感謝を物にこめましょう?
「何、これ」
肩書きで言えば六神将参謀にして一個師団の師団長。
通り名で言うのであれば、烈風。
名前で言うならば、とりあえずはシンク。
そのシンクは、目の前に広がっていた光景が理解できずに、人の部屋にノックもせずに入り込んだ直後にその一言だけを漏らした。
別段、この場合シンクが悪いわけではない。ノックもせずにシンクがこの部屋に入ってくることなんかいくらでもあることだし、普段であればむしろいなくても勝手に上がりこんで昼寝すらしている始末だ。(だって、いつの間にか昼寝に丁度いいクッション...多分手作り...が増殖しているのだ、この部屋は)
それに、この部屋の主がいくら足音と気配を消そうとも、シンクが入ろうとしていたことに気づかないはずがない。癪だし認めたくもないが、それくらいシンクとこの部屋の主との実力差は存在するのだ。それはもしかしたら、誰もがこのオラクル最強と認める総長を脅かすほどの。
まぁそんな肩書きだけの御託はどうでもいい。この目の前の男...いや、むしろ少年にはやはり六神将にして特務師団師団長、通り名であれば暁などとご大層なものがつくけれども、それはむしろ問題じゃない。
むしろ今現在論点にすべきは、この部屋にあふれんばかりの大量の箱やら袋やら、だ。
中には開けられているものもあり、それらが武器ではなく、例えばエンゲーブの焼き印がついているりんごなどの食料であることを知らせる。
がり、と皮をむきもしないで平然と部屋の主がそれをかじっているところをみると、毒も心配はなさそうだ。ついでに一つシンクもみずみずしいそれを手に取る。
が、しかし。
「何さ、この量は」
シンクが嫌味無しにそう呻いてしまうほどには、この決して狭くはない部屋を埋め尽くしている荷物の量というものはすさまじいものがあった。何せ、床としての素材が見えている部分がほとんどないのだ。
「...いやー、最近続々と届くんだよなー。」
部屋の主...アッシュのあっけらかんとした口調の台詞に一瞬ああそう、と納得しかけたシンクだが、そもそも納得するためにはその返事には決定的に足りないものがあることに一瞬あとに気づいて目を細める。
「何で」
会話においては、5w1hは重要だ。特にWHY,如何してというのは、すさまじく重要だ。
常の、髭を引き抜き隊の活動においては、『とりあえずなんとなく総長ってむかつくよね』というWHYを念頭において活動していることはもっぱら思考に上らないあたり、若き総長の心労が伺えようというものだろうか。
「オセイボ?クレになると送ってくるらしいぞ。その年に世話になった相手に」
よくよく荷物を見れば、別段全てマーケットから取り寄せたわけでもなく、ちゃんと送り主からの荷札がついている...それを一つ眺めて、さらにシンクは眉をひそめた。
まぁ、一つにイオンからの札が混じっているのはよしとしよう。導師が教団の金使うなよと突っ込みは入れたいところだが、普段世話になっている相手に物を贈ろうという趣旨の企画であるのであれば、まぁ名前が上ってもおかしくはない相手だ。普段アッシュはシンクやアリエッタ、最近ではイオンやそのフォンマスターガーディアンのぶんのスイーツ作りに励んでいるので。
が。
よくよく見れば、ダアト内から着ている荷物以外にとんでもない地名がいくつか存在している...何故、キムラスカやマルクトの領地であるはずの住所が送り主の札に書かれているのだ。
何故にケテルブルグ?というか、何故にバチカル?
不穏なまでにありえない地名のオンパレードだ。...百歩譲って、しょっちゅう逃亡を企てては土産をもって帰ってくるアッシュがケテルブルグやらバチカルに足を伸ばしているとして...何故にそれがオセイボとやらにつながるのだ。
よくよく中身をみれば、エンゲーブからはエンゲーブ産のりんごではあるが、他のプレゼントもあるようだ。音機関やら、ぬいぐるみやら。
箱の中の一つに、不自然に穴の開けられたものを見つけて、シンクは目を細めた。
これは、何か混入されているのだろうか。
無言で箱を開けると、その中には。
「ぶひ」
「...何、これ」
「ブウサギだな、子供の」
それくらいはシンクにだって分かる、今更説明されなくとも。
極まじめにシンクの質問へ答えを返したアッシュを睨みつけて、ぶひぶひと鼻を鳴らすブウサギを睨みつける...これはあれか、食用か何かか。
だとしたらとてつもなく悪趣味だ。...育てて食べろというプレゼントなど、どこのスプラッタだろうか。例え普段口にしている肉が元々はこのブウサギからきているものだとしてもだ。
だがその考えは、アッシュによって遮られた。
「あ、こいつ首輪ついてる。...ペット用だな」
「ペット...?っていうか、生き物送ってくるものなわけ?オセイボって」
「いや違うと思うけど...でもまぁ、ひとり笑顔でやりかねん人物がいるから、なんともいえねーな」
あ、やっぱり送り主グランコクマか、とか呟いているアッシュにシンクは段々頭が痛くなってくるのを自覚していた...この男、ボケ属性にも程があるだろうに。
元々自分の沸点がそれほど高くないことは自覚している...イライラをぶつけるように、びし!と箱にちょこんと収まっているブウサギを指さしてシンクはついに怒鳴り始めた。
「だから!!さっきから僕が聞いてるのはそんなことじゃないんだよ!!...どーしてアッシュにお歳暮とやらが、世界規模で届いてくるんだよ!!」
子供っぽい動作だとは分かっていても、地団駄を踏まずにはいられない。
ついでにいつくか散らばっているぬいぐるみ(微妙に不細工)を踏み潰してやりたい癇癪にも駆られたが、それをやってしまうと完全に自分が子供であることを認めたようで癪だったので、なんとかこらえるが。
が、何と言うか足元でぶひぶひ言っている仔ブウサギのせいで、てんで迫力には欠けるのだが。(こんな姿、師団団員たちには見せられない)
「...ちょっくらむかついたからそこらへんにいた盗賊締めたり、困ってるおじいさんがいたから荷物持ってやったらそれがやんごとなきとこのご隠居さんだったり、まぁイロイロと?」
「...」
とりあえず絶句する。一体何やってるんだこの、特務師団長は。
無駄に全世界にファンを増やしていやしないだろうか(ちなみに、特務師団は師団長親衛隊として機能しているともっぱらの噂である)。
というか、たまたま虫の居所が悪かったからっておそらくは半日もかからず壊滅させられただろう盗賊団を思うと、全くもって顔も知らない相手に同情もしたくなってくるから不思議だ。
「いつからアッシュはボランティア人間になったわけ?」
せめてもいやみったらしくいってやっているのに、当の本人、きょとんと目を瞬かせてその大きな碧の瞳をさらに大きく見せてくる...無駄に可愛らしい。
「ま、別に悪意がないものなら受け取ってもいいんじゃね?送り返すわけにもいかねーし。...でさ、こいつ名前何にする?」
言われた言葉に、シンクは一瞬顔を引きつらせた。
「...は?まさか飼う気?そんなもの売り払えばいいじゃない」
「さすがにそれは可愛そうだろ。せっかくグランコクマから海を渡ってきたのに」
「冗談じゃないよ!ただでさえアリエッタの魔物がはびこってんのに!」
「ちゃんと世話するからさー」
「そういう問題じゃない!」
「いいじゃんそんなこといってるとシンクってつけるぞなーシンクー」
「ぶひー」
「つけるな!!そしてお前もさりげなく返事してるんじゃないよっ!!」
「ぶひー?」
「うっさいそこのブウサギっ!!」
「うわお前チビいじめんなよなー、ひどいよなー」
「ぶーひー」
「ハモるなそこの二匹っ!!」
のらりくらりと交わそうとするアッシュに、ぷつりとどこかの切れる音のしたシンクは、いよいよ持って本気怒りモードに移行し、ちょっとそこ座りなよ!と言うと半ばキレ気味の説教モードに移行。
廊下に響き渡るその怒鳴り声は最早恒例行事で、ああまたやってるなぁくらいにしか思われていないことには当の本人達は気づいていないのだが。
「イオンさまー。お歳暮あけていいですかぁ?おいしそうなマドレーヌがあるんですー」
「ええどうぞ。教団宛のものはそのまま寄付に回しますけれども、個人宛で送ってくださったものまでそうしてしまっては、送ってくださった方の真心に失礼ですからね」
「おいしーお菓子なら、アニスちゃん大歓迎ですぅ☆」
お茶入れてきますね☆といって出て行った自分のフォンマスターガーディアンにふわりと微笑みながら、このダアトの最高責任者...導師であるイオンは、ふっと息を吐いた。
「まぁ、食べ物なら、ね」
残念ながら、この呟きは誰の耳にも届かなかったけれども。
余談ではあるが、後日ダアト教会に闊歩する『シンク』君に、ほほえましく名前(首輪に記載)をうっかり読んでしまった犠牲者達が怒り狂った参謀にタコ殴りにあったのは、まぁそれはそれで別のお話。
おそらく世間様はクリスマスネタでしょうから、そこをあえてお歳暮ネタに踏み切る斜め四十五度螺旋階段上の思考回路を持つ管理人ですごめんなさい(笑)
悪い子はいねがーと黒サンタのお話でも良かったんですが、サンタネタはもう一度やってますしね。脱マンネリ(笑)
割とさくさくかけました。
2008.12.14up