熱湯三分里帰り
「...九度、八、分...」
脇に挟んだ水銀計の数値は、別に壊れているわけではないだろう...この間試しに計った時は、ちゃんと六度だったし。
大体にして、ぐっるぐるに毛布に絡まっているのに、凄まじいまでの寒気と、関節痛があるあたりで、さすがにルークだって自分の症状が解らないわけがない。
普段、例えロニール雪山にアイスダイヤモンド探しに飛び込んで行っても特に風邪をひかないルークだが(大体にして、かつてはへそ出し半そでで雪山登ったりするやんちゃっぷりすら見せていた)、やはり疲れには勝てないらしい。
最近、ダアトの港付近で、巡礼に来る貴族たちを狙っての海賊行為が横行しており、その盗伐でひたすらに駆りだされていたのだ。巡礼の時期、ということでさすがに全員を海賊退治にさくわけにもいかず、小編成ながら鬼のような機動力を持つ特務師団が...というか、「わるいごはいねーがー?」と、ナマハ○ルックで悪乗りした主にルークが、ナタ(ディンの店にて特注)持って海賊どもを追いかけまわして一カ月。
ある意味で恐怖を植え付けることに成功はしたものの、珍しく寝る間もないほどに働きまくったせいで、ダアトに帰還したとたんにこうして寝込む羽目になってしまったのだ。
師団には多少のけが人は出たものの欠けるものもなく、相手方もちょーっと心に消えないトラウマを植え付けて、牢屋の中で「ナマ○ゲ怖い、ナ○ハゲ怖い...」と念仏のように呟いちゃってる連中が出ているくらいで、特に命を奪うような真似はしていない。
けれども、ときとして争いに犠牲を出さないことは、ただ勝利することよりも難しいわけで。
ひたすらに奔走しまくった挙句、普段あまり使わない頭を使いすぎたこともあってぶっ倒れたわけだ。
時期としても、ちょうど夏から本格的な秋への移り変わり...つまりは、季節の変わり目という一般的に体調を崩しやすい時分であったことも影響したかもしれない。
しかし、現在もまだ残党が出ているし、ついでに巡礼の時期ということもあって街道の巡回などで他の六神将たちも忙しい。普段であれば、「何寝込んでるの明日槍でも降るんじゃないの」とツンツンツンツンツンツンツンツ...以下略デレの、砂漠のダイヤ並みに貴重なデレ全開のシンクが額のタオルくらいは換えてくれるだろうし、涙目のアリエッタが「あっしゅううううううう...」と泣いてくれるだろうが(頭が痛いときには非常に勘弁してほしい。死ぬ、マジで)、あいにくと二人とも出張っている。...否、後者に関しては、本人の気合とは裏腹に幸運にもという形容詞が必要となろうが。
リグレットも手が離せないし、何気にディストですら駆りだされているのだから、現在のオラクルの人で不足は一時的であろうとも深刻といえた。
ついでに言えば、普段人一倍以上のポテンシャルで走り回るルークが倒れているあたりも、他の面々が忙しくなる原因になっているともいえるのだが。
「あー、たま、いてー...」
さすがに、ベッドに戻らないといけないのは解っていても、動く気力がないとはまさにこのこと。
普段から、殆ど体調など崩さないからこそ、崩した時には本当に動けなくなってしまうわけで。
結果、中途半端にベッドに顔だけ伏せて、布団もかぶれないままにぐったりとなってしまった。
朦朧としてきた意識では、ここで寝たらもっとひどいことになるという理性に打ち勝つことも難しい。
(...まぁ、死にゃあしない、よな...)
微妙なところで常識のない元おぼっちゃまは、そう呟いて意識を手放した。
が、もちろん。
そんなんで体調不良が治るわけもなく。
もちろん死にはしなかったが、ようやっと海賊退治を終えて帰還したシンクがアッシュを発見したときには、人体の限界ぎりぎりの四十二度を叩きだして肺炎まで引き起こし、殆ど虫の息でベッドに倒れかかっていた。
ちなみに、本人はこの時すでに意識不明で有ったので、「ふーんそうだったのかぁ」なんて後々あっけらかんと言ってのけて心配ゲージを大噴火させた面々から愛の鞭をしこたま食らう羽目になるのだがとりあえずは割愛。
世にも珍しいシンクの悲鳴がオラクルの本部に響き渡ったというから彼の驚きも相当のものであったと解るだろう。
その悲鳴に飛び込んできたヴァンやらリグレットやら地味にラルゴやらもちろん大本命アリエッタやらが連動で悲鳴を上げ、てんやわんやになりそうになる前に。
「はい。病人によくないですから、出てってくださいね」
珍しく強引なディストによって全員がつまみだされた。
『ジェイドに出来て私にできないわけないでしょう私は天才ですよ!て・ん・さ・いの薔薇のディスト様です!』などと嘯き、実のところ溢れんばかりの才能を斜め四十五度に放り投げる男ディストは、無駄に医師免許も取得しているらしく。
最近では、もっぱらオラクルの保健医先生になりかかっているあたり、色々なんだかんだと世話焼きな一面が窺えるだろうか。
「私のアッシュううううううっ!!!」「今すぐ粥を...」「やめなよアッシュにとどめさすのは」「アッシュ、死んじゃいやですぅうううっ!!!」「...アリエッタ、とりあえず落ち着け」などと、部屋の外では割と冷静組と、暴走組とで結局二乗にうるさい騒音を鳴り響かせていたけれども、「はいはい師団長の看病の邪魔なんで、部屋戻ってくださいね―」と、特務師団長LOVE☆の特務師団団員たちによってずりずりと強制排除されていった。
さて。
ここはどこだろうと思えばつまり予想は付いていて。
何せ、上下左右が微妙に曖昧な空間。
ついでに言えば、明るいのか暗いのかも把握しづらい空間。
けれども、寒くはない...むしろ、母親の胎内(それは、限りなくただの例えにすぎないけれども)にいるときのように緩く生ぬるいものに包まれているようにすら感じる。
そして、限りなく懐かしい感覚...
でもって、目の前には微妙に不細工な以下略つまりローレライ。
何だか、今日はその不細工な(文字通りだ。細工がまずい、という意味で)顔に、苦笑を浮かべているような気がしてならない。
『あー、もうなんでルー君無茶ばっかするかなぁ。我イフリートとかウィンディーネとかに「それでも保護者か!」って怒られちゃったよー』
「はぁ」
『あ、こっちきちゃだめだよー。こっちくると戻れなくなるからね!ああほらなんだっけ...サンジノカワ?』
「おやつかっ!!ええとなんだっけ昔ガイが言ってた...三途の川だっけか」
『あ、そうそうそれそれー。ほら帰って帰って、そろそろ三分たっちゃうからー』
「...三分たつとなにかあるのか?」
『大したことはないけど後は経過ごとに身長が1センチずつ縮「じゃあなローレライ!!」
相変わらず威厳もへったくれもなく説教(?)を始めたローレライの言葉を初めは聞いていたルークであったが、最後の一言を聞いた瞬間に力の限りもどせぇえええええええっ!!と念じていた。
そして、それをスイッチにしたように目の前はあっという間にホワイトアウトしたのだが、最後に。
『とかだったら楽しいのにねぇー』
と、間延びしたような声が聞こえたような気がした。
さて。
目を覚まして初めに感じたのは、のどの渇きであった。
ベッドサイドには誰かが用意してくれたのだろう水差しがあって、遠慮なくそこから水を飲めば、少しだけレモンが垂らしてあるらしいそれは口の中をすぅっとさせてくれる。
少し寝苦しかったので、布団を動かそうとして、うまく体をねじれないことに気づく。
何か、体の上に乗っかっているようだ。
視線をそこに向けてみれば、くるんとまるくなったチーグルの姿。
どうやら、こちらの看病をしたまま眠ってしまったらしい。
とりあえず横によけて、更に布団に圧力を感じて横を向く。
そこには、がっしりと布団の端を掴んだまま(おそらくリグレットあたりにだろう、感染防止のマスクをしっかりとつけられた)のアリエッタと、反対側の椅子には腕を組んで眠るシンクの姿。
(なんかしょっちゅうこんな光景見てる気がするなぁ...)
ああまたか、位に思ってしまうあたり、随分自分も『この世界』に馴れてきたなと実感させられる。
昔は、こうして看病してくれたのは、あの金髪の幼馴染であったのに。
「お前らも風邪ひくっての...」
とりあえず、近くにあったブランケットをそれぞれにかけてやってから、小さくルークは呟いた。
あの時と、伸ばしてくれる手は違っていても、ちょっとだけあったかくなるのは変わらない。
(なんか、家って感じだよな...)
こんな風に心配してくれる仲間がいることは、やっぱりうれしい。
ふわふわとした頭はまだ熱に侵されていて、まとまらない思考の中でぼんやりとした幸福感を味わいながら、またルークは夢の中に旅立った。
とりあえず、この間自分が寝込んだときに書いたネタで有ります。
ちなみに、管理人の家は共働きで風邪ひいても面倒見てくれる人がいなかったので、ちょっと看病ってあこがれます。
2010/10/3up