「よしっ、行くかっ!」
気合を入れた声は、未だ早朝であるということを考慮してやや控えめの音量であったけれども、しかし彼の気合を伝えるには十分な気迫を含んでいて。
未だ多くが眠りに沈むダアトの街に、ただ低く強く、響き渡った。
新人さんいらっしゃい
「...アリエッタ、アッシュは?」
「...朝から、見てないです。ご飯もきてないです」
シンクは、朝方から全く姿の見えない相棒に首をかしげてアリエッタに問いかけたもの、やはり色よくない返答を得て眉を顰めた。
シンクがアッシュによって髭引き抜き隊に引き込まれてから此方、たびたびこうして何の前触れもなく何日か姿を消しては、世界各国漫遊の如くみやげ物を引き連れて帰ってくる。...せめて、前もって言ってくれさえすれば、今現在そろそろ涙腺が決壊しかかっているアリエッタへの対応もましなもになるというのに。
(...まぁ、前もって言ったら最後、導師やアリエッタが泣き付いて絶対行かせないだろうけどね)
自分のことはきっちりと棚において、そんな分析をするシンクである。(なんとはなしに、彼の機嫌もすでに傾きかけているあたり、前もって言われようものなら何だかんだと引き止めるほうに力を注ぐだろうことは想像に難くない。)
「...どうせ、二週間もすれば帰ってくるだろ。...アッシュが留守なくらいで、いちいち泣かないでくれる。うっとうしい」
そんな機嫌なものだから、ついついとげとげしくなってしまう。
「シンクは、アッシュのこと心配じゃないですか?怪我とか、するかも...」
「はっ、アッシュが怪我?バカ言わないでよ。アイツは一個小隊相手にしたってかすり傷一つつきやしないよ。...腹立つことに」
アリエッタは、けなげにも純粋にアッシュの心配をしているようだった。いつもこうしてアッシュが姿をくらますたびに、アッシュがおなかを壊したり、怪我をしているのではないかとぴーぴーうるさいったらない。ますますイライラがつのり、つい強い口調になってしまったシンクは、見る見るうちに涙が滲むアリエッタに思わず舌打ちをした。
アリエッタに泣かれると、後が面倒なのだ。
おお泣きした挙句、シンクの部屋の入り口に彼女のお友達大集合の上二晩居座られたことは記憶に新しい。
大体にして、アリエッタをあやすのはアッシュの役目であって、シンクは管轄外なのである。
「...っ」
潤む瞳で、じぃっと睨まれればなんとも分が悪い。普段であればアリエッタを泣かせたとてアッシュがおやつを作るころになれば機嫌を直すのだけれども、現在そのアッシュが不在であるという事実がシンクに多々良を踏ませる。シンクにとっては泣かせるのは簡単だが、泣き止ませるのはすさまじく苦手なのだ。
「...」
じぃーっ
「...」
じぃーっ
「...」
じぃーっ
「解ったよ!探しに行けばいいんだろう探しにいけばっ!!」
六神将烈風のシンク、アリエッタの無言の圧力に珍しく屈した瞬間であった。
とはいえ、まさか何のヒントもなしにだだっぴろいオールドランドで一人の人間を探せるわけはない。
が、幸いにもアリエッタのお友達の情報網をもってすれば、どこにむかったのか、おおよその目撃情報くらいは手に入る。
「...ったく、何で僕がこんなこと...」
ぶちぶちといいながらも、しっかりアリエッタの魔物の背にまたがるあたり、シンクも素直ではないと恐らくラルゴやディストあたりが見ていたら言っただろう。(うち、後者が言おうものなら問答無用でシンクの秘奥儀を喰らうだろう)
機嫌の悪いシンクにびくびくしつつ、先に偵察と仲間からの情報収集に行かせていた魔物から報告を聞いていたアリエッタは、とある情報を聞いてやおら顔を上げた。
何か有益な情報があったのかとシンクがアリエッタのほうを向けば、あわあわと手を動かしながら、
「アッシュ、アリエッタの、ママのところにいった、です」
「はぁ?!なんでわざわざあんな辺鄙なところ...」
「解らない、です。でも、アリエッタの兄弟たち、教えてくれました。アッシュ、ママの森に向かった、って」
何のことだと眉を吊り上げたシンクに反射的に泣きそうになりながらも、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめきっちりと言葉をつむいだアリエッタは矢張り相当アッシュを心配しているらしい。普段であればすでに泣き出しているだろうに、必死にこらえている様はいじらしく、リグレットやアッシュあたりが見れば頭をなでなでして居るだろう。
が、残念ながらここにはシンクとアリエッタとそのオトモダチしか居なかったので、彼女の頭をなでてくれる人物はいなかったが。
「まぁいいや。...ほら、さっさと迎えにいくよ」
「はい、です!」
決意の色を新たにぎゅうっとぬいぐるみを抱きしめて、しっかりとシンクに頷いたアリエッタは、自分たちを背に乗せて飛び立つ準備をしていた魔物たちに行き先を告げ、己の母親の住処の方角を見据えて飛び立ったのであった。
「くっそぉおこのブタザルどんだけ大火事なんだよばかやろぉおおおおおっ!!!スプラッシュスプラッシュスプラッシュもひとつおまけにスプラアアアッシュ!!」
さて一方その頃アッシュもといルークといえば。
ライガの森で半ば切れかけながら消火活動を行っていた。
『チーグルは大人になると火が噴けるようになるですのー』とか言っていた 子 ど ものチーグルの引き起こすであろう事態を止める為にこうしてこっそりとダアトを抜け出してきたのだが、予想外の大惨事に気力もTPも尽き果てそうである。
というか、幾ら乾燥しているとはいえ、このだだっぴろい森をどうやって全焼させられるのか。一体何をやらかしたのかぜひとも今現在道具袋に突っ込まれてもがもが言っている水色のチーグルに聞いて見たい。ワットディドユードゥー?
アリエッタの兄弟たちも総動員して、未だ幼い魔物たちの避難や、手の空いているものには燃えかかっている木を倒して延焼を防ぐ措置などを任せているが、それでも当初の炎より拡大していないだけで未だ赤い色は確実に存在している。
半ばヤケのように口元にパイングミを押し込み、再び詠唱を始めたルークの目の前に、ばきばきと嫌な音を立てる木が一本。
流石のルークも三時間以上もひたすら消火活動にいそしんでいた為にかなりの疲労感に蝕まれており、それに気づくのが遅れた。
ばきぃっ
完全に根元から崩れ落ちた、燃え盛る大木が頭に向かって襲ってくるのを、ようやっと認識したときにはもう遅い...らしくもなく目を見開いて立ちすくんでしまったルークは、あぁここまでかと一瞬諦めすら頭に浮かべた。
けれども。
「ぎゃんっ」
痛みや熱さではなく、襲ってきたのは衝撃で、驚いたように衝撃の先に目を向ければ、若干毛皮を焦げさせたライガが自身の毛に燃え移りかけた火を消すために地面に体をこすり付けていた。
どうやら、ルークを身を挺して庇ってくれたらしい。
「...わり...後でグミやるからな。...うっし、続きいくぜスプラッシュスプラッシュスプラーッシュ!!」
起き上がり男らしく『気をつけな、坊ちゃん』といわんばかりの視線を投げてよこしたライガに礼をいい、再び詠唱を始めたルークは、質量保存の法則ナニソレ美味しいのといわんばかりの大量の水を、ライガの森にぶっ放したのであった。
「...ナニコレ」
「水遊び...?」
ライガの森に到着した途端の異様な光景に、思わずアリエッタとシンクは同時に首をかしげた。
何せ、一部の木々がびしょぬれで(しかも、結構な広範囲)、ところどころ折れたりこげたり炭化してしまっているものがあるのだ。そして地面は、その区域にかんして足を置けば沈むのではないかと思うほどにぬかるんでいる。スコールでも降らない限りこうはならないだろう。
思わず一瞬魔物の背中から降りることをためらったけれども、意を決して地面に足を下ろせばやはり不快な感触とともに泥にくるぶしまで沈んでしまう。気持ち悪さに顔を顰めて、けれどもぐっと文句を飲み込んで、アリエッタはライガの背中に乗せておく。何せ、普通に歩くだけでも転ぶのだ。こんなところで歩かせたら、泥に顔から突っ込みかねない。
「アッシュ、皆と水遊び、してたですか...?」
「...いやそれはないんじゃないの流石に...」
ライガの背中の上で何故か機嫌を急降下させている(どうやら、アリエッタの中ではアッシュがライガたちと楽しく水遊びしていたということで話が進んでいるらしい。)アリエッタに、流石に突っ込みを入れつつ、何やってんだよアッシュという気持ちはシンクも変わらない。
(まぁ、とりあえずライガクイーンのところにいけば何があったか位解るよな...)
わざわざ自分をこんなところまで引っ張ってこさせたアッシュとアリエッタには、存分に礼をしなくては。
若干不穏なことを考えながら仮面の奥の目を細めたシンクは、ぬかるみから無理やり足を引き抜きながら森の中央部へと足を向ける。
その先には、この大惨事を引き起こした原因がみゅうみゅう言いながらアッシュに主従の誓いを(一方的に)立てていて、そのあまりのウザさにチーグルを踏みつけている赤毛の少年に思わずシンクも加わることになるのだが。
今のところは、シンクもアリエッタもそのことは知らない。ただ、森の奥に足を向けるのみ。
その水色のチーグルが、まさかこの先自分たちのアッシュ争奪戦に加わってくる強力なライバルとなるとは、未だこの時点では誰も予想だにしていなかった。
「みゅうみゅうみゅうみゅうみゅうーっ!!!」
「うっぜええええええええー!!!!!!」
とりあえず、我慢の限界を超えたアッシュの怒号が北の森中に響き渡った。
すごく悩んだんですが、ブタザルすきなので登場させてしまいました。
あ、でも記憶はアリマセンヨ。でもモーマンタイ。だってミュウだし。
2009.4.12up