「...そろそろ現実逃避から帰ってこいってば」
「...うるせぇ、ガキが」
「自分だって子供だろー」
「うるせぇ、五歳児に子供呼ばわりされる覚えなんぞねぇっ!!」
音機関都市ベルケント。
その、譜業保存のために設置されている倉庫の一角。
赤毛の、目立たないようにフード付の外套こそ羽織っているが、その下の衣服は紛れもなく庶民に手が出せるようなものではない仕立ての服を着た、十五歳ほどの少年と。
そして、まだ手足ばかりが細く、くりくりとした大きな碧の瞳が目立つ、髪を隠すようにフードをきっちりとかぶった少年。
二人が、背中を壁に預けながら、ぼそぼそとした声で器用に口げんかをしていた。
幼い少年の顔立ちは、どこか少年の面影と似通っていて、兄弟といわれれば十人のうち十人が納得するだろう。誰も、彼らが今日のつい先ほどに出会ったばかりの人間だとは思うまい。

「っていうか何で俺、お前に拉致られてるわけ?...あー、えーと」
ルークは、不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、目の前の少年に一応名を名乗る。せいぜいが五歳児の癖に、妙に大人びた口調が気に入らないのかもしれない。なんだか、妙に胸がざわつくような気がするけれども、それはきっと気のせいだ。
「ルークだ。...お前の名は」
一応、名を名乗るとにかりとまだ小さな白い歯を見せながら、少年は応えを返す。
「ルーク、そっか、宜しくな。俺は...アッシュ。なぁルーク、なんで俺お前に襟首つかまれた挙句ここまで全力ダッシュさせられたんだ?」
こてん、と幼い少年...アッシュが首を傾げると同時、フードの下にある明るい色の朱色の髪が見えたような気がして、ルークは少しだけ目を細めた。...この色は、緑と赤の色は、キムラスカの貴色で、この色を有さぬもの王族足らずと頭の堅い老人共が口をそろえている。故に、この色を受け継がぬナタリアなどは、王女であるというのに少しばかりの陰口を叩かれる...その色を有す子供など、ルークは知らない。よくよく見れば、その年に見合わぬ言動といい、どこまでも怪しい子供である。
ルークは、本来セブンスフォニマーが数人でようやっと引き起こすことの出来る現象、超振動を一人で操る能力を持つ。故にその実験で、たびたびこうしてベルケントに連れてこられてはかなりの苦痛を伴う検査と研究を重ねられ...合間を見て、抜け出してきたのが現在。
上手く追っ手をまいたかと思えばこの少年に出くわしてしまい、自分の居場所をしゃべられるよりはとつい、連れてきてしまったのだが。
「...お前には関係ない」
まさか、そんな説明をするわけにもいかず、かといって巻き込んでしまったのは事実故に少しばつが悪い気持ちでそう視線を逸らせば、苦笑の気配が感じられた。
...ますますもって、五歳児とは思えない。
視線を戻せば、まるでひまわりのように満面の笑みでにっこりとされて、なんだかますますバツが悪くなった。
「...俺もさ、今ちょっと、表に出ていきたくないんだよ。だからさ、少しここらで休憩しようぜ。ほいお茶、ほい俺特製チキンサンド」
アッシュは、背中にしょっていた、嫌に可愛らしいチーグル型のリュックサックから、小さめの水筒と籐で編まれたかごを出して見せてきた。小さな手のひらには随分と大きなサイズのそれには、走ったせいだろう、少しばかり形の崩れたサンドイッチ。
手渡されたそれに、戸惑った様に視線を動かせば、ひょいとひとつを小さな手のひらが摘まんでぱくりと頬張る。そして、また笑顔。
「ふぇつにひぇんなもんひれてへーひょ」
「口に物を入れたまましゃべるな」
「...別に変なもん入れてねーよ。丁度昼時だし、暫く表は五月蝿いだろうから出てけないし。腹ごしらえしとこーぜ」
どうにも、初対面の癖になれなれしいのは子供ゆえの恐れ知らずということだろうか。
否、それ以上に、自分もまた、この少年...アッシュに対して遠慮をする気になれないのは、如何にも居心地の悪いその緑の瞳のせいだろうか。
確かに、朝から検査と実験続きで体力は消耗しているし、おまけに走った後だから喉も渇けば腹もすく。貴族だろうがなんだろうが、代謝がある以上それは仕方のない話で。
ついでに言えば、アッシュの言うとおり、今表にのこのこ出て行けば自分を探しているであろう研究者に捕まることは目に見えており、そう考えれば店まで出て昼食を購入するという危険を冒すのはためらわれる。
「...悪い」
「はいどーぞ。どーせちょっと作りすぎまったし、気にすんなって」
一言礼を述べて手を伸ばせば、にぃっとまた笑われて居心地が悪くなる。ぱくりと口に含んだサンドイッチは、五歳児が作ったとは思えないほどの出来で、ついでに言えばチキン好きの自分の好みを知り尽くしたかのような味付けに思わずもうひとつと手が伸びてしまう。
「はい、ジンジャーミルクティーだけど」
「...ああ」
タイミングよく差し出された水筒から茶を貰い、少しばかりはちみつの入ったミルクティーを飲んで、ようやっと、人心地。
流石に小さな手と口ではルークほどの速度で食べることが出来ないアッシュは、ちまちまと、けれども確実にサンドイッチを頬張ってゆく。途中、ほっぺたについたパンかすを手で払えば、きょとんとした目が見上げてきて何をやっているんだ俺はと頭を抱えたくなる。
結局、六つほど入っていたサンドイッチの、四つをルークが食べて、二つをアッシュが食べた。材料も味も、お抱えのシェフとはもちろん比べるべくもないが、此方のほうが美味いと思ってしまったのは空腹がスパイスだったからだろうか。
何となく気持ちも落ち着いてきて、ふと空を見上げれば呆れるほどに晴れ渡ったそこに太陽が輝いて見えた。
「...あー、最高の散歩日和だなっ!!」
「嫌味か其れは」
こてん、と図々しくも人の膝に頭を乗せて笑うアッシュに、肩眉を吊り上げて見せればまた笑顔。どうにもよく笑う奴だ。
そういえば、五歳児が一人でベルケントに来ているわけもない。(住民かもしれないけれど、ファブレ公爵家の土地たるこのベルケントで、例え子供といえどルークの名と顔を知らぬものが居るわけがない)先ほどは追っ手をまくのに気を取られて気づかなかったけれども、あのあたりを一人でうろついていたこの子供は迷子か家出と言うことだろうか。
迷子にしては肝が据わっているし、家出にしては堂々としすぎているし。
しかしどちらにせよ、保護者は今頃探し回っているはずだ。それを考えると、矢張り連れてきてしまったのはまずかった、と今更ながらに微妙な後悔が襲ってくる。
「おいお前...その、親は、どこだ」
五歳児を巻き込んだ挙句、昼食までおごられて、よくよく我に返ればなんて情けない姿だろうと気づく。子供の相手など全くしたことはないが、ここまでやってしまった以上、せめてこの子供を保護者のところに返すくらいのことはしなければなるまい。
腹が満たされたからだろう、うとうとと瞼を半分くらい閉じつつあるアッシュに問いかければ、ほんの少し、寂しそうな表情。
聞いては、まずかったかと後悔がよぎる。
「...んー、ここには俺一人で来たから」
「は?!お前、どうみても五歳がせいぜいだろう?!」
例え港から馬車を使ったとしても、五歳児一人だけを旅させるなんて、例え貴族のルークといえどもそれが常識的に有り得ないことくらい分かる。しかし考えてみればこの子供、先ほど自分も逃げているような口ぶりをしていたはず...ということは、人攫いか何かだろうか。そんなことを考えていると、まるで此方の考えを読んだかのように、アッシュがぺちぺちとルークの太ももをたたいた。
「あ、別に攫われてきたとかそんなんじゃないぜ。...まぁ、とにかく色々と事情がな」
「...ガキが、生意気言ってるんじゃねえ」
あまりに達観した様子に、思わずぼそりと呟けば、小さな唇が突き出されるのが見える。眠いのも手伝っているのか、半分に下りた瞼の下の瞳は不機嫌だ。

「うっさいなー。別に...いいじゃんかでこっぱち」
ぴくり。
ルークは、とりあえず遠慮なく目の前のふにふにしたほっぺたをつまみあげることにした。
「...いい度胸だクソ餓鬼が」
「ひでででででででっ!ちょ、ルーク、お前本気でひっぱんなよほっぺた!」
「誰が本気だ加減はしている」
「あ、そうか加減してくれてるんだな...ってそうじゃねーよいてーって言ってんだよいてーって!!」
「減らず口が減って丁度いいんじゃないのか」
「ぼーりょくはんたーい!!カリカリしてるとデコはげになるんだからなっていででででででででででっ!」
「い・い・ど・きょ・う・だ」
「イタイイタイ両方ひっぱんなばかーっ!!」
「年長者に対する口の聞き方を教えてやる」
「バカバカいてーっつーのバカアッシュ!」
「アッシュはお前だろうがバカが」
「...うー...バカるーく」
「...懲りていないようだな?」
「ひだいひだいひだいごめんなさいごめんなさいぎゃー!!」
ぱっと、ルークは両方の手でつまんでいたほっぺたを離してにやりとした。赤くなっている其れを、小さな手で押さえるアッシュは涙目で、うぅーといいながらルークをにらんでくる。...が、大きな目に涙をためてそんなことをされても、大して怖くもないし、むしろ可愛らしい部類に入るだろう。ナタリアあたりならば喜んで頬ずりのひとつもしそうなものだ。
「反省はしたようだな」
「...ぼーりょくはんたーい」
アッシュは、すっかり拗ねてしまった様子で、やはり唇を尖らせる。
暫く、無言で此方を睨んでいたけれども、段々眠気が勝ってきたのかその瞳の力は散逸していき。
「おい待て、寝るな。お前は何処の子供だ」
「...またない、おやすみアッシュ」
ふにゃりと、先ほどの不機嫌が何処に吹き飛んだのかと聞きたくなるような気の抜けた笑顔と一言。それでころり、意識を眠りの世界に落とし込んでしまったらしい少年に、ルークは最早諦めの境地とともに呆れながら、自分の外套をかけてやりつつ呟いた。

「だからアッシュはお前だろうが」

ふにゃふにゃと、あまりにも幸せそうに眠っているものだから、この子供がキムラスカの貴色を持っている理由も、一人でいる理由も、ひとつも聞く事もできず。
起こしてしまうのも何処かためらわれて。
結局子供が目を覚ますまでの三時間、ルークは枕役に徹することになるのであった。



ハニージンジャーミルクティー




すいません、この間のアシュルクオンリーで買った本を読み返していたら、どうしてもアシュルクほのぼのが描きたくなったんです。ギャグを待っている方には申し訳ありません。
とりあえず、この話を書いていてどうして突っ込みたくなったこととしては。
『アッシュ』と『ルーク』がごちゃ混ぜになってくる。ということでして(汗)
アッシュなルーク(六神将側)をルークと書いてしまったり、ルークなアッシュ(公爵子息)をアッシュと書いてしまったり。さらにこれを意図的にひっくり返したりもしていたので非常に面倒くさかったです。
裏設定としては、ディストにおねだりして造ってもらった譜業装置(実年齢と見た目が等しくなる)でいつも通り脱走していて、髭の追っ手に追われていたルークがアッシュと鉢合わせしている。とか、うっかりアッシュのことアッシュと呼んでしまって、しまったぁと思いつつよんでしまうルークとか、色々あるんですけど赤毛バンザイ(^v^)/ってことでひとつ。
2009/8/17up