結構な頻度で誤解されがちだが、六神将に属する暁のアッシュは、とても優秀な人物である。
いつも印象として、髭もといヴァン・グランツをいびりにいびり倒し、ついでにヒキガエルもとい大詠師モースをふんづけているイメージが先行しているが、それだってきちんと仕事を片づけたうえでやっているのだ。
騎士団の仕事として遠征にだっていくし先陣の指揮もとる。部下を何より大切にするというその人柄に、若いを通り越して幼いといわれてもおかしくない年齢ながらも特務師団希望者というのは実に多いのだ。(そして、離職率もダントツに低い)六神将の地位は、何も伊達で手に入れたものではない。(否、欲しがったことは一度もないのだが)
剣の腕だって素晴らしく高いし、何よりたまのボケが大変にかわいらしいと評判で、小首を傾げられて上目遣いなどされようものならたいていのいたずら(否、いたずらなどというかわいいものではない)など簡単に許せてしまうほどである。
団員達等、こぞって師団長を構い倒したいと息を播いており、常に彼らのポケットには駄菓子やらが忍ばせてあるというのはもっぱらの噂である。突拍子もないことをしでかすように見せて、妙にところどころ育ちがいいような風にも見える赤毛の少年は、とかくこの駄菓子の類が珍しいらしく、そっと手に乗せてやればキラキラとした表情で大切そうに口に運ぶのだ。それを見てしまえば、誰だってダース単位で駄菓子を用意してやりたくもなるだろう。
...まぁ。オラクルの肝っ玉母さんことリグレットが『成長期に菓子ばっかりを食べるな!』と怒るので、みな仕方なくリグレットに見つからないように、一つ二つを目を盗んでこっそりと与えるのが今の流行りなのであるが。(果たしてそれは師団長に対する態度として正しいかどうかはもうこの際音譜帯の彼方まで置いておけばいいだろう)
最早、特務師団長の親衛隊というよりもむしろ保護者の集まりのような集団になってしまっている気もしないでもない特務師団だが、実のところ彼らはとても優秀である。
そりゃあ、導師イオンと一緒にガーデニングをする約束をしたんだとにこにこしながら教えてくれた翌日、急に魔物討伐の遠征に行くことになりしょんぼりした背中を見たら、誰だって死にもの狂いにもなろうもの。
それに、やはりオラクル騎士団も一枚岩とは言えないわけで、年若くして特務師団長などというポストについている少年を良く思わない人物も中にはいて、そんな不逞の輩に万が一にも彼らの特務師団長がやられるわけはないが、わざわざ見苦しいものを見せてその顔を歪ませることもない。
というわけで、日々彼らは鍛練を重ね、陰に日向にこっそりと、特務師団長をお守りすべく努力を惜しまないのだ。その結果として、というよりも副産物として、特務師団が少数精鋭の集まりになるわけであるが。
実のところ、特務師団長のお茶目が赦されるのは、部下が優秀だからと言う説は最もなのである。つまりは、特務師団と言うのはある意味で、一番たちの悪い集団なのであった。


縁の下の力持ち


「良いか、アッシュ!!この仕事を終らせるまでは一切外出は赦さないぞ!全く、毎日毎日飽きもせず総長に迷惑をかけた挙句、ちょっかいを出してきた騎士を軒並みハリセンではたき倒すとは何事だ!お陰で、大詠師の護衛騎士が全員医務室送りになっただろう!」
「だってあいつ等うるせーんだもん」
「だもん、じゃない!!加減をしなさいといっているんだ加減をしなさいと!!」
本日も本日とて、麗しの総長副官にとっ捕まった赤毛の少年は、半泣きになりながら書類と向き合っていた。ちなみに、腰は鎖でぐるぐるに椅子に固定されており、机に積まれた書類は一山では足りない。とてもではないが、日の高いうちに終るとは思えなかった。
温情なのか何なのか、一応机にはリグレットお手製蜂蜜入り紅茶ドリンクと、軽食が置かれているが何せ『リグレット』お手製であるゆえむしろ嫌がらせの範疇かと思われる。...餓死若しくは脱水がマシか、潔く口にして三途の川を渡りかけるのがマシか、究極の洗濯が分かりやすくセッティングされているといえよう。
アッシュは、じとりとした目でその...なんというか、危険物にちらりと目をやって、見なかったふりをした。そう俺何も見てないからな、うん。見てない。
一応、お茶という飲み物に彼女が砂糖とミルク、それにレモン以外のものを入れたところを見たことは無いから、飲み物あたりは無事なものが入っているのかもしれないが、(所謂、タンブラーのようなものに入っているため直接に中身をのぞくことはできない)よしんばそれを飲めたとして、尿意をもよおした場合この、ぐるぐるまきの下半身でどうやって手水に行けというのか。万一の場合、この年で大変無様なことになりかねない(お食事中の方申し訳ありません)。
一応セーフティラインであるはずの飲み物にも、こうなるとうかつに手を出すわけにもいくまい。...何処の拷問かと、取りあえず突っ込みたいが、こうでもしないと確実にアッシュは脱走するので、仕方ない処置といえば仕方ない処置だなぁと自分で納得で来てしまうあたり、ある意味自業自得である。
「...うぅ、リグレットのおにぃ...」
えぐえぐめそめそしながらペンを走らせるアッシュの姿に、きゅんvvとなって顔を赤くしている、あの弟子にしてこの師在り的な反応をしている副官には、下を向いているアッシュは気づけない。(気づかないほうが幸せかもしれない。色々と)
「明日の第一回オラクル喉自慢大会の準備あるのに...」
「駄目です!!やりたかったらさっさとこの仕事を終らせる!お前が邪魔して滞った各方面の書類だから、心してかかりなさい」
後ろで何故か定規を構えて仁王立ちする脚線美の美女は、最早女教師といったいでたちである。(否、あながち間違っても居ないが)昔からリグレットにはどうしても強く出れないアッシュは、もうこうなってしまうと素直に従うほかないのだ。
(イオン、楽しみにしてくれてたのになぁ...)
心の中で友人にこっそりと謝りつつ、アッシュはため息とともに一つ、サインを滑らせるのであった。


ちゅんちゅんと、リアルにすずめが鳴いているころに、ようやっと目の下に隈を作りながらもルークは全ての仕事を終わらせていた。
普段、成長ホルモンは夜中に出るのだから夜更かしすると身長が伸びないという説を信じて夕飯終了後マッハで風呂に入って就寝している彼にしては珍しく、完全なる徹夜である。若干今すぐ笑い出したくなるようなテンションであるが、其れくらいのナチュラルハイにでもならないとやっていられない。横においてあった栄養ドリンクを一気飲みしたところで、気を抜くと瞼が下りてこようとするものだからうかつに瞬きも出来ない。
途中で、存外まじめに仕事をこなすルークを見て温情を掛けてくれたリグレットのお陰で、椅子の鎖は外されてトイレ休憩くらいは行くことも出来たが(また、途中でこっそりとアリエッタがシンクからの差し入れを届けてくれたので、危険物は見ないふりをすることが出来た)、結局今日行うはずだった第一回オラクル喉自慢大会の準備の大詰めをすることが出来なかった。
すでに参加者も募ってあったし、ある程度の準備や手取りも済ませておいたが、ステージなどの組み立ては昨日のうちにやっておくはずだったので、これはもう延期にするほかないなぁと、朝日のせいでずきずきと痛む眼圧に耐えつつぼんやりと思う。
あの量の書類を一晩で片付けるあたり、それでも十分すごいのだけれども、あの優しい友人が楽しみにしていてくれていた行事をきちんと行うことが出来なかったという事実は、大変申し訳ない気持ちで心を占拠する。
仕方ない、このまま今日の仕事を終らせてイオンに謝って午後は寝るか。
そんな風にぼんやりと本日の予定を考えていたところで、こんこん、と扉がノックされる。
ちなみに、シンクはノックなんてことはしない。あけるよとか言いながらすでに開け放つタイプである。
アリエッタは一応ノックはしているらしいのだが、彼女らしいなんとも控えめ(過ぎる)ノックの為に、聞こえないことがしばしばというか殆どで。...まぁつまり、彼女も結果的には唐突に扉を開けて入ってくる。
リグレットはそもそもあのヒールの足音で近づいてくることが分かるし、ヴァンはまぁ...取りあえず扉を開けた途端に何が飛んでくるかわからないので譜歌を唱えてからやってくる。ディストあたりはノックもしてくるが、彼は完全なる夜行性の為に午前中はまず起きて居まい。
体に見合わずきちんとしているラルゴのノックはとんとん、というよりもごんごん、であるし、そうなると六神将の誰にも当てはまらない。
さて、となると誰だろうか。
ぼんやりとしていた為に足音を聞き逃した可能性はある。...だがまぁ、危険人物でもあるまいと判断して(脱走防止のため、リグレットに武器を取り上げられているのだ)、どうぞ、と声をかけた。
すると。
「失礼します、特務師団長」
「お、アシェットか。どーしたんだ?」
入ってきたのは、騎士団の鎧を身につけて、かぶとを小脇に抱えた見慣れた自分の副官の姿。副官とはいっても、ルークの実年齢のふた周り以上も上の相手ではあるのだが。(殆ど父親の年齢である)
昔は自分よりも大分年上の年齢の人間を呼び捨てにするのも憚られてさん付けやら敬語やらで呼んでいたのだが(当然の如く、六神将の連中及びヴァンについては除外されている。ちなみに、トリトハイムについてはきちんとさん付けに敬語である)、若手あたりと仲良く話しているところを目撃されて拗ねられて以来、ルークは特務師団の団員については皆フランクに話すことにしている。
...話がずれたが、その特務師団においてルークの副官を務めてくれているアシェットが、現在少し楽しそうな顔で此方を見ているのだ。
実のところルークは不機嫌プラス寝不足で正直さっさと解放して欲しかったのだが、幼児ともあれば聴かないわけにも行かないので、眠そうにしながらも先を促す。
すると、アシェットは少しばかり楽しそうに、
「舞台のセッティング、終らせときましたよ。出演者もリハーサル完了、あとは定時に開始できます」
と言ってきた。

「...へ?」
我ながら間抜けな声だとは思うが、ニコニコとしている目の前の父親のような年齢のアシェットの言葉が、寝不足の頭に浸透するには大分時間がかかるわけで。
飲み込んでから、もう一度ぱちくりとルークは目を瞬かせた。
「まじ?」
「マジです。いやー、皆褒めてやってくださいよ?仕事の合間に大工道具片手にトンテンカンテンやってたんですから。」
「うわサンキュー!!後で皆におごるからっ!!伝令伝令っ!」
「了解です。ついでに今度また特務師団長の手料理食べさせてくださいね」
「そんぐらいならいつでもっ!!うわ、急がなきゃやべー!」
時計を見れば、開始予定時刻の三十分前である。...今からダッシュすれば、イオンを迎えに行っても間に合うはずだ。
さんきゅ!!と先ほどの眠気など忘れた気持ちで自分の副官に言えば、どういたしましてと言う言葉と、ぽん、と頭に載せられた手。
手袋越しではあるが、暖かなその手に、子ども扱いされていることはわかっていても嫌ではなくて。
「さ、参りましょうか」
「おう!!」
きっと、現場で徹夜をしてくれただろう自分の団員達をねぎらうべく、ルークは部屋を後にしたのだった。







オリキャラすんません。でも絶対、ルークは特務師団のアイドルなのだという妄想。
2009.5.17up