やってられねぇ。
暮らしてみて一週間で三十回脱走を企てるもことごとく髭に阻まれたルーク...いや、呼び名はアッシュ...やはり面倒なのでルーク...は一週間のうちに何度ついたか判らないため息をついた。
結局、あの後髭に有無を言わせずオラクルにお持ち帰りされた(本物のルーク、つまりアッシュはそのままファブレ公爵家に返却されたらしい。)ルークは、あれよあれよというまにオラクル騎士団の部屋の一つを割り当てられて放り込まれた。
最初は丁寧に鍵をかけられて監禁状態だったが、一日目でルークが5部屋ほどの扉を苦もなく超振動で破壊したため鍵はかけられなくなった。そのかわり、二日目からヴァンとリグレットとディストとラルゴが交代で見張りについた。うざいことこの上ない。
一週間目の今日、隣にいるのは体が大きく力持ち、割りと温厚温和な性格の黒獅子ラルゴ。
今は、ベッドの上で本をぱらぱらめくっているルークの横で大がまを磨いている。
「なーなー。俺、ここから出たいんだけど」
「それはできぬな」
話しかけてみれば、予想通りの答えが返ってきた。
ラルゴは自分の見張りの番の時にはさりげなくお菓子やらぬいぐるみやら本やらおもちゃやらを持ってきてくれる。そのため、一番退屈しないで済んでいるが(思い切り子ども扱いだが、今まで生きた年齢を足しても外見年齢にすら届いていないルークは思いのほか喜んでいたりもするが口には出さない、悔しいから。)、別にルークは構って欲しいわけではない。このオラクルでやりたいことはせいぜいあの髭をむしりとることくらいでほかにないのだ。
それに、この子供の身体では剣術の技術は『あのとき』のままとはいっても力が足りないわけで。...正直今すぐあの髭にかなうとは(不意を付けば可能かもしれないが)思えない。そのためにグランコクマで牙を磨いでおこうと思っていたのに。
チーグルのぬいぐるみに顔をうずめながら、ルークは頬を膨らませる。
このぬいぐるみをこの巨漢がどうやって手に入れたのかは微妙に気になるところだ。通販なら問題なし、買いに言ったとしたら...店員の心に深い傷を負わせてはいないかとルークはちょっと心配になった(店員が)。
「そーとぉーに出たいんだけどーぉ」
「...?別に構わぬが?」
だめもとでいってみたら、すんなりOKが出た。
かえっていってみたルークのほうが驚く。なんだだったら最初からいえばよかった。
けれど、いそいそと靴を履いて(初日に、リグレットが服も靴もそろえてくれた。パーカーのフードには猫耳が付いている。...ディストにおそろいの服をよこされて悩むことなくこちらを選んだ)扉を開けようとするとすでにラルゴが開いてくれた。ありがとうというと強面ながら笑ってどういたしまして、だ。といった。多分小さな子供はそれだけで泣くだろうに違いない。
そのまま、外に出ようとしたが、ルークのすぐ後を決して小さいとはいえない...っていうか、十歳児のルークと並ぶとちょっと別の生物かとも思われるような巨漢が付いてくるのにいやでも気づいてルークは振り返った。
「...なんで付いて来るんだよ?」
「当たり前だろう。俺は見張りだぞ?」
...ああ、そういうことか。
ルークは、考えてみればすぐにわかることを考えなかった自分のうかつさにしたうちをしたい気分になった。「ここから」出たいのは駄目、「外」に出たいのは大丈夫。...まぁ、一週間のうちに一山にもなるだろうオラクル兵たちをひきちぎっては投げ引きちぎっては投げて逃亡を図りまくったルークをいまさら逃がしてくれるはずもない。っていうかむしろ逃がすのなら被害の少なかった最初のころだろう。現に今すれ違った兵士の顔がルークをみて明らかにひきつったし。
まぁ、ちなみに被害は多分ヴァン総長がダントツトップだ。ルークの見張り当番になるたび知恵の限りを尽くして髭をむしろうとするルークと格闘しつつ業務をこなすという難易度の高い技を要求されるためである。しかも、最大の難点はルークがオラクルの重要書類などなんとも思っていないところにある。おかげで仕事にまで被害が及ぶ有様。
導師に提出するはずだった書類にインクを跳ね飛ばした(訂正、ぶちまけた)時にはちょっと本気でヴァンの顔が引きつっていた。このときばかりはちょっといいもの見たとルークは正直思ったが。
てくてくてく
ずっと、廊下を歩いているうちに疲れてきた自分を自覚する。
確かに身体能力は誰のおかげか(第一候補ははた迷惑な意識集合体)あのときのままを保っているが、体力はいかんせん生まれたばかりのレプリカのものである。おかげで、普段の調子で歩いているとすぐに息切れしてしまう。
あーうぜーまじ疲れた
口には出さないがルークがげんなりしていたら、急に視界がものすごく高くなった。
前にもこんなことがあったが、あのときよりもさらに高い。
横を見てみれば、強面の男の顔。
どうやら、ルークはラルゴの肩にちょんと乗せられたらしい。頑張って手を伸ばせば天井に届きそうだ。
「どうも」
「いや」
一応礼を言えば、短く返事が返ってくる。
...ああ。
ルークは、自分の頭がずきずき痛むのを感じる。
しっかりしろ、自分。
言い聞かせてみるが、もうすっかり、自分の中でなえてしまった気力を感じる。
...隙を見て、逃げるつもりだったのに...
余り表情には出していないが、自分の娘と同い年くらいの子供を肩に乗せて上機嫌で歩いている黒獅子を置いて脱走できるほど、ルークの心はネクロマンサーではなかった。(注:本人に言うと笑顔でミスティックゲージだろう。要注意)
なんとなく、なし崩しになりような予感をひしひしと感じながら...
とりあえず今日のヴァンの夕飯にこっそりしのばせるための黒くてつややかな、羽根を持つ主に台所に生息する昆虫でも捕まえて帰るかと現実逃避の思想を始めたルークであった。
知恵者の屁理屈と愚か者の正論
かわいそうなのは主に総長。
ルークはみんなのアイドルに成長すればいいと思う。
2006.12.12