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水温は適温42℃、馬鹿には効きません
「温泉?」
ルークの言葉を鸚鵡返しにして、イオンは大変可愛らしく首をかしげた。
そのしぐさは無垢な天使そのもの。例えちょっくらの頻度でその天使の笑顔のままモースやらトリトハイムやらヴァンやらをあしらっていようとも、万人が認めるところである。
もちろん、イオンが温泉という単語を知らないというわけではない。
温泉という現物を見たことは無いが。(仕方ないことである、記憶とあわせてもまだイオンが生きている時間は四年にも満たないのだから。)
ザレッホ火山が近くにあるおかげか、ダアトは温泉郷としての一面も持っている。
長い巡礼ののち、帰りに疲れを癒していく信者も少なくは無い。
「そ、温泉。慰安旅行、いいだろ?」
「ええ、とても素敵だと思います」
補足のように付け加えられたルークの言葉に、ようやく趣旨を理解したイオンはにっこりと笑うと肯定を返す。実のところ、ルークと過ごせるのであればイオンはどこでもいいのだけれども、彼が楽しいと思っていることならばイオンに否を唱えるべき余地などない。
「普通の温泉宿はもうこの時期予約が一杯だからさ、掘ろうと思って」
...。
...。
...?
温泉は地下水脈のようなもの、だから、この場合掘る、という単語の使い方は正しい。
だが、同時に何かが激しく違うような気もする。
笑顔のままフリーズしたイオンに気づかないまま、わくわくとした表情でルークは続ける。
「とりあえずディストからこないだポーカーでカイザーディストなんたらをもぎ取ってきたから、あとはアリエッタのお友達と共同作業!某天才の部屋から直接ちょろまかしてきた本もちゃんと読んだから、水脈の探し方とかもばっちり!」
うれしそうに言われると、そうですか、良かったです。としかいえない。
っていうか、某天才ってもしやと思いつつ、そこは気にしないでおいておく。
...想像通りだとすると、今頃海を隔てた某所では、額に青筋浮かべた某天才にぬれ衣を着せられた某幼馴染が「へーいか?今度は人の手記に手をつけましたか。さっさとお返しください」「違う!俺じゃない!」とある種の漫才を繰り広げているはずだが。
「あ、イオンは見てるだけでいいからな?大丈夫、このハリセン何故か地面も砕くから、もし暇だったらこれ使って手伝ってくれてもいいし暇じゃないよ」
ルークの手に持たれているのは、何の変哲もない紙製のハリセン。
もしかしなくともこれは、この間モースを教会の聖堂の床にめり込ませた(注:石畳)という噂のアレか。
軽くて持ち運びがしやすいので大変便利なのだとこの間言っていたような気がするが、念のため触らせてもらったところ、普通の紙だった。
どうやったらそれで温泉がほれるのか、石畳に人をめり込ませられるのか。
世界って不思議だなぁと、とりあえずイオンは突っ込みを放棄してルークに先を促す。
「あ、そうそう。イオンが誘いたい奴とかいたら、誘っていいぜ?」
「分かりました。考えておきますね」
そこで話題はとりあえず締めくくられて、後はゆったりとしたティータイムへと突入したのだった。
「...。」
山。
岩山。
人影といえば、自分を入れてたったの数名。
だけれども、そのほかの要因がものすごく体積を占めている為に、見た目にすごく賑々しい。
かくいう自分も何故か今現在トクナガを巨大化させてえっさほいさと石を運んでいるのだが、どうしてこうなったのかいまいち記憶が無い。
ちょっとお出かけしたいので護衛をお願いしますとかそんな感じのお言葉を、ぽえぽえした平和そうな笑顔のイオンから賜ったような気もするけれども、それがどうしてこの肉体労働につながっているのだろうか。
しかも。
人員は、自分とイオンと何故か六神将たち。
向こうでは烈風のシンクが蹴りで地面をくだいているし、隣ではディストがカイザーディストでドリルを使っている。アリエッタの魔物たちは細かい土を掻き出し、自分はラルゴと一緒にそれを運ぶのを手伝っている。
ヴァンとリグレットの姿が見えない理由は多分、昨日六神将のアッシュやシンクと地獄の耐久最重要書類強奪鬼ごっこを六時間ほどこなしていたから筋肉痛で呻いているとかそんなんだろう。何故にアッシュとシンクがぴんぴんしているかといえば、やはり若さと要領という話だろうか。
「...。っていうか、どうしてアニスちゃんわざわざタダ働きしてるのよぅ」
問題はそこだ。イオンの護衛は自分の正規の仕事なのだから問題ない。
だから、ここについてくるのは全く持って問題ない。けれども。
何でそもそもうら若き乙女(笑)であるはずのアニスが肉体労働担当で。
「アッシュ、おなかすいたよ」
「あーはいはいちょっと待ってろもうすぐできるから」
明らかにアニスよりも肉体労働に向いていると見られる六神将最強とも最凶とも謳われているこの少年...暁のアッシュがキャンプよろしく炊き出しをしているのだ。しかもものすごくえらい具合に手際がいい。
腹が減ったと訴える仮面の少年...烈風のシンクに、帽子をかなり深くかぶっているのでその瞳までは伺えない赤毛の少年...アッシュは、苦笑しながらもやわらかく答えている。
一応ダアトの軍最高峰に位置するはずの六神将のはずなのに、現在は割烹着とお玉で鍋をかき回しているスタイルのアッシュでは、今まで討伐されてきた盗賊やらなんやらが男泣きを始めそうな勢いだ。
とりあえず、普段使用している大鎌よりも妙に工事道具の似合っている(トドメで手ぬぐいはもう反則の域だろう。)ラルゴにげんなりとしてしまう。何か、お父さんと子供達といった風情。
「すみませんね、アニス。無理につき合わせてしまって」
「え?!ええと、いいんですよぅあたしはイオン様の導師守護役なんですから!どこでもお供しちゃいまーすvv」
申し訳なさそうに言うイオンに、内心ではバイト代くらい出せやおるぅるあああっ!!と、どこぞの次元の違う世界のバーサーカーのごとき低音で怒鳴っているけれども、勿論顔には出さない。そこがアニスクオリティ。
丁度、彼が水筒からお茶を入れてくれたので、ラルゴに休憩を告げてイオンの横に腰を下ろす(これまた準備のいいことに、ビニールシートがひいてある上に重し兼イオンの暖房代わりにアリエッタのライガがちょこんと座っている。)。お茶は、お砂糖の入った紅茶で、寒いこの季節には大変ありがたいものだった。
ちら、と横目でイオンを見ると、美味しいですねぇとまるで初老の日向ぼっこを思わせる風情でお茶をすすっているものだからなんとも言いがたい気分に襲われる。
とりあえず、十代もまだ初めの少年のかもし出す空気としてはイロイロ間違っていやしないか。見た目は乙女といわんばかりの可愛らしさなのに、どうしてか最近縁側で猫だっこしているほうが似合っているような気がしてくるからイリュージョン。
まぁ、現在実際に隣にいるのは獰猛も獰猛、そもそも飼い猫レベルの可愛らしさとは程遠い正真正銘モンスターのライガであるが。
「でもぉ、一体全体なんで穴ほってるんですかぁ?ついにヴァン総長埋める気ですか?」
あ、向こうでラルゴがこけた。多分、聞こえてたのだろう。
しかし、当のアニスの真っ黒け全開の発言に対して、イオンは天使のごとき微笑でのたまった。
「僕としては、先にモースを埋めたいですね」
あ、でもザレッホ火山にサウナスーツっていうのもいいですよね。とかさらに続けているが、アニスは自分の精神衛生上何も聞かなかったことにしておく。
もしかしなくても自分の裏の雇い人モースよりもよっぽど、したたかじゃなかろうかこの導師。
「温泉を掘っているそうですよ。そうしたら、皆で入るんです。アッシュが、水着も用意してくださったそうなので、皆で入れますね」
「温泉?!...なんちゅーかとっぴというかある意味壮大というか。いくらでも温泉宿なんてあるでしょうに」
「でも、そうするとアリエッタのお友達は入れませんし、僕が行くとなると遠慮されてしまいそうですからね。アッシュは、気を遣ってくれたんだと思いますよ」
「ふー...ん。そうなんですかー」
少しだけ、アニスがアッシュに抱いていた印象が変わった。
普段は、縦横無尽にダアトの教会を走り回り(注:教会は走ってはいけません)、時に正面から、大体は天真爛漫な悪魔と称されるに相応しい手法をもってして見事に髭もといヴァン総長をいびりぬいているわけだが、それでも外の任務ではいい将であると聞く。
結局のところ軍人だろう、と思っていたのだが、こういった細やかな心遣いも出来るのか。...まぁ、とっている手段はとてつもなく規格外だが。
「アッシュって、何か結構面白い奴なんですね」
「ふふ、そうですね」
イオンの笑顔につられて笑いながら、アニスはそろそろ、自分の突っ込みスキルを一時封印することにした。
ご飯だよーといってカレーライスを配り始める六神将の姿は、多分見ちゃ行けなかった気がするので。
めでたく温泉はその日の午後には湧き出し、皆で楽しむことが出来た。
うっかりとその話がどこからか漏れてしまった為に、その後ウザイほどに食堂で愚痴ってくるディストやら「アッシュゥウウッ!どうして私も誘ってくれなかったのだぁああっ!!」とわめき散らす総長やらがそこらに絡んでぶちきれたアッシュとシンクにボコられるのはまた、いつものお約束のお話。
ってわけで温泉ネタ。もとい家族でキャンプ(笑)
2008/11/16up