「一体どういうことだ!!」
いらいらとした口調を隠さない軍の上層部の人間たちの中で、とりあえずアスラン・フリングスはこっそりと嘆息していた。
軍選抜を兼ねた武道大会は、例年にない盛り上がりを見せている。それはいい、それはいいのだが。
並み居る優勝候補を紙切れのごとく吹き散らして勝ち上がるダークホース...それに問題があった。
「...着ぐるみに優勝されたなんてことがあってたまるか!!」
真っ赤な顔をして、臨時で用意された机を砕かんばかりの勢いの軍人の言うことはまぁ、もっともといえよう。
きゃーかわいいvvと、特に女子に大人気のその人物...登録名は『ブウサギレッド』しかも、全身ブウサギの着ぐるみで顔はおろか、男なのか女なのかさえも全く判別がつかない。
さらにその上、武器が巨大ピコピコハンマー。どんなつくりをしているのか、先ほどはかなり丈夫なはずの会場の床すら砕いていたような気もするが、どうみてもピコピコハンマー。(どうやったらあの着ぐるみの手で武器をつかむことができているのか、若干気になる)
武器も防具も特に指定されていないこの大会、確かに多種多様な武器を使用するものはあれど、もちろん前代未聞だ。(あってたまるか、という声が聞こえないでもない)
ちなみに、登録の時点で抹消されかかったのだが、「面白いじゃないか」という某ブウサギ陛下のお言葉添えのおかげ(せい)でなんと決勝戦まで勝ちあがってきてしまったのだ、ブウサギレッド。
さすがの皇帝も、まさかブウサギレッドが決勝まで勝ち上がってくるとは思っていなかったようだが、「ブウサギきぐるみに優勝させるわけには!!」なんて発言を面と向かって出来る勇気のある人間はここにはいない。そんなことを言ったら、ロニール雪山のふもとで最悪永久に見張り番になりかねない。陛下のブウサギへの愛情は海よりも深いのだ。
にっちもさっちもいかない状況に、お偉いさんたちがやきもきしているその時。



「いやー面白いなブウサギレッド。なぁなぁジェイド、アイツ優勝したらもちろん採用だろうな?」
「陛下ぁvv寝言はお布団でどうぞ♪」
懐刀を右に置き、ピオニーはやたらご機嫌モードであった。
笑顔で、その皇帝に言葉のアッパーカットをくらわせるつわものはネクロマンサーくらいのものである。普段は触りたくないむしろ近寄るな危険!の死霊使いだけれども、こういうときはとても頼もしく見えるから不思議だ。(ただし、うっかり信用すると次の瞬間地下室の手術室で横になって目が覚める羽目になりかねないが)
な ん と か し て く れ ! !
向こうの方からえらい熱意のこもった視線が送られてくることに、もちろんジェイドもピオニーも気付いている。
が。
「ま、なかなか見どころがあるのは確かですけどねぇ」
「だろだろ?...いやー、いっそあれをうちの軍の制服にするか!」
「...今すぐに貴方のブウサギネフリーを厨房に届けさせたくなればご遠慮くださいね陛下。まぁでもいいんじゃないですか、特に規則違反したわけじゃありませんし」
ネクロマンサーに一縷の望みをかけた軍人たちは、がくりと膝をついた。
まぁ、所詮はあの皇帝とあの死霊使い。早々にその結果を予測していた人間からは、とりあえずため息だけが漏れたそうな。



「うーん。ムレるなこれ、あっちぃ」
ルークは、控え室でブウサギの頭をはずしてぱたぱたと手で顔を煽いでいた。
一応、某人形職人に言って(半強制的に)普通の着ぐるみとは比較にならないほどに通気性、可動性は抜群なのだが、所詮着ぐるみは着ぐるみ。暑いものは暑い。
「むー、アリエッタはぬいぐるみでいいとして、シンクはなぁ。置いてきたの絶対根に持ってるよなあいつ。なんかちゃんとしたの買ってやらないと怒るだろうし。イオンはなんだろな、うーん」
本をペラペラめくりつつ、やっぱり暑いので時折それで煽いでみるがあまり効果はない。
ちょっとかわいらしくお願いして、ガマガエルのへそくりをちょろまかし、開発費はふんだんに使ったのだがそれでも限界は存在する。
「ひー、早く風呂入りたいな...」
思わずぼやいたところで、扉の外から声がかかった。
「そろそろ決勝戦です。準備を」
「あ、はいはーい!」
がぽりとまた着ぐるみをかぶり直し、ルークは手に持っていた本にしおりをはさんで机に置いた。
其の本には、
『グランコクマの土産物ガイドブック』
と書かれていたとかなんとか。



結局皇帝に押し切られる形になって定時に開始されることになった決勝戦。
すでに、謎のブウサギ着ぐるみ戦士と、真面目にきちんと勝ち上がってきた青年が相対し、司会のコールを待っている状態だ。
育ちの良さがうかがえる青年には、おもに上層部の皆さんからのいろんな意味のこめられた(『ブウサギなんぞに負けるなど許さんぞぉおおおおおおおお!!!!!!』とか)プレッシャーが重くのしかかっていて彼の周りだけグラビティが発動しているようにすら見える。なまじ実力があって勝ち上がってしまったばかりに不幸に見舞われているあたり、若干かわいそうな気がしないでもない。
相対している青年に、ブウサギ着ぐるみのブウサギレッドは、不敵に微笑んで(あくまでイメージである。もちろん見た目はただのブウサギなので)武器であるピコハンを突き付ける。
「へへっ、楽しませてくれよっ!」
一応挑発のつもりなのだろうが、いかんせん着ぐるみである。しかもピコハンである。
かわいらしいことこの上なく、その間抜けな姿にむしろ子供たちから歓声が上がっていというほのぼの風景は恐ろしくこの場とそぐわない。
いっそ、移動遊園地とかそんなところにいたらもれなく子供のアイドルになりそうな勢いである。
まだ試合は始まっていないのだが、すでに相手の青年の眼は若干アレな勢いでギラついている。正面切って睨まれようものなら、子供あたりは夢に見て泣くかもしれない勢いで。
何せ、相手は着ぐるみである。着ぐるみなんぞに負けるもんかという決意の証かもしれない。
もちろん、この勝負が軍での将来を決めることにもなるのだが、なんせ、彼が負ければ今年の挑戦者は全員着ぐるみに及ばなかったことになるのだ。
しかも得物はピコハン。...もし負けようものなら、一生「ブウサギに負けた男」としての汚名が付きまとうのだ。
まだ若く希望もあふれる身としては、いろんな意味で全力で遠慮したい。
この勝負を笑顔で楽しめるのは、この国ではネクロマンサーくらいしかいないだろう。
ピコハンと指さし棒という、ある意味最強にやる気のない争いが見られるはずだ。

固唾をのんで見守っている観衆に試合の開始を宣言するために、拡声音機関に向かって司会が熱のこもったコールをぶつけようとした時。


トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ


やけにきれいなカウンターテナーな歌声が会場に響き渡った。
といっても、それを最後まで聞き取れたものはおそらくはいなかっただろう。
声が聞こえると同時、抗いがたい眠気がその場にいた全員を襲ったからである。
会場にいた人々が眠りから覚めると同時、ブウサギレッドの姿は会場にはなくなっていて。
?マークを頭に浮かべつつ、異例にも対戦者逃走のために不戦勝という、いやにあっけない結果で持って審判は武道大会の終焉を告げることとなった。
気を失う瞬間、マロンペーストの何かを見た!と主張する者もいたのだが、結局のところ全く情報はなく、ブウサギレッドの正体も知れず仕舞だったことは付け加えておこう。



ちなみに、

「よそ様のおうちで好き勝手してはいけないとあれほど言っておいただろう!」
「うるせー髭!お前のせいで土産買えなかったじゃねぇか!!」
「こら!アッシュ、ちゃんとここに正座しなさいお父さん許しません!」
「誰がお父さんだボケェっ!!くっそーせっかくマルクト史上に正攻法で面白歴史を刻めるところだったのにっ!!」
「ぎゃー!!アッシュ、ちょっと、私のタルロウを壊さないでくださいっ!!」
「変なところを悔しがるんじゃないっ!!こら、アッシュ!悔しいからってディストをいじめるんじゃない!そのピコハンは没収だ!こら!待ちなさい!」
「うるせー!譜歌なんて卑怯だぞ髭!」
「特務師団長がご乱心だー!!総員配置につけ!教会が破壊されるぞぉっ!!」

なんて光景が、ダアトでくり広げられたりもするのだがまぁ...
いつもの話であるということができるだろう。






...なんだろう、眠い時間に書いたらか、グダグダの上にオチが弱くなりました。
気にしたら負けです。本当は、ジェイドと対戦させるはずだったり、ヒゲとも戦わせたかったんですが、そうすると前後編でもおさまりきらなくなるので断念。
コンセプトは、子供(ルーク)を一生懸命躾ける髭の苦労です。
お父さんはつらいですね(笑)
2008.3.23up