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今現在においてアッシュと名乗り、かつてはルークと呼ばれていた少年は、忘れられがちだけれども努力の人であった。
考えても見れば、そもそも十歳の時点で生まれ、当然周りからは『その年齢であるように』求められる。後のほうのレプリカたちは最低限の刷り込みと言うものを施されて生まれてきたから当然のように歩く、話す、そんな人間らしいことをやってのけるけれどもルークはそうはいかない。
もちろん当時の親代わり兼保護者兼使用人の根気の賜物ではあるけれども、常識こそ持ち合わせてはいなかったが実は最低限の勉学はやっていたのだ。
帝王学、フォニム学...そんな、特殊なものに手を伸ばせるほどに時間はなかった。何せ最初の一年は立って歩くこと、自分で物を食べること、排泄、とりあえず目の前の綺麗な金髪を引っ張ればガイが痛いのだということ、後はどうにも自分に腫れ物のように接してくる親の顔を覚えること...そんな、最低限とも呼べないことをこなすことで精一杯で。
ようやくよちよち歩き始めれば次は食事の方法、椅子に座ってナイフとフォークを使うということがどれだけ根気の要ることなのか、赤ん坊の頃からゆっくりと学んできた人間には到底理解できないだろう。
そしてうまく動かない舌で人の名前を唱え、物の名前を復唱し、口に入れていいものといけないものの区別を付けてゆく...覚えても覚えても足りない。だってそれは本来のルークが十年をかけてこなしてきたことのはずなのだ。が、当然周囲はそうは思ってくれなかったので、癇癪もちに見えて実のところじっと耐えてこなしてきたルークの粘り強さに気づく人間は一人もいなかった。
その彼が、計算やとりあえずの現代語学、ある程度の基礎知識を身に付けるというのはひそやかな努力によってなされたものであった。...つまり。
例え最初は出来ないことでも、じっくりと腰を据えてやればこなしてしまうという、ルークはある意味で努力の天才と言う人種であった。
仮面をつけた少年と、そして白い導師の衣服を着た少年。
彼らは一様にしてぽかんと口を開いて、目の前に鎮座しているものを見上げていた。
そうして同じ表情をして同じ物を凝視している二人を誰か見かけたものがいたとしたら、その相似性にぎょっとしたかもしれない。
六神将参謀、烈風のシンクと、ローレライ教団のトップ、導師イオンがまるで双子のようだなどと、思ってしまったに違いない。
だが幸いにもこのフロアにいるのは導師と、そしてシンク。
もう一人、目の前でニコニコとこちらに笑いかけてきている、ルーク...いや、『この世界』においてのアッシュ。(最も、其れを知るのは今のところ導師イオンのみだけれども)
普段の騎士団の上衣を脱ぎ、その代わりに黒のエプロンをつけて長い髪をポニーテールにして三角巾までつけている様は正直どこの若奥様だろうかというレベルだが、彼の渾身の力作であろう目の前の『それ』に対して驚愕し硬直している二人を見て、いたずらが成功して満足したようにただ微笑んでいる様子はどこか子供らしくて可愛らしい。
「どうだ!上出来だろ!」
「...はい!すごいですアッシュ!僕、こんな大きなケーキは初めて見ました」
ニコニコとしているアッシュに先に硬直から解けたらしいイオンが賞賛を送る。
元々何処までも天然で、大概の荒事にもまれなれているせいで動じない精神の持ち主であるイオンは、さらにこの『過去』においてその神経を図太く改造したようだ。
実のところ同じに生まれたはずのイオンよりも若干実際年齢の低いシンクは、未だそのショックからは戻ってきていない...ぽかんとして見上げるばかりだ。
「何...これ」
「何ってケーキ。ああ中身?フツーのプレーンスポンジだけど味に妥協はしてないぜ!食堂の業務用オーブンフル活用でひたすら焼いて焼いて、んでもってシロップにはラム酒と蜂蜜、砂糖をブレンドしたものを使用。クリームは業者から直接買い付けた生クリーム、苺は勿論エンゲーブ産、チョコはキムラスカの最高級品、マジパンの細工から何から俺担当。ちなみに原材料調達協力者のディストは途中でつまみ食いしやがったからのしといた」
「...」
とりあえず、コレだけのケーキを作る材料の調達に走りまわされた挙句ちょっとしたつまみ食いで容赦なくマットに沈んだのであろうディストにちょこっと憐憫の情(もちろんちょこっと、である、念のため)が沸くのは正常な人間であれば当然のことだろうか。
シンクはあずかり知らぬところであるが、とある音素集合体のいたずらのお陰で所謂パラレルワールド<未来?>で過ごした記憶と経験をそのまま引き継いだアッシュは、伊達に公爵子息として七年を生きてきたわけでもなくすさまじく舌が肥えていた。故に、ある意味で味っこと言うこともできるだろう。調理技術が舌に追いついた今、ナタリアと並び兵器と称されていた彼の料理は芸術の域にまで昇華したといえる。
いや、それ以前に何やってんだよアンタは、という視線がようやく硬直から解除されたシンクからアッシュへと注がれる。
「ナニコレ」
「何って、バースディケーキ」
「...は?」
「はい?」
これには、驚くべきことにイオンも聞き返した。
普段から、例え自分が歩いているときにモースが顔からスライディングで滑ってこようとも(もちろん、彼が自主的にそうしたわけではなく、そこにいる六神将二人の仕業であるが)少し視線をよこした後、「楽しそうですね、モース」の一言で片付ける鋼鉄の神経と鉄壁の微笑の持ち主なのに、珍しくそれが崩れてしまっている。
が、当のアッシュといえばそれで説明が終ったとばかりにろうそくなどを立て始めているものだからさすがにシンクがその肩を掴んで一旦作業を止めさせた。
「主語述語目的語を話してくれない?分からないから」
アッシュは、ぱちくちと目を瞬いてとりあえずシンクが本気で困惑していることを確認し、そうしてからイオンに視線を向けて矢張り苦笑されたことでイオンも困っていることに気が付いて。
ようやっと、説明不足であった事実に思い至ったようだ。
作業の手を止めて、くるりと振り返るとポニーテールも遅れてふわりと舞う。
「お前ら覚えてないかもしんねーけどさ、今日なんだ。一年前の今日。お前らの誕生日」
「「...」」
今度こそ仲良く、シンクとイオンは完全に沈黙した。
別段、刷り込みのお陰で一般的な常識も一通りは仕込まれているために、一般的な人間には誕生の月日を役所に申請して戸籍を登録せねばならず、またその日を誕生日として一年に一度家族や友人らと祝ったりもよくある話だということも知っていた。
もちろんイオンもそれはわかっていたし、アニスの誕生日を知ってからは心ばかりの品(導師に自由になる金は本来存在しない。故に、綺麗な花を摘んで押し花にしたものや、綺麗なリボンをほんの少し買ってあげたりとか、そんなつつましいものだけれども)を送った事もあったけれども、彼個人の誕生日を祝われたことはない。(お返しだと、お菓子を作ってもらったりはしたけれども)
大体にして自分たちの誕生日など知らなかったし、生まれたとはいっても冷たいガラスの中の暖かい培養液の中だ。いつ個体として成立していつその培養液から外に出たのかなんて彼らは知らない。刷り込みはそのあとの適合検査のあとに行われたのだから。
其れを言えばアッシュにも正確な誕生日などないことになるし、仮にも彼らよりも先に生まれているアッシュの正確な誕生(これを例え、培養液から外に出た日、と決定したところで)した月日を知るよしもない。もしかしたら、ディストあたりが記録しているかもしれないけれど。
「嘘だと思うなら、ディスト辺りに聞いてみ?ちゃんと記録のこってっから」
二人の心を読んだかのように言ってきたアッシュは、例え自分たちが冷たいガラスの中で生まれたまがい物の命だとしてもそんなこと、意にも解していないようですらあった。
「はっ!じゃあ何?アンタはわざわざ望まれないで生まれた紛い物にオメデトウとでもいうつもり!何の冗談だよ!」
元々沸点の低い自覚のあるシンクだが、今回のこれは悪ふざけに過ぎると確信し、このままここにいては何をどうするかも分からないという理性のかけらで持って身を翻そうとしたところを、すさまじい力で腕をつかまれ遮られた。
一瞬アッシュかと思えば、実のところ隣にいた導師(のレプリカ)イオン。
笑顔で、ぎりぎりと万力のような力で締め付けてくるので、実のところそろそろ骨折れるんじゃないかと思わないでもないというか今きしんでいる音がするのは空耳かそうじゃないのか問いたい、今すぐに。(っていうかお前病弱設定じゃないのか今すぐ撤回しろ今だったらこいつラルゴの大鎌ですら振り回すんじゃないのか)
彼は笑顔のまま、シンクに言ってのけた。
「アッシュがそんなことをする人だと、シンクは本気で思っているのですか」
「っ!!」
逆に笑顔が怖い。自分と同じ顔のはずなのに、透明すぎる緑の瞳が怖い。
思わず後ずさりかけるも、腕がつかまれていてそれ以上動けない。
「それに例え望まれなかったとしても、今はどうですか?シンク、まさか今貴方が死んで悲しむ人間が一人もいないとは言わせませんよ」
びくり、と。
任務であればどんな化け物相手にしてもひるまない自身のある自分が、高々成功作のぬくぬくと高みにいるはずの導師に怖気ている。
「ほらイオン!シンクも、そこまで!...それにな、イオン。一つ間違ってるぞ」
険悪な雰囲気を、アッシュが二人の頭をこつんと小突くことで散会させた。
もう、そこまでの怒りは消し飛んでしまっていたので、舌打ちをしながらもシンクは今度は出て行こうとはしなかった。
代わりに、次は訂正を入れられたイオンが目を瞬く番だった。
「え?」
「シンクが死んで悲しむ人間が一人いるかどうかの問題じゃない。シンクが生きてくれて喜ぶ人間が少なくともここに一人いるっていう問題だろ。勿論イオンもな」
ウインク一つ。
なんて恥ずかしい奴だろうか。
シンクは自分の顔が赤くなるのをとめることはできなくて、だからこそ仮面をつけているこの状況を心から感謝したのだった。
「ルーク」
「ん?」
「僕は、あのときの行動も、生きた事も、自分で選んだ事も一つも後悔しません。貴方にチーグルの森でであって、旅をしたこと、忘れていなくて良かったと心から思います」
「うん、ありがとな」
「今の僕たちは歪んでいる存在かもしれません、エゴかも知れません。それでも...貴方にまた会えて、心からうれしいと、そう思います」
「うん」
「だから、生まれてきてくださってありがとう御座います、ルーク」
「イオンもな、生まれてきてくれて、ありがとう」
ハッピーバースディ-Thank you for your birth-
何でいきなり誕生日ネタなのか。
実はコレ、五十万ヒットのボツネタだったりします(笑)途中まで書いて、どうにも収まらなくなったので、そのまま趣向を変えて少しシリアスに。
なんだかうちの六神将ルークは、妙に男前。
2009.2.8up