簡潔に言えば、火を吹くブタザルがやってきた。
小さな守護者
それはみゅうみゅうみゅうみゅうとうっとい声で鳴き、そのほかですのですのというバリエーションも持ち合わせており、時折殺意が沸かないでもない。アッシュが北の森でうっかりと森を全焼させかけたこの仔チーグルを助け、ライガたち協力して鎮火したのちに、流石にこの森にすみ続けることはできないだろうそいつをチーグルの森に送り届けたらば、長老にソーサラーリングという創生暦時代の遺物とともに押し付けられたのである。
ちなみに名前はミュウ。...ある意味何処までもシンプルかつそのまんまである。
主にアッシュの頭の上に陣取っているミュウは、体の体積のどれほどを占めているのか思わず測りたくなるバランスの悪い耳をふらふら揺らしつつ、目下ご主人様に四六時中べったりとしている。(たまに踏まれたり伸ばされたり振り回されたりしているが、基本的に喜んでいる。...M属性なのかもしれない。)
アッシュのほうも、頭にのっけて特に違和感なく歩いているのだから別段嫌ではないのだろう。...彼は嫌なら本気でその原因を排除することにためらわない傾向にある。(例:髭)...最近では赤い髪と水色の毛玉の組み合わせは全く見慣れたものになってしまった。
ローレライ教団における聖獣でもあるので、巡礼にきた人々によく拝まれたりもしている...聖獣の割りによく踏まれているような気もするのだが。
見た目は小さく可愛らしいショウドウブツ(若干ウザイ)だが、ソーサラーリングの力を借りて(大人のチーグルはそんなものはなしにデフォルトで)火を吹くことができるらしい。命知らずにも勘違いしてアッシュに襲い掛かった不届き者を躊躇無く丸焦げにしたその火力は、確かにあの森で派手に火事を起こした理由を忍ばせるものである。
アッシュがピコハンで応戦する前にコンマ0.1秒のためらいもなく火をぶっぱはなしたそのチーグルは、にこにこしながら「ご主人様をお守りするですのーv」と得意げだったのだが、なんとも危険な香りが漂ってくる気もしないでもない...純粋でかつ善良に見えつつも、何か違うものが混じっているのではないか。
もちろん、ちゃんとアッシュもミュウには、火を吹いてはいけない人物(アリエッタ、シンク、リグレット、ディスト、ラルゴ、イオンなどなど...)を教え込んではいたが、同時に顔を見かけたら取りあえず即座に火を吐けリストに髭、モースなどなどを教え込んでいる姿も見かけた。...以来忠実に教えを守るチーグルによって、最近ヴァンの髭はこげていることが格段に増えているような気がする。(まぁそこはどうでもいいのだが)
一部の人間の間では、「アッシュ特務師団長が重火器を装備した」というまことしやかな噂が流れ始めているのだがあながち間違いでもあるまい。ちなみに投げつけると岩をも砕けるし、掴まると若干空中浮遊も出来るらしい。...見た目に寄らずパワフルなチーグルは、目下ラルゴと並びパワーファイターなのではないかという疑念がむくむくと浮上中だ。
「待ちなさいアッシュ!モースの執務室にメジオラフィッシュの骨をぎっしりつめるんじゃない!」
今日も今日とて、オラクルでは恒例の鬼ごっこが展開されていた。
怒鳴り声を上げながら、前を走る赤毛の少年を追いかけるのは、オラクル最強と謳われる若き総長ヴァン・グランツ。実力も頭脳もカリスマも(ついでにその白い歯も)まさに輝けるものを持っているはずなのに、最近どうにもヒエラルキーの下方に追いやられているように見えないでもない不運の人である。
どうやら今回の赤毛の特務師団長の被害にあったのは珍しく総長本人ではなかったらしく、大詠師のほうであったらしい...ああモース様大変だなぁ...と、何人が思ったかは分からないが、まぁ彼が被害にあう回数も総長についで第二位なので特に珍しさもなく大半の人間がその鬼ごっこをほほえましく見守るのみであった。
「メジオラフィッシュの骨だけじゃなくて、ちゃんと冬虫夏草とかも入ってるぜ?」
「そういう問題じゃない!何でわざわざ探索に行ってまでそんなものを集めてくるんだ!」
「...マンネリ化すると、人間老けるの早いらしいよな」
「お前は十分若いだろう!!」
今日も今日とて着実にいたずらのバリエーションを増やしているアッシュに、怒鳴りながら全力疾走と言う地味にすごい技を繰り広げているヴァンとの距離は若干つめられつつある。流石に、オラクルを取りまとめる総長というべきか。
いやアッシュのほうも、よくよく聞いているとのらりくらりとした取り留めもない漫才のような会話を同じく全力疾走で行っているのだからどっちもどっちだろう。が、やはり少しばかりヴァンのほうが速い。そのことに気づいて舌打ちをするも、現在相棒のシンクは第二段ブービートラップの準備のためヘルプは期待できない。こうなると、ガチの勝負とナリ若干部が悪い。アッシュにしては珍しく、大ピンチと言うべきだろうか。逆に、ヴァンのほうは少しばかり勝利を確信してやる気マンマンの顔をしている。
が。
もう少しで手を伸ばせばアッシュの襟首を捕まえられる、という距離にきて。
総長の視界には水色のゴム鞠が飛び込んできた。
一瞬それが何か判別できなかった総長はそれでもとっさに首をひねろうとするが、向こうから猛スピードで突進してきた『何か』と、そもそもの猛スピードで走っていたヴァンとの相対的な加速度によっていかな総長の身体能力とてよけるなどと言う芸当はこの至近距離においてできるわけもなく。
「あたぁあああああっく!」
妙に可愛らしく間延びした声とは裏腹に、岩をもくだくことのできるゴム鞠もとい仔チーグルは、狙いを違わずその顔面に直撃したのであった。
「くっそー...まだしびれてる...」
「ふふ、一時間正座は大変でしたね」
「リグレットに捕まったのが痛かったなぁ...しこたま怒られたし」
ここはダアト、ローレライ教団教会導師の私室。
余計な私物などは殆ど存在しないシンプルなそこで、足をさすりながら眉を顰めているアッシュと、苦笑交じりに其れを見ている導師イオンがお茶をしていた。v
ちなみに今はミュウも頭から降りて、イオンからもらった果物を両手で抱えてもぐもぐと咀嚼中である。
「リグレットに怒られるのは怖そうですね。...ああルーク、お茶のおかわりはいかがですか?」
「お、サンキュ、もらうよ」
慣れた手つきでお茶を注ぐイオンに礼を言いつつ、アッシュ...否、今この空間ではルークと呼ばれている少年は茶菓子に手を伸ばした。綺麗な形をしたクッキーは、アニスが作ってくれているものらしい。イオンがおいしいですといってから、たびたび机の上にそっと置かれているのだとイオンは笑っていた。
本来、イオンがルークをルークと呼ぶのは二人だけのときだけなのだが、ミュウが来てからはミュウがいてもルークと呼ぶようになった。...一つに、ミュウはほとんど名前ではなく「ご主人さま」とルークのことを呼んでいることもあるが、何より忠義心に厚いこの小動物は、一度口止めをすればめったなことで口外することはない。だからこそ、こうしてこの空間においてもルークはルーク足りえるのだ。
「ミュウはダアトに慣れましたか?」
ほわほわとした導師の問いかけに、それまで果物を夢中で食べていた仔チーグルは顔を上げて、満面の笑みで頷いた。
「はいですの!皆さんとってもやさしいですの!」
「こいつ、めちゃくちゃ順応力たけーんだよな。...ったく、ブタザルのくせに」
ルークの手が、ぐにぐにとミュウを押しつぶす。言葉の内容とは裏腹に、手加減されているそれは強めになでているようなもので、だからミュウも嬉しそうに喉を鳴らした。どこか優しさの見えるルークの視線が大好きなので、イオンも嬉しくなってくすくすと笑う。
「ボク、ご主人様が大好きですの!だから、ご主人様をお守りするですの!」
けなげなチーグルの言葉に、一瞬ルークは目を見開いて、それからばーかといいながらまたぐりぐりとミュウをなでる。暫く、主従のじゃれあいが続く。
「そうですね、ミュウ。しっかりルークを守ってくださいね?」
「はいですの!イオンさん、お約束しますですの!」
そっと手を伸ばして、ふわりとその水色の毛並みを撫でたイオンの言葉に、しっかりと頷くチーグルは子供であるのにすでに気迫は騎士そのもの。苦笑したルークが見えて、自身も笑みを深くしながらイオンは続けた。
「いいですか?ルークに対して何か不信な行動を取る人間が居たら、即火を吹くかミュウアタックを放つかしてください。ことダアト内においては多少建造物が破壊されたところでもみ消せますので、できれば延焼の危険があるミュウファイアよりはアタックをお勧めします」
「わかりましたですの。ボク、頑張るですのっ!」
「下心のありそうな人間に関しては何もしていなくてもそれらを行って大丈夫だと思いますよ。消し炭にするには火力が足りませんが、人生の深いトラウマにするには十分だと思いますし」
「みゅうう...難しいですのー...」
「大丈夫ですよ、やってはいけない人間だけを覚えておけば、まぁ何とかなりますから。やはり僕は余りルークのそばにはいれませんから、ミュウにしかお願いできないことです」
「分かりましたですの!」
自信満々に胸を張ったミュウに、お願いしますね、とイオンはその頭をなでてやる。
なんだかルークが二人のあまりに不穏な会話に若干頬を引きつらせているが、ルークと同じく何のいたずらか『昔の記憶』を引き継いで以降どうも逞しさ(体力的な面でも、精神的な面でも)の発達が著しいイオンに突っ込みを入れても、これは昔も今も変わらない神々しい笑顔で押し切られるのがオチなので、何もいえないのだ。
こうしてイオンによって若干自分に対する好意に疎い面のあるルークの最小最強(ある意味)の守護役が誕生したわけである。
普段はただのマスコットであるようにみせかけて、使命を忠実に守るたちの悪い小動物は、新たな使命に燃え上がり、ボクがご主人様を守るですのっ!!と毎日の筋トレを決意したのであった。
小さな守護者。イオンなのかミュウなのか(笑)
ここでのミュウは黒くはありません。一生懸命なだけです。
私割りとミュウも好きなので、今後で番が増えることかと思います。
2009.4.26up