とりっく・おあ・とりーと
「第三、第五師団、私に続け!!」
「導師守護隊は、導師イオンの確保を最優先にしろ!!傷は絶対に付けるな!!」
「最前線は第三装備までを許可する!例の袋の装備を怠るな!!」
「副官!ターゲットはすでに導師私室を出発、街に進行しようとしています!」
「被害を街に広げるな!市民に注意事項は!」
「すでに、自宅待機ののち、本日終了まで外出の自粛を命じております!」
魔物の大群か、もしくはならず者の反乱か。
そう思われても仕方ないほどに、切羽詰まった美麗の副官、リグレットの声はあたりに響き渡っている。
が。
妙に、甘ったるいにおいの充満しているオラクル本部及び教会内において、だが微妙に緊張感に欠けているのは仕方のないことだろうか。
バター、砂糖、キャラメル・・・とにかく、甘い物の苦手な人間であれば少し気分が悪くなるのではないかと思えるほどに、そういった類のにおいがこれでもかと漂っているのだ。すでに、大半の面々は鼻もマヒしてしまって、慣れてしまっているが。
それでも、ひっきりなしに情報の報告にあらわれる団員、被害者が医務室に運ばれるなど、状況はまさに戦場と言ってよい。
その証拠に、リグレットやラルゴなど、オラクルの師団を任されているトップたちの顔は非常に険しい...というか、苦い。砂糖と間違えて塩をなめてしまった時のような、しょっぱ苦い顔をしている。
つまりは。
「とりっくおあ、とりーと!!」
にっこりと、かわいらしい仮装をした子供たちが、その紅葉のようなふっくらとした手を、笑顔満面で此方に差し出してくる。
本日は、(大人限定)恐怖のハロウィンなのであった。
季節感は大事だよな。って、昔(ガイに)よく言われてたからさ。
という理由でもって、オラクルの某特務師団長は一年における行事を盛大に祝わなくては気が済まないようだ。
年々、趣向に趣向を凝らし、だんだん周りも今年は一体何をやらかしてくれるのかと楽しみになってくるほどのこだわりっぷりに、もはやおかん兼美麗の副官もあきらめ気味の今日この頃、だが。
時折、大変危険な(注意:平均的な危険度と比較した場合に大変危険ということで、普段が危険ではないというわけでは決してない)催し物というのも存在するわけで。
代表例としては、力の限り豆をぶつけ続ける催し、節分(*本来の目的とは著しく異なります、正しい行事の行い方は、各自でお調べください)や、情け容赦なしのバトルロイヤル、日ごろの運動不足を解消する、秋の運動会(*本来の目的とは以下略)、夏の暑さ我慢大会などなど...正直、毎度毎度医務室行きががっさがっさ出ているものだから、医務班からため息たっぷりとつかれまくって、結局保護者のリグレットやらヴァンやらの胃薬の量が増える今日この頃である。
しかも。
「騎士様、お菓子―」
「くれないと、いたずらしちゃうよー」
魔女やら、狼男やら、お化けやら。
かわいらしい仮装をした、これまた可愛らしい子供たち(街の子供たちや、また教会で引き取って育てている孤児たち、分け隔てなくである)は純粋にこの、お菓子を食べてもいたずらをしても怒られない唯一の日を楽しんでいるので、やめろともいえないのだ。何せ、問題児たちはガッツりローティーン(否、むしろ生まれたてから幼児もいる)だ。彼らにも平等にこの日を楽しむ権利があると主張できる。
しかも、今回は。
この教会の最高責任者にして指導者のイオンまでがっつりと巻き込んでくれたせいで、ついにヴァンが胃潰瘍で倒れた...倒れはしたが、そんなことで加減をしてくれるような優しさを持っていたら、そもそもこんな事態にはならないので、今頃医務室のベッドで力の限りいたずらされているだろうか...しかし、一応オラクル最強の戦力を持つ総長に裂く護衛戦力なんてあるわけもなく、ただいま絶賛放置プレイ中だ。
ちなみに、この場合絶対的に安全な空間は実のところ美脚の副官、リグレットの周辺であったりする。彼女は子供たちをしっかりと可愛がっているので、もちろんこの日のためにお菓子を用意している優しさを見せているの。だがしかし、何せデフォルトがポイズンクッキング、バレンタインデーでは総長を毒殺未遂まで起こしているので、子供たちは誰も近寄らないのだ。
...というか、彼女にいたずらをできるような太い神経を持った子供は、早々いないとも考えられるが。
「トリックオアトリーィイイイット!!髭、逃げるなハロウィンだ神妙にしやがれぇええええええええっ!!」
お縄頂戴!!...にしか聞こえないが、これもまぁ一応子供の可愛らしいハロウィンであろうか。
「と、とりっくおあ、とりーと、です。...お友達にもお菓子ください、です」
...とりあえず、支払いの規模がでかすぎやしないだろうか。
「トリックオアトリック、さっさと観念しな」
...最初から全力でいたずら目的とか。
「トリックオアトリート...あ、そんなかしこまらないでください。アニス、毒味なんて必要ないですよ」
最上級の指導者が、天使の笑みで手を差し出して、相手を精神的疲労に追い込んでいたり。
...最上級に騒がしいというか、あちこちでちらほら止めなくてはいけない何かが横行しているにもかかわらず、そこに出動すべき騎士団員たちは今まさに、子供たちによって足止めを食らっている。
おそらくは、アッシュあたりに「あっちにたくさんお菓子持ってるやつらいるから、そっち行って来いよ」とか唆されたのだろうが、子供たちに悪気は全くないために、邪険に扱うことなどできようはずもない騎士団たちは、あわあわと子供らの対応に大わらわだ。
なぜか、リグレットの周りだけクレーターが起こっているが、まぁそれは以下略。
ちなみに、街の大人たちには愛想も良く人気のあるアッシュなどが家に来てくれるなんて!とむしろざっくりとお菓子を用意してわくわくと待っているので、実際ピリピリしているのはオラクル騎士団のみという現実があったりする。
だが、この場合リグレットをはじめとした上層部は事態の収拾にかなり真剣なので、心の中でむしろ一緒に楽しんだほうが被害がないんじゃないかなぁ...とか思っている面々の誰一人、その心の中身を吐きだすことなどできそうにもない。
「...あー、早く終わって、特務師団長お手製のパンプキンパイ食べたいよなぁ...」
ぽそっと呟いた誰かの言葉に、お菓子を奪われるのみの大人たちは、とりあえずせつないため息とともに、子供たちが早く満足してくれることをローレライ様やユリア様にお願いするのであった。
取り急ぎ、ぎりぎり当日セーフ?
久々に、こっちを書いたのでノリを思い出すのが大変でした。
2009/10/31