俺たちちみっこ探検隊 中編


とりあえず昼寝を終えて。
アリエッタのお友達にいつもどおりにじゃれつかれて窒息しかけてからは、あまりに危なっかしいのでシンクは問答無用でアッシュを肩に乗せていた。
うおーなんか新鮮だなこの高さ!お前巨人みたい!
とか、なんとかアッシュがきゃいきゃい耳元ではしゃぐものだから、途中三回ほど何となくその身体をむんずとつかんで放り投げかけたのだが、その度に
『遊んでくれるのかな』
『かじっていいかな』
『なめていいかな』
とウキウキウキウキこちらを狙っているアリエッタのお友達集団の無邪気な視線を察知してしまって寸止めしていた。
さすがに、アッシュがお友達の胃袋の中におさまった日には、色々な方面からすさまじい暴動がおこりそうだったので。(今現在、そういった意味ではシンクはダアトの平和を託されている身であるということもできるだろう。...特務師団長は、ダアトのアイドルであった)
しかして。
どうしてわざわざディストに譜業を作らせてまで小さくなってみたかったのか。
当然の疑問を、シンクは昼寝をする前早々にアッシュにぶつけていた。
アッシュの行動や好奇心があまりにも突飛であることはシンクはもうだいぶ経ってきた付き合いの中でいやとういうほど理解していたし、自分もそれによく乗っている方であるから特に否定をする気はないが、大抵の場合の実験体はあの髭であったので。
...まぁ、まかり間違ってあの髭がお人形さんサイズになったところで、某ツンデレ巨乳のように『かわいい...///』となることはまずあり得ない事であり、ついでに言えばコンマ三秒ほどでゴキブ○に対するのとさほど変わりないためらいで踏みつぶしているだろうが。
小さくなる前にアッシュが作成していた本日のおやつ(そろそろハロウィンが近いということもあり、本日はパンプキンケーキであるようだ)の入ったバスケットを片手に、てけてけと教会内を闊歩するシンクは、うきうきとご機嫌に鼻歌まで歌って見せている耳元の少年に、無意識のうちにため息をついていた。

『一度でいいから、小さくなっておやつを腹いっぱい食ってみたかった』

シンクの問いかけに、あっけらかんと答えたアッシュの言葉に二の句が告げなかったのは、そんな子供みたいな(いや、子供なのだが)理由で徹夜を余儀なくされたディストへの珍しい憐れみが先に胸をよぎったことに起因したのかもしれない。
まぁ、そんな憐れみはやはりコンマ数秒程で消去されたわけだけれども。
しかも、『ブタザルに乗ってみるのはもうやったし、後はこの小ささを利用した髭いじめのレパートリーもこなしてみたいし、兵舎の奥の壁の穴の中探検してみたいし...』とかとかとか。
どんだけ状況をエンジョイしているのかは分からないけれども、指を折ってやってみたい事リストを数え上げるアッシュの手は、そろそろ両手の指を往復し始めている。
ついでに、それに比例するようにしてシンクの頭痛がひどくなりつつもある。
「...」
「ん?どうしたシンク?今日のかぼちゃケーキ、結構いい出来だと思うんだけど」
「わかってるよそんなの...」
シンクの無言の視線を、どうしてか今日のおやつへの不満に受け取ったらしいアッシュが、ミニチュアな首をこてんと傾げて頬を膨らませるのを見て、少しくらい文句を言ってやろうと思っていた気持ちが一気にしぼんでしまってシンクは本日数度目のため息をついた。
もう何も言うまいと心に決めて、目的地へと少し歩く速度を速める。
シンクの足であればあと数十歩、アッシュの足であればちょっとしたマラソン程度の距離を過ぎれば、本日のティータイムの会場へと到着するだろう。


「なるほど、それはとても素敵ですね...僕も一度体験してみたいです」
自分の胴体程もあるケーキにもふっとかぶりついて心底幸せそうな顔をしているアッシュに、ニコニコと微笑んでお茶を飲んでいる導師の頭の中を、とりあえず一度のぞいてみたいとシンクは心から思った。
何せこの導師、シンクがアッシュを肩に乗せて登場しても特に何の動揺も見せず、通常通りのほわほわ笑顔で「いらっしゃい。時間通りですね」と言ってのけたのだ。
シンクが渋面(仮面の下だけれども、十分伝わっただろう)を作って立ち止ったにも関わらず、すっかり手慣れた様子で三人分のお茶を入れ、ケーキを皿に移して(ていねいにもアッシュにはつまめる程度のミルクポットにお茶を入れていた)通常通りのおやつタイムを開催して見せるのだからその柔和な印象とは裏腹に相当に肝が据わっていると言えるだろう。
本日は、よくティータイムを一緒にしているアリエッタは任務で外出しており、イオンのガーディアンであるアニスは破いてしまったトクナガをディストに修理させに出ているのでやはりいない。
この時間は特務師団長と参謀が来ることが分かっていることもあり、廊下にこそ見張りはいるものの、現在はイオンの私室には正しく三人きりである。
もっふもっふと、とりあえず人体における胃袋の占める体積を計算したくなる勢いでケーキを食べ進めるアッシュは、口に大きなケーキのかけらをつけながら、ご満悦の様子だ。
「だろだろー?イオンもやってみるか?」
「ちょっと、導師ちっちゃくして万一の事があったらどうするのさ」
ご機嫌なままに危険な誘いをかけるものだから、慌ててシンクが止める羽目になる。
しっかりしているように見せかけて、ちょくちょくと暴走してくれるこの赤毛の特務師団長は、止めに入ったシンクにやはり不満を表すようにぷくぅと膨れて見せた。
...ここで可愛いと思ったら負けである。なんの勝負かはわからないが、負けである。
『ほっぺたにケーキが付いていますよ』なんて、ふわっふわの笑顔をプラスして指でアッシュのほっぺたをかいがいしく拭っているイオンというオプションはこの際みなかったふりをしておかなくてはならない。三人の場合、二人の空気に流された時点で色々と負けなのだ。
しっかりと自分に分配されたケーキを口に運びながら、じとりと二人をねめつけて見せる。
「...アッシュはともかく、アンタみたいななよっちい奴がこんなサイズになったら、ネズミにかじられて終わりだろ」
「そんなのダアト式譜術でせんめ...こほん、そうですね。でしたら、アッシュとシンクも一緒に小さくなってくれたら大丈夫だと思います」
何か今不穏なワードを言いかけた導師がいなかっただろうか。
何となく、イオンは壁に立てかけてある音叉を模した導師の杖に目をやってしまった。
一見華奢なあれが、実は心棒に鉛が据えてあって限りない破壊力を持つといううわさが本当なのかどうか...確かめる勇気は今のところ持てない。
しかし、今はそこは問題ではない。
問題は。
「は?どうして僕まで巻き込まれなくちゃいけないんだよ!」
「でも、僕とル...アッシュだけで小さくなって探検などしていたら心配でしょうし。それに僕、常々一度小さくなってあのヒキガエ...ごほん、モースの仕事場に忍び込んで、飲み物の一杯にでもハバネロを投入してみたいと思っていたんです」
キラキラしい笑顔に騙されて、また不穏なワードを聞き逃してしまったような気がしないでもない。
一見、小人になって普段できない探索やいたずらをすることに心を躍らせている子供のように見せかけて、限りなく黒い何かが導師の後ろからわきあがっているように見えないでもない。
「あ、それいいな!途中までブタザルに運んでもらえば簡単だし。最近あいつ警戒してて中々ターゲットにしづらかったから、マンネリ防止にもなるしな!」
アッシュの無邪気なその言動はいつもどおりだからよいとして、その言葉ににこにことそれは面白そうですね。と言ってのける導師に、やはり何か引っかかるものを感じないでも、ない。
そう思うと同時、結局巻き込まれるんだろうなとぼんやりとどこか遠いところで思いながら、とりあえずシンクは現実逃避すべくまた一口、無駄にできのよいケーキをかじるのであった。




ケーキは、カップケーキみたいのを想像して頂くといいかと。個人的に抱きつくみたいにして食べて欲しい。
イオン様が黒いのは仕様です。逆行1は力の限りギャグパート宣言でございます。
最近言葉としては出てくるけれども中々出番のない不憫なおひげ様は、次回出てくるのか来ないのか...ご期待ください(をい)
ちなみに、ミュウはお昼寝の後起こしても起きなかったのでまだアッシュの部屋ですぴすぴ寝ております。
2010/10/17up