ダアトは事実上の宗教国家である。
それというのも、建前の上でこのオールドランドの国家は現在二つ、キムラスカとマルクトのみであるからだ。(飽くまで国家、の話である。帝国であるマルクトはそもそも連合国家の意味合いが強いために、個々の領主の裁量権が大きいため、ある意味で複数の国の集合体である)
ただ、導師イオンを実質の指導者、国主と定めれば、自衛権的意味合いの強い騎士団すら有するダアトは他の二国に劣ることはない。
領民、領土、そして権力。この三要素を有し、しかし中立的な立場を崩さないことから第三国(第三の国、そして第三者的意味合いを含み)と呼ばれることもある。
他の二国に比べ、ユリアの教えに従って行動規範を敷いているために、良くも悪くもローレライ教団の人間は非常にまとまりがあり、また教団自体を共同体として強く認識している節がある。
ゆえに、孤児なども教会に集められ、善意の寄付金で教団の人間によって育てられるのだ。
ユリアの教えを厳しく守るよう、そして敬虔なローレライ教団員たるように教育は受けるものの、そのほか一般教養、希望すれば手すきの騎士団員たちによって訓練も受けることができる。また、民間人のボランティアから装飾品の加工や調理などの技術を教わり、社会に出て職を得ることも決して珍しくない。
オラクルの少年兵たちは子供たちとも年齢が近いため、遊び相手や姉貴、兄貴分になることもあり、孤児たちは教会の中で伸び伸びと育つことができるのだ。
そして。
つい数年前、突然にヴァン総長が拾ってきた少年は、子供たちにとってはたくさんの「お兄ちゃん」や「お姉ちゃん」の中でとてもとても大好きなお兄ちゃんになった。
元気で明るく面白いお兄ちゃんは、子供たちに大人気で、子供たちは教会の中で彼を見かけるたびに遊んで遊んでとせがむようになり。
今日も今日とて、お兄ちゃんはいつ遊びに来てくれるのだろうと、わくわくとしながら待っているのであった。
カルガモぷらすひよこイコール親衛隊
「アッシュお兄ちゃん!!見てみて、僕『しょうげきは』出せるようになったよ!」
「私、この間水を氷にできたの!」
「お人形、歩かせられるようになったの!」
子供たちが口々に報告するのを、逐一にこにこと聞いてそうか頑張ったなぁと頭をなでてやっていたルークに、今日も今日とて猛ダッシュで滑り込んできたヴァン総長が、待ちなさいアッシュゥウウウウウッ!!とすさまじいまでの大音量でその名前を叫んだ。
その場には、まだほんの三歳や四歳の子供もいたものだから、びくりと体を揺らして泣きそうになっている。おいひげてめぇ子供泣かせてんじゃヌェー!とぎろりとにらみを利かせたルークはとりあえず泣きそうな子供たちにしゃがんで視線を合わせて(昔、ガイがやってくれたのを思い出しながら)大丈夫だと教えてやる。
「このひげのおっさんは、華麗にスルーしとけば問題ないから」
「かれいにするー?このおじさん、カレーなの?」
子供には、ちょっとまだ難しい言葉だったのだろう。一生懸命小さな頭をひねって首をかしげた女の子を、ルークは思わずぎゅうっと抱きしめてしまう。(ああなんとなく、ティアの気持ちがわかったかもしれない今。確かにこいつら、かわいい)
うぜーよなぁこのおっさんととつぶやけば、なんとも純粋でその分非情なる子供たちは、大好きなアッシュお兄ちゃんの口真似をして、口々におっさんうぜーと大合唱だ。地味にヴァンがリアルorzで床と仲良しになった。大変貴重な映像である。
まぁ、彼らはまだこの目の前のおっさんが(年齢的には、おっさんではない)、まさかオラクルの総長だとは知らずにいるだろう。そして、それゆえヴァンも厳しい処罰はできないはずだ。
ああ子供ってすばらしい(お願いですからよい子は絶対にまねしないでください)
ついでに言えば、一度十七歳まで経験しているルークも、見た目が幼いとどうにも油断を誘うらしい。本当に、子供のうちにやりたいことをやっておけとはこのことだろう(お願いですからよい子は以下略)
カレーのおっさん認定されたところのヴァン総長は、今日の昼御飯がカレーだったことを見抜かれたのかと内心びくりとしていたが、すぐに我に返ってえへんと咳払いをする。
(ここで、威厳を見せなければだめなのだ。子供のしつけには、親の威厳が大切だとかの尊敬するバルフォア博士の本にも書いてあった。)
「アッシュ!!子供たちに危険な遊びを教えるのをやめなさい!!」
そう。オラクル騎士団の訓練場の端っこで、最近子供たちが遊んでいるという苦情が上がっているのだ。
もちろん、子供に危なくない程度の訓練体験をさせてやることはままある。けれども、飽くまで木刀を使った模擬戦が関の山のはずなのだ。
が。
最近子供たちは譜術や剣術まで覚え始めたらしく、流れ弾の被害者が続出しているのだ。子供なので叱るにも叱れず、よくよく調べれば教えているのがアッシュであったということもあり、「総長自らしっかりと指導してください」と魅惑の美脚を持つ補佐官にきっぱりと言われて、指導に来たというわけだ。
いやお前リグレットに言われる前に叱れよそれはと突っ込みたいところだが、いかんせんボケに対して突っ込みが少なすぎる構成故、全力でスルーされたようだ。
騎士団のカリスマとも呼ばれ、その話術で多くの人心を掌握してきたヴァンの言葉を、しかし当然のごとくさらっとアッシュは流す。どれくらいさらっとかというと、スープカレーくらいさらっとだ。
「子供はのびのびと育つもんだろ」
あまりにもさらっと、もっともらしく言われて、それもそうかと納得しかけるも、医務室に運ばれた団員のうめき声を思い出してとどまった。ここは、子供たちに行動規範をきっちりと教えてやらねば!!
「程度というものがあるのだ!!...この間など、子供たちが教会の壁を破壊したと苦情が来たし、訓練で兵士たちに怪我をさせているではないか」
ヴァンの言葉を聞いて、とりあえずアッシュは思案するように空中に視線を泳がせる。
そうしてから、こら。と子供たちを叱った。...叱られた子供たちといえば、明らかに、しゅんとなってうなだれてしまっている。
大人であるヴァンが叱るよりも、まだ子供の部類であるアッシュが叱る方が効果があるという事実はどうにも情けない(これが、リグレットあたりであれば恐ろしいほどに効果を見られただろうが)。
だが、とりあえずその事実を右においておいて熟成させておくことにして。
子供たちを叱るアッシュのその姿に、ヴァンは思わず感動していた...やはり、バルフォア博士の本は正しかったのだ。
手塩にかけてかわいがり育てているアッシュが、ようやっと長い反抗期を終えて自分の言葉を素直に聞ける日が来たのかと思うと、今日はもう一人で祝杯をあげたい気分にすらなってくる。
が、もちろん現実はさりげない苦労人ヴァンデスデルカにそこまで(というか基本無糖だが)甘くはなかった。
「お前らー、やるときはばれないようにしないとだめだぞー」
「はーい」
さっきまで萎れていた子供たちが実にうれしそうに手を上げている。見た目だけはほのぼの授業風景(新米先生と子供たち)のようだが、いろいろとだまされてはいけない。
子供たちのへこんだ顔を見るのは少しばかり心が痛むが、大人として、譲れない線を守らなくてはなるまい。
ヴァンは、基本的には大変生真面目なタイプに分類される人間であった。
「そのしつけも間違っている!」
演説の時のように、びしっと右手を横に払うようにして言ってやる。新米兵士などの鼓舞では欠かせない動作なの、だが。
「カレーのおじさんうるさーい!」
しかし、今度はアッシュではなく子供たちに文句を言われてヴァンは地味にへこんだ。
何がへこんだって、カレー認定され、かつ二十代の半ばだというのにおじさん扱いなところだ。子供って、本当に純粋過ぎて残忍だ。しかもとどめにうるさいとまで言われてしまっている...最近はかわいいメシュティアリカも反抗期なのか、「兄さん、うるさい!」と唇を尖らせるようになってきて、せつない限りである。
さらに、子供たちは大好きなアッシュお兄ちゃんの手やら服やらをぎゅうっと握り、精いっぱい怖いカレーのおじさんを威嚇するように(見た目の構図としては大変にかわいらしい)して、口々に言い放った。
「僕たち、お兄ちゃんの「しんえいたい」になるんだから!!」
「お兄ちゃんのお手伝いするのよう!」
「お前ら...」
何やらアッシュの周辺だけ、「ちょっといい話」ムードになりかかり。
ついでに、ヴァンだけ大変疎外感がある。...存外寂しがり屋の総長的には、若干うらやましい限りである。
「ま、お前らもあんまり自分たちだけでどうにかできないことはしないこと。危ないからな、ちゃんと俺に相談してからにしろよ?」
「はーい」
「わかりました、お兄ちゃん!!」
一応、子供たちに危ないことを控えるように約束させるところまでこぎつけたアッシュを見て、とりあえず今日はこれで許そうと寛大な心(...)でヴァンは満足そうに頷いて、その場を後にするのであった。
しかして、この数年後。
アッシュが特務師団長になるにあたり、有言実行の成長した子供たちによりまじで親衛隊が結成され、アッシュ仕込みの訓練のせいで周りの大人たちを脅かしまくることになったとかならなかったとか。
ほのぼのに見せかけて、たくましい子供たちです。
そのうち、フローリアンとかも参戦するのでは。
2010/5/2up