導師、導師導師導師導師導師。
いっそ、世界中の子供の名前を導師にしてしまえ。それだったらお前達も好きなだけ呼べるだろうとか腹の中で考えてもいたがとりあえずは声に出すことをやめた。
一応、見た目若いというか幼い部類に入る自分がいきなり大人でも発想困難な毒舌を吐いた日には...吐いた日には、ちょっと面白いかも知れない。
現導師、イオン。
物心付いたころから導師としての教育を受け、今では幼いながらローレライ教団を支える最高権力者である。だが、ちょっとばかし性格がアレだった。
柔らかな物腰、何事にも動じない姿勢。
スコアを詠んでやれば、大げさなほどに感謝して頭を下げる信者にユリアのお導きをなんていってみる。(ばーか、死んだ人間が導けるわけがないだろう。)
もちろん心の中の声など目の前にいる人間に聞こえるわけもないが。
何せ、一応イオンの顔に今現在浮かんでいるのは聖人のごとき微笑であるからして。
信者が出て行くのと同時、モースが入ってきた。
「導師、本日のご予定は...」
「どうかしましたか、ブタさん」
「ぶ...」
「あ、すみません。ぶくぶく太っているものを世間一般ブタと呼ぶと本で読んだのですが、これは間違っていましたか?」
今、見まごうことなき漆黒の羽がイオンの背中を彩っているが、生憎と目の前のモースにはそれは見えていないらしい。微妙に額に青筋が浮かんでいるのは見えたが、イオンは天使の微笑という最強の武器をかざして続ける。
「申し訳ありません、モース。予定になかったスコアを詠んだせいか、体調が優れません。今日は休んでもいいですか?」
ぐっと、モースが息をつめるのをみてイオンは内心せせら笑った。
あの信者、一体いくら教団に献金をしたのか知らないが。
まさか、多く金をもらったので割り込みをさせましたなどとはこの中年太りが言えるわけもないだろう。金と無縁のはずの聖職者が、以前に莫大な借金を肩代わりしたという話をイオンは知っていた。
休んでも構いませんか?ととどめをさせば、苦虫でも噛み潰したような顔でかしこまりましたと唸るモース。出て行ったところで、思わずイオンは鼻で笑ってしまった。
どいつもこいつも、スコアスコアとつまらない。
思わず、イオンは呟いていた。
「馬鹿みたい」
黒い白馬と白い黒鳥
「うおっ!」
なんとも微妙な声と共に、導師の部屋の窓から飛び込んだ人影。先のほうに行くにしたがって金のように見えるグラデーションの赤い髪がさらりと揺れる。
イオンが何かいう前に、その赤い髪の少年は、すばらしい手際で窓を閉めるとごめんベッドの下貸して。とこともあろうに導師にタメ口。
勢いにのせられてイオンが頷いてしまえば、少年はベッドの下に身体をねじ込んでしまった。
...。
...。
...。
これって、世間一般に言う侵入者というものだろうか。数秒してから、ようやっとそれに気づいたイオンはそれなりに混乱しているらしい。
導師としての学問を一通り修めた彼は、一応緊急時の対応マニュアルにも目を通していたけれどもそれのどこにも『侵入者が勝手に自分の部屋のベッドにもぐりこんだとき』なんて項目はあった記憶がない。っていうか、あったらその項目を作った人物を即刻首にしているような気もする。なくて正解なのだが、この場合ないと不正解だ。
で、少年がイオンのベッドにもぐりこんでから数分。
どたばたという騒がしい音共に、けたたましいノック。
「どうぞ」
もう今日の公務は終了だし、本来なら返事をしなくても良かったが、放っておくとドアを壊されそうなのでイオンは答えた。
「導師!!アッシュ...赤毛の子供を見ませんでしたか?!」
現れたのは、略してむさヒゲ。略さないとむさくるしいヒゲをはやしたふけ顔の主席総長ヴァン・グランツ。
イオンの中ではさりげなくむさヒゲの愛称でもって呼ばれているその巨漢は、なんというか情けない様相を呈していた。
正直、とっさに吹き出さなかった自分に拍手を送りたい。イオンはそう思った。
眉毛は、マジックでなぞられてまるで海苔を二枚貼り付けたようになっているし。
ヒゲは丁寧に三つ編みされ、リボンが施されている。
要するに子供いたずらなわけだが、こともあろうに実質のダアトの軍最高権力者のヴァンにここまで面白...いやいや大胆なことをやらかせる人物をイオンは知らない。
せっかくなら、髪をお団子にしてボンボンで飾ることくらいすればいいのにとか彼が思ったかどうかは内緒だ。
多分、今ベッドの中にいる子供がそのアッシュとやらなのだろう。
ちーん
瞬時に、イオンの中で計算が終った。
「赤い髪の人間など、ダアトにいましたか?」
秘儀、ごまかしあーんどエンジェルスマイル。
イオン流に言ってみれば、誰も知らないとは答えていない、である。
人はそれを屁理屈とも呼ぶが、まぁ知ったことではない。
どう考えても、このむさヒゲよりもこっちのアッシュとやらのほうが数十倍面白そうだし。ちなみに、総長の面白さとはひげオンリーである。
そうですか、とそれだけ言って忙しそうにヴァンが行ってしまってからしばらくして、イオンはベッドの下にもぐりこんでいる少年に声をかけた。
(廊下で、「いい加減ディストに椅子を返しなさい泣いているだろうが!!」とか言う声も聞こえてきた。)
「もう、出ても良いよ」
...
話しかけたものの、しかし、少年は一向に出てくる気配を見せない。
イオンは、にやりとどうみても子供いやそれ以前に聖職者に見えない笑みを浮かべて、台詞を繰り返した。
「...もう、出てもいいよ。というか、出てこないと永遠に出てこれなくすることも可能なんだけどどっちがいい?」
イオンの背中に、何か菩薩の顔をした悪魔がいたような錯覚。
同時にがばりと、青い顔をした少年が飛び出てきた。
いつものように、大人びた口調でない分本気を感じられて怖かったのかもしれない。
どこからともなく、大詠師モースの「いや普段も十分怖いですからー」という悲痛な叫びが聞こえてこないわけでもなかったような気もしないでもないが、聞こえなかったことにしておく。だって、面白くないし。
「で?君は誰?」
「...ルー...アッシュ」
「ルーアッシュ、面白い名前だね?」
「アッシュ!!」
「ふーん。...まぁ、いいけどさ。何でここにいるわけ」
どうみても、アッシュのほうがイオンよりも年上に見えたけれども、別段イオンに年功序列とか年上を敬うとか言う感覚はなかったので(皆無だったので)口調に遠慮がない。
こっそり、アッシュが頭の中で『なんかこいつシンクに似てるなぁ』とか思っていたけれども、それはもちろんイオンに通じるわけもない。
「主席総長にメイクをしたのは君?」
アッシュが、怒られると思ったのか少し身を固くした。
ソレを肯定と取って、イオンはにっこりと黒い笑みを浮かべる。
「ダメじゃない。髪もいじらないと」
アッシュは、しばらくその翡翠の瞳をぱちくりさせていたが、やがてイオンの意志を理解してにやりと笑う。
「いや。やってる途中で起きちまったんだよ。せっかくリグレットの料理を一服もって気絶させてたのに、おっさん最近知恵がついて事前にリキュールボトルのみやがって」
リグレットとは、ヴァン総長の右腕にして譜業銃のスペシャリスト、そして永久調理場進入禁止を言い渡されているあのリグレットのことだろうか。
彼女の料理の噂は聞いたことがある。確か、以前オラクルの実力者三人をその料理の腕前でもって制したとか制さないとか。いまだ一騎打ちで負け無しのヴァンを、一瞬で三日も寝込ませたと評判である。
前もってリキュールボトルを飲んだにもかかわらず気絶状態に陥らせる彼女の料理の腕前にかなりの興味もわくが、生憎とイオンは自分で実験する趣味はないので今度こっそりモースにでも差し入れしようと心に誓った。いや、むしろ差し入れたい。
「アッシュは、面白いね」
くすくす笑いながらそういうと、アッシュは首をかしげて答えてくる。
「そーかぁ?別に、面白くはないと思うけど」
「僕にこんな口調で話しかけてる時点で面白いさ」
そこまで言われて、あ、しまったという顔になったようだ。どうやら、イオンが導師であるということを今の今まですっかりと忘れていたようだ。器用な人物である。
イオンは、にっこり笑ったまま続ける。
「導師の部屋への不法侵入、ばれたら大変だねぇ?」
「...う...」
いや、一般的に主席総長にいたずらをしている時点でなかなか大変な事態なんですけれども。
「見逃してもいいけど...たとえば、あの出っ腹スコアマニアにリグレットのフルコースをご馳走したいと僕が思ったら、アッシュは協力してくれる?」
「出っ腹スコアマニア...?糸目ヒキガエル陰険のモースのことか?」
あ、それ面白い。とイオンは心の中だけで思った。糸目ヒキガエルはなかなか的を得ている。近づかれるだけでその脂汗のにおいが移るのではないかと常日頃から思っていたのだ。
アッシュは、だったらコレはどうだといってイオンに黒い箱を渡してきた。
開けてみると、中にはさらに黒い箱。
「ナニコレ」
「こうでもしないと、危険なんだよ」
「...危険物?」
「いや。リグレットのクッキー」
三回箱を開けて、形をあらわしたそれは確かにクッキーの形をしていた。ように見える。
が、なんだか妙ににおいが...油というか、粘土というか、っていうかこれ食べ物のにおいじゃないだろというか。
さすがのイオンも顔が引きつった。
...聞きしに勝る腕前のようだ。リグレット。
「ポイントは、相手が話してるときとかにさりげに放り込むこと。...じゃねーと、とてもじゃないけどくわねぇってそれ。におい変だろ?でも結構殺傷力高くて、ためしに天井裏に置いといたら、しこたまネズミが死んでたからな次の日」
「ふ、ふーん」
ホウサン団子よりも強力だ。
ある意味、爆弾よりもたちが悪い。
そんなものが、今現在自分の手の中にあるのが微妙に怖い気もするが、自分で食べるわけではないので気にしない。
「とりあえずコレで見逃してくれねぇ?...今日のノルマ、あと奴のメシュティアリカブロマイドを隠してから、会議のいすにブービートラップしかけてこないと」
会議...そういえば、明日そんなものがあったような気もする。
それ以前に、それは何のノルマだ。...と、突っ込んでくれる人物は残念ながら今ここにはいなかった。(というか、導師に毒物を渡すな。)
「判った。今日はコレで見逃してあげる」
「じゃあ今度それのデータくれよ。コレにまとめてるんだ」
アッシュがちらりと見せてくれたそれは、どうやらノートのようだった。
『多分トマトリゾット・・・
攻撃:480
属性:炎
効能:食べた途端に火を噴ける。どうやら赤いのは八割がたトマト以外の物質の色らしい。
味:毒見役のディストが倒れたので、聞けなかった』
禁書になりそうな勢いの内容だが、やはり生憎とそれを突っ込める人物はここにはいなかった。ヴァン周辺の人物が、定期的に医務室に運ばれる訳がなんとなく判る記録ではある。
「いいね。僕も協力しよう」
イイ笑顔を浮かべていったイオンに、こちらはいい笑顔を浮かべてアッシュが答えた。
「サンキュー!!最近ヒゲとか結構ガード固くて食わせるの大変だったんだよ!!」
かくして、ここに最強最悪の同盟が結成された。
これ以後、リグレットの料理の被害者が格段に増大したらしい。
とりあえず、医務室に運ばれる人物の名前に大詠師モースが加わることとなるが、その背後に赤い髪と緑の髪の少年達が暗躍していたことを知る人物は少ない。
とりあえずは、一応オリジナルイオンとルークの出会いであった。
逆行、オリジナルイオン様視点で御座います。
口調がわからないのでめちゃくちゃなんですけどね。まぁ気にしない。
ルークと一緒になっていたずらしまくってたらいいなとか思って書いてました。
2007.1.4