「あついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあつい」
「うるさいよっ!!余計暑くなるじゃないかっ!!」
「いうの我慢してるほうがすとれすだろー」
「聞いてるこっちのほうがストレスだよっ!!少し黙ってなよ!」
「だってさぁ、リグレットが『育ち盛りがアイスばかり食べていては身体のためにならない!!』とかいってアイス食べさせてくんないし。まだ午前中なのに、このままじゃ間違いなくおれたち午後はゆでダコだよ、ゆでダコ」
第五音素のいたずらか、ダアトの今年の夏は、かなり猛暑であった。
さすがに、オラクル騎士団も、また教会の響士たちも夏服というものは制服として与えられてはいるが、それにしたって暑い。まだ普段は鎧をまとわないルークやシンクたちはましかもしれない。なにせ、哨戒に当たる兵士たちは基本的にフルで鎧装備なのだ。間違いなく今日なら鎧で目玉焼きが焼けるに違いない。絶対に食べたくないが。
彼らと比較すれば幸いなほうかもしれないけれど、それにしたって暑いものは暑いのだ。
「あー...イオンのところに避難させてもらうかな...あそこは冷房譜業ついてるしな...溶ける。俺溶けるから、もう液体になれる、今なら」
「なれるわけないでしょ、馬鹿じゃないの」
「馬鹿でいいっつーの。暑い、今はそれが問題。馬鹿だろうがなんだろうが今は関係ない」
普段は、天真爛漫で少しばかりやんちゃ(少し、という表現をどこまで許容範囲にするかは疑問が残る、というよりは議論の余地があると思われるが)ではあるが、基本的に肝要な性格をしているはずのルークである。何せ過去にルークは冷暖房完備の公爵家にいた経験があるのだ。人間、一度楽を経験してしまうと余計に辛いというのはよくある話である。
というわけで、最近の猛暑に、ルークの機嫌はかなり悪い。かつて公爵家のおぼっちゃまをやっていた時並みに、ストレスゲージの我慢度が低くなっていた。
しかも、八つ当たりをしようにも、だるさの極地で動く気もしないので最近はモースや総長の色つやはよくなっているという皮肉っぷりである。というわけで、この暑さにも関わらず例外的にこの二名は元気であるというのは余談だろう。
ついついシンクにまで八つ当たりをしかかって、ごめん、とうめいてルークはぼすっとクッションに顔をうずめた。暑いのはシンクのせいではないし、誰だって暑いのだ。
「...駄目だ、涼もう。涼む企画を立てよう」
「涼むって、アイスはリグレットに禁止されてるじゃないか。大体アッシュなんて、半袖短パンじゃない」
「いや、ここまで暑いと布面積少なくするのはもはや気分と見た目の問題だ。...だからさ、こう、同じ暑いんでも少しこう、涼しく過ごせる方法を考えようというか」
「夏を涼しくって...なんだっけかあれ、海?」
「...あー...ダアトに海水浴場はないなぁ...あ、でもそれいいんじゃないのか?川行こうぜ川っ!!涼しいぞ絶対!」
「行くまでに間違いなく溶けるよね、僕ら」
シンクに冷静に突っ込まれて、再度ルークはクッションに沈んだ。すでに、首にあてていた冷やしタオルは体温と変わらない温度に生ぬるくなっており、こころなしか使用主と同じようにへたりと首にへばりついているように見える。
「あー...仕方ない。プールで我慢するか」
「...ああもうそれでいいよ。僕も溶ける、今ならいけると思う」
普段は毒舌に突っ込みを入れてくるシンクのほうも結局この暑さにかなりやられているらしく、ぼふ、と後ろのほうでクッションに沈む音が聞こえてきたのであった。
「なるほど、そういう経緯で裏庭が簡易プールになってるわけだな?」
「...えええええとリグレット、どうして私の襟首を捕まえてるんですかかかか?」
美脚の副官、美貌の教官、今年度踏まれたい女性ナンバーワンの座に輝いているリグレットは、目の間に広がっている光景に微妙に目を半眼にして、こっそりと逃げようとしていたディストの首根っこをがしりと捕まえた。(そして思い切りどもっている、三十代の男とは思えない)
いくら女性相手とはいえ、ディストの底の浅すぎる体力値にかかっては(否、ディストでなくてもしょっちゅう年少軍団の首根っこを捕まえて引きずってお仕置きしている図はよく見られているが)、逃げられようはずもなく。
ただ、ここだけは猛暑も和らいでいるのではないかという絶対零度の瞳で目の前の光景を眺めながら、ディストに視線もよこさず首根っこを押さえているリグレットの背後には、怒の一文字が浮かんでいるような幻すら見える。
「中庭にしなかったことだけは一応配慮したのだと理解しておくわ。...だが、本来止めるべき大人が、何を一緒になってやっているっ!!」
「は、はひっ」
若干鼻水と涙が浮かんでいる三十代独身男...しかしディストだということだけで違和感がないのはどういうイリュージョンだろうか。
本年度責められたい人ナンバーワンでもあるリグレットの剣幕に、もはやディスト限定で涼をとるという目的は達成されているのではなかろうか。
「リグレット。その辺で勘弁してあげてください。...僕からもお願いしたんですから」
「導師...しかしですね...」
さすがのドM属性とはいえ最弱ディストではこれ以上リグレットのブリザードでは真夏に凍りかねないと判断したのか、最終兵器イオンのフォローが入った。さすがに体の弱いイオンがそのまま、家庭用プールというにはいささか広々としているプールにつかるのはきついものがあるので、素足を水につけているだけ(アッシュお手製帽子着用済み)ではあるが、導師に言われてしまうとさしものリグレットも詰まるしかない。
「暑い日くらいお小言休みにしてくれよー。リグレットもプール入ろうぜー」
「...ま、悪くはないね」
「アリエッタ、気持ちいい、です」
「...何であたしまでプール入ってんのかな...涼しいからいーけど」
続いて、年少組みのなんとも機嫌よさげな声が響いてくる。
きっちりと制服を着こなして暑さを気合で吹き飛ばしている此方のほうが馬鹿のようではないか。
(いやいやいやしかし、建設用譜業はディストにやらせたとしても、費用はどこから?...まさかまた閣下の預金を勝手に?いえそれとも大詠師のへそくりを...?)
前者ならば説教、後者なら小言(ある意味、リグレットの中での明確なるヒエラルキーに基づく分類では、ある)を食らわせねばとリグレットが心の中で呟くのが早いか。
「あー、これちゃんと某王国の闘技場で出禁ぎりぎりまで荒稼ぎしてきた俺のへそくりだから。忍び込むのに動くほうがよっぽど暑いし」
「そうか、それならば...待て、アッシュお前一体いつの間に出入り禁止を喰らうほどキムラスカの闘技場に...?」
「闘技場はまだ出禁は喰らってないぜ?」
「『は』、『まだ』とはどういうこと?こら待ちなさいアッシュ、聞こえないふりをしてプールに沈むのを止めなさいっ!!」
ぶくぶく、とわざとらしい泡を立てて水の中にもぐっていった赤毛に、聞こえていないとは分かっていながらも怒鳴ってしまうのは最早リグレットの性分か。
ああもうこれはとぼけられるだろうか、そんなことを思った瞬間、意外なところから返答が帰って来た。
「ちなみにマジで出入り禁止喰らってるのはケテルブルグのカジノらしいけどね」
シンクである。地でツンツンツンツンツンツンツンツンツン極たまにデレかもしれないほどの偏ったツンデレであるところのシンクは、時折アッシュが自分(たち)に黙ってぶらり旅に出ることを内心腹に据えかねていたらしい。
闘技場は五千歩譲ってともかく、実際の金のやり取りは少ないにしても未成年がカジノとは情操教育上宜しくない。
リグレットの目がぎらりと光った。
「...アッシュ、後で私の部屋に来るように」
「お前、シンク!!それは内緒だって言っといただろっ!!」
「さてね、忘れたねそんなこと」
思わず浮上してシンクに食って掛かるアッシュだが、当のシンクといえばしれっと手に持ったアイスティーを飲むばかりで(彼は、イオンと同じようにプールサイドに腰掛けて足だけを水につけるスタイルである。)、どうにも今回はアッシュの分が悪いようだ。そういえばこの間も一週間ほど勝手に居なくなって、シンクとアリエッタとおまけに導師の機嫌が最悪だった。
だが、流石の鋼鉄の自制心を持つリグレットでも、若干この、いかにも涼しげなプールと言うものには心惹かれないでもない。
少しばかりためらっていると、横で足を水に付けていたイオンがにこりと微笑んできた。
「足をつけるだけでもとても気持ちいいですよ。それに、今日は安全確認も兼ねて僕たちだけですが、ちゃんとアッシュは教会でお預かりしている子供達にここを解放するつもりですから。大目に見てはくださいませんか?」
「...分かりました」
ここまで言われてしまえば、これ以上反対するほうが大人気ないようではないか。
ローレライ教団では、一部親を失ったり事情のある子供達を引き取って育てている。
勿論、信者からの善意の寄付金で彼らが食うに困ることはないのだが、それにしても決して楽な暮らしぶりとはいえまい。
それも考慮して(まぁ、九割がたは自分が暑いからだろうけれども)動いたというのであれば、もう文句も言えまい。どうせ、あの手この手を使って詠師トリトハイムあたりから着工許可はもぎ取っているのだろうし。
たまには甘やかしてやろう、そう決めて、リグレットもブーツだけを脱いで素足を水につければ、ひんやりと気持ちがいい。
思わずほっと息を吐いてしまえば、隣で導師が柔らかく笑う気配を感じて。
「目を瞑るついでだし。今晩は手持ち花火くらいならやっても構わない...「うおっしディスト!火薬!ありったけ!」手持ちといったでしょう話を聞きなさいっ!!」
結局のところ、暑さと、夏に浮かれた子供達の世話を一手に引き受けているところのリグレットは、暑さに負けている場合ではないのだ。
はぁ、と小さくため息を着いたところでタイミングよく差し出されたアイスティーに礼を言って(気を利かせたディストが入れてくれたらしい)、一口其れをすすったリグレットは、取りあえず何号の花火を作るつもりなのか爛々と目を輝かせているアッシュの頭に、愛用の譜業銃(注:お仕置き用特性ゴム弾)の照準を合わせたのであった。
暑い夏の過ごし方
暑いです。それ以外の何ものでもない。
2009.7.20up