きらきらひかる


「おかしい...」
オラクルにおける武の頂点、騎士のカリスマ、若き主席総長。
まだ二十代だと声高に叫んだとしてもおそらくは...実の妹にすらも首を傾げられてしまうだろう残念な、一応分類若者であるところのヴァン・グランツが、珍しく片づいている(これは、別段彼が普段から無精というわけではない。片づける暇もなく荒らされる、もしくは破壊されるという頻度が高すぎるところに基づく)彼の執務室で、いつになく進む書類仕事を前にして唸っていた。
ちなみに、現在は三時。
ちょうどおやつの時間である。
「いかがなさいましたか、総長閣下」
魅惑の美脚、どこまでも付いていきたい女教官第一位など華々しい人気を誇る有能な補佐官で有るリグレットが、休憩のための茶のポットを持ちながら、首をかしげて見せた。(ここは安心できるところだ。いかなリグレットといえども、茶葉にまでは化学反応を持ちこめないらしく、普通の味が期待できるからだ)
ヴァンは、その副官の問いかけに、深い深い悩みを持って答える。
「...何日だ」
「は?」
珍しく、呆けた答えのリグレットの表情がみれたが、それに感慨を覚えるには彼はいささか混乱...否、一つの事象に心をとらわれていた。
それは、愛する歳の離れた妹のことでもなく。
もちろん、順調に進んだ書類仕事のことでもない。
ヴァンの厳しい視線は、カレンダーにのみ、向けられていた。
「...一週間、もう一週間だ」
「はぁ...」
気の抜けたような返事をしてしまうリグレットに、しかしヴァンはそのことに気付いた様子もない。
まるで街道にモンスターが大量発生した時のような物々しさすら漂わせている。
「...この部屋が、かつて一週間も無傷でいたことがあっただろうか?」
「...ああ、アッシュとシンクのことでしたか」
伸ばしに延ばしてようやく言われた結論に、今度は得心が言ったとリグレットは表情を和らげた。
毎度毎度、騒動とかぼけとか突っ込みとかをピックアップされがちだけれども、ダアト一帯の治安が特に滞ることがないということは、つまり彼らもきちんと仕事をこなしているということであり。
ついでに、毎度毎度情けないところを全開にしているように見せかけて、一応主席総長にあこがれてオラクルの扉をたたく候補生が減らないのも、つまりまぁ、ヴァンもきちんと仕事をしているという証なのである。
...まぁ、もちろんそんな場面描いたところで全く楽しくないので常に無きものと扱われているが(私情)。
赤いわけでもないが人の三倍くらいは早く仕事をこなせるヴァンだからこそ問題が起きていないが、定期的に総長の執務室を襲撃してくれるかのちびっこたちの、その襲撃周期はまちまちで、連日でもあれば三日空くときもある。
けれども、総じてこんな長期間、遠征でもないのに(時と場合によっては、遠征で有ってもアリエッタのお友達の協力を得て襲撃してきたというのに)この部屋が傷一つないなど、ありえないことなのだ。
...少なくとも、今までにおいては。
「な、何かあったのか...?風邪でも...いや、アッシュのことだから『旬の食材食べずに何を食べろというんだぁああああっ!!!』とか叫んで沿岸までカキを取りに行った挙句、ノロウイルスに感染して医務室で呻いているのではないか...っ?!」
そして。
毎度毎度空回りしているけれども、あれだけこっぴどく毎度毎度の襲撃を受けておきながら、総長閣下の赤毛と緑っこの溺愛っぷりも変わらない。
自分の妄想に説得力があったのかどうかは定かではないが、なんだかもう、その慌てっぷりと言えばいっそ髭面すら可愛く見えてきてしまう哀れっぷりでは、ある。
「...いえ、御心配なさらずとも良いかと。昼寝の時間をたっぷり取っているだけのようですので」
「昼寝?」
ついでに言えば、親ばかというよりは心配性その2でもあるリグレットが特に取り乱した様子も見せなかったことはよくよく考えれば疑問でもあったのだが、どうやら彼女は既に彼らが出現しない原因を理解していたようだ。
よこされた答えはなるほど、活動していなければ襲撃のしようもないというもっぱら当たり前のことではあるのだが、しかしてまだ疑問は残る。
「しかし、昼寝はいつも、昼を食べてから1,2時間くらいではなかったか?」
夜に眠らないと成長ホルモンが出ない!を合言葉に、ちょっぴり小柄なちみっこたちは睡眠時間の確保には余念がない。
けれども、あまり昼に寝過ぎると、一番成長ホルモンが出る時間帯に眠くなれないということもあって、昼寝の時間は割ときちんと決められていたはずだ(決められていたもなにも、どちらかと言えば勝手に昼寝の時間を取り決めているというのが正しいが)。
身長を伸ばす可能性を削ってまで昼寝を優先するということは、いささか道理に合わないような気もするのだが。
ヴァンの疑問をさらに先読みした有能なる補佐官は、またさらりと疑問に答えを投げてくれた。
「どうやら、夜に星を見ているようです」
「星?」
今度ばかりは、きょとんとした総長という世にも珍しいものが発生し。
さりげなく総長フリークであるところのリグレットが、表情筋を微塵も崩さずに歓喜したかどうかは...まぁ、想像してくださいというところだろうか。


さて。
時は変わって現在真夜中。
音素灯の明かりも消えて、静寂に包まれているダアトの町並みは、柔らかな月光と、無数の星明かりが照らしている。
冬も本格的に近づき、きぃんと身が締まる思いがするほどの寒さの中、どこか空気が澄んでいるようにすら思われる。
そんな真夜中、本来であれば夜勤の見張り番くらいしか起きていない時間帯。
もっこもこにマントを着込んだ人影が四つ、こともあろうに教会の屋根の上によじ登っていた。
ちなみに、ここに来るまでにさすがに夜勤の兵士に見つかっているのだけれども。
「本当に、今日見られるんですね、楽しみです」
ダアトの最高権力者である導師自らが忍び込んでニコニコとしているのだから、一体一回の兵士のだれがそれを止めることが出来ようものか。
笑顔一つですべてをスルーさせた先の恐ろしい緑っ子そのいちは、寒さにほっぺたを赤くしながらも期待に新緑の瞳をキラキラと輝かせている。
「昨日も結構見えたんだぜ!でも今日!今日が一番見えるんだって、じぇ...あー、知り合いが教えてくれたんだ!」
同じく、ほっぺたと鼻の頭を真っ赤にさせている赤毛の少年が、不安定な屋根の上、緑の少年を支えるように腕を伸ばしながら胸を張る。
「それはとても期待できますね。...ふふ、シンクも昨日みたのでしょう?どうでした?」
隣、仮面をつけたやはり緑の髪をした少年に話を振れば、ふんと鼻を鳴らして顔を反らされてしまう。
これには、赤毛の少年が苦笑して、問答無用といわんばかりに仮面の少年の手を、空いた片方の手でつかんだ。
「ちょ、なにするんだよアッシュ!」
「こうしてるとあったかいぞー。俺が」
「アンタがかっ!!」
きゃいきゃいやり合う少年たちに、片方の手だけ温めてもらっている緑の少年はくすくすと笑う。
そして。
「あーもう、時間もったいなーい!っていうか、せっかくアニスちゃん特製のホットチョコレート作ってきたのに、冷めちゃうじゃん!」
導師守護役であるツインテールの少女がそんな三人のやり取りを押しこめるようにして屋根に上ってきた。
赤毛の少年が悪い悪いと笑い、なんとなくその場はおさまって、四人並んで東の空が良く見える屋根の上へと腰を下ろした。
水筒から持参したマグへと注がれたたっぷりのホットチョコレートは、着込んでもなお冷える体を程よく温めてくれる。
そうして、満天の夜空を見上げているうちに。
「あ!見えました!」
「アニスちゃんも、みーっけ!」
「俺も俺も!」
「...子供みたい」
結局四人そろって星空に夢中になった。
星屑が燃え尽きるその一瞬のきらめきが、あちらこちらとまるで星のシャワーのように見える。
流星群。
「玉の輿に乗れますように玉の輿に乗れますように玉の輿に乗れますように...」
一瞬のきらめきのうちに三度願いを唱えることができたら、願いがかなうのだと、遠い昔から人は星のきらめきの力を信じてきた。
まぁ...この場合、一番本気になって唱えている某ツインテール殿の願いがなんとも...子供らしくない点には言及しないでおくとして。(そして一番熱が入っていることにも突っ込まないとして)
あるいは口に出して、あるいは心の中で。
思い思い、星に願いを載せて、そしてその星はついえていく。
いつまでも見ていたいほどに見あきないそれに、いつしかそれぞれ言葉も少なくなり、ただ首が痛いのも忘れて空を見上げていた。
それでもさすがに、繋いだ手も冷えてきたころ、そろそろお開きにしようかと立ち上がったところで、一番大きなきらめきが空を流れた。
「また、四人で星が見れますように!」
赤い髪の、少年の大きな声は、もしかしたら星にも届いたかもしれない。
そんな風に、それぞれが思えたのは、きっとそれも星の魔力というものであったのだろう。




なにゆえか長い前置き。でも総長人気があるのでたまにはまともな感じで出してあげました。
ふたご座流星群、晴れると良いですねっ!!
2010/12/12