ片腕だけでルーク一人を持ち上げたということになるわけで...彼女の将来とか隠された父方の遺伝子の後期発現を想像したくなるので気のせいだということにした方が心の平安のためだろう。
急に気管に入ってきた酸素にむせながら、ルークはできるだけナタリアを刺激しないように笑顔を向ける。ここで、万が一にでも彼女に怪しまれてしまうと、正体がばれる可能性があるのだ。
さすがに、キムラスカのど真ん中で正体がばれるのはぞっとしない。
「ええと、ナタリア様は、チョコレートを贈りたいのですよね?だけれども、お料理は少し...苦手、と」
実際は、少しなんて形容詞は、世界にたくさんいるであろう「少し料理が苦手な人間」すべてを冒涜する言葉に値するのだけれども、できるだけナタリアを刺激しないために言葉を選びながらルークは続ける。(こういうときは、人生経験というものがものをいうのだと痛感する。以前のルークなら間違いなく「諦めろ」と言っていたはずだ)
ルークの言葉に、ええそうなんですの。とかわいらしく頬を染めるナタリアはまぁたしかに恋する乙女としてとてもかわいらしいし、かつてルークがさりげなーく恋心を抱いたりもしていたのだからしてこういうところはけなげだなぁとは思うのだ。思うのだけれども。
「ええ...先ほどためしに作ってみたのですけれども...わたくし、チョコレートって茶色いものだと思っていたのですけれども、なんだかこんな色になってしまって」
「何で蛍光ピンクだよ?!食物の色としていろいろありえヌェー!!!????」
ナタリアがおずおずと差し出したチョコレートと称された謎の物体を前に、思わずルークは叫んでしまった。(これは仕方ないことだろう、今突っ込まずにどこで突っ込めというのだ)
「ちょっと失敗してしまって...」
「いや待て、ちょっとのレベルじゃないだろこれ。蛍光ピンクって何の色っていうか何でこのチョコレートしょっぱにがい匂いするんだ苦いはまだわかるけどなんで海のミネラルたっぷりなかほりっていうか磯?!磯なのか?!」
この、ある意味芸術的物質を前に、ちょっと失敗しちゃったで片付けようとしたナタリアに、思わず以前の記憶のノリで突っ込んでしまったルークは、はっとして口を押さえる。
以前は確かに自分はルークであったけれども、今は...自分を待っていてくれるといった幼馴染ではない彼女にとって自分は、ただの侵入者なのだ。不敬罪で断罪されても仕方ない。
だが、当のナタリアといえば、ぽかんとした顔でこちらを見ているだけだ。
しばらくの沈黙ののち、その視線が気まずくなって、ルークはおずおずと聞いた。
「ええと...ナタリア...様?」
「...わたくし、あなたとお会いしたことはないですわよね?」
小首を傾げながらおずおずとつぶやかれたその言葉に、ルークの心臓はどきりと大きく鳴った。
「ないですよ、俺なんかが王女様にお会いするなんてそんなこと」
「そうですわよねぇ...ごめんなさい、変なことを言ってしまいましたわ。忘れて下さいまし」
さらりと話題を終えたところをみると、ルークの正体に気づかれたわけではないようだ。
心のなかだけほっと胸をなでおろしているルークに、ナタリアはロイヤルスマイルで続けた。
「引き止めてすみません。お詫びに、あなたにもチョコレートを差し上げますわ。」
ぴしり。
音を立てて、ルークは固まる。逃げようにも、いつの間にか出口はナタリアでふさがれているし。...だらだらと、音をたてて滝のような汗がこぼれおちてゆく。
何の邪気もない笑みが、これほどまでに恐ろしいのはなぜだろうか...。

「さぁ、お食べになって下さいまし」
あくまで笑顔で差し出された、チョコレートのようなものかもしれない多分原材料にはチョコレートも使用されているのだろうその蛍光ピンクの物体に、ありえないはずの過去が思いっきりルークの中で走馬灯のようにフラッシュバックしていた。



はぁ〜
「アッシュ?何なんだよさっきから」
「ん?何でもないよ」
「だったらため息ばっかりつかないでよ、気になるじゃないか」
「...そうだなぁ、ちょっと自分が情けないのかも」
ダアトに帰還して、とりあえずGの名のつく黒いスーツのお客様を、住処(○キブリ○イ○イ)ごとダース単位で総長の執務室に投入して自分の部屋に戻ってから、幾度なくため息をついているアッシュに、当然のごとくソファーを占拠して入り浸っていたシンクは眉をひそめて声をかけた。
いつも、無駄に能天気なほどに笑っているくせに、たまにこう落ち込まれると落ち着かない。
「何で情けないのさ。あんたが情けないの何ていつものことだけど」
シンクの憎まれ口に、へらりと笑うアッシュは、いつもどおりに見えるのだけれども。

「...んー、俺さ、過去にとらわれることってないんだとおもうんだけどさ」
「はぁ」
「でも、たとえば自分が持ってる過去をほかの誰も持っていないとすると...その過去は自分だけのもので、他の人にはないわけだろ?」
「はぁ」
「...それなのに、時々それがだぶったりしてさ...何だろう、むしろひどくなってるような気がしてならないんだ」
「意味がわからないよ」
「...分かんない方がいいよ」

あはは、と乾いた笑いを浮かべるアッシュにあきれながら、シンクはふたたびぼふ、とソファーに腹ばいになった。
来週の活動計画書に目を通しながら、赤で修正を入れていく。
少し読み進めてから、シンクは思い出したように口を開いた。

「でも、『アレ』は早いとこなんとか処分しないと。こないだ、鼠が箱の周りでわんさか死んでたよ」
シンクは、アッシュが手に入れてきた、部屋の隅に四重包装で厳重に隔離されている『ブツ』にちらりとややひきつった視線をやる。
「...そうだなー。あまりに強力すぎて、さすがに髭に使うのもためらわれるよな...」
アッシュも若干ひきつった笑みで、うなずいた。






ノリと勢いで書き終えたバレンタイン話というかナタリアを出したかっただけのお話。
最後をうまくまとめられなくて中途半端に何なんだか。
さすがに、致死量超えの毒はもらない様ですよ髭虐め。生かさず殺さずが鉄則です。
2008/2/12up