教育的指導!
「正直にいいなさい」
珍しく、床に正座させられている(それでいて、大人しくしている)アッシュと、そして仮面の少年シンクに、道行く騎士団員たちはおや?と首をかしげて見せた。
何せ、彼らときたらそもそもじっとしていることの方が少ないのが常なのだ。飛び回っていることこそあれど、手に新作(のいびり道具)を持って舌なめずりをして獲物(それがだれであるのかは、あえて論じることを避けておこう)を待っていたり、いたずら発覚後に天井裏に勝手に作った隠し部屋に身をひそめたり、もしくは昼寝をしていたり。
そんなことでもなければ、停止していることがほとんどないようなまさにマグロのような二人である。
ゆえに、極限の動体視力を持っていなくてもその姿を視認できるというのは、昼食時などを除いて結構珍しいことであるのだ。
だが、もちろんいくつかの例外は存在する。
首を傾げた騎士団員たちは、彼らの視線の先に麗しの総長補佐官、本年度も元気に踏まれたい上官ナンバーワンに輝いてその座を譲らない魔弾のリグレットその人を見て納得したように頷いた。
魔弾の由来は、士官学校の生徒たちがよそ見でもしていようものならばその場で表情一つ変えずに皮膚すれすれに銃弾を撃ち込むことから由来しているとまことしやかにうわさされるほどの鬼教官は、詰まるところを言えばしつけにももちろん厳しいということ。
...どこかで誰かが言っていた。しつけには愛がなければいけないと。
その点において、リグレットのそれは確かに愛ゆえであることは自明の理であった。
何せ、おはようからお休みまで、挨拶食事に訓練仕事身だしなみからお小遣いに至るまで、彼女の目が届かない場所はないからだ。
いつ仕事していますか?しているんですか?いびられるのが仕事ですか?
なんて、一部お嬢さん方から心配の声が上がっている総長だが、もちろんダアトの治安および世界のパワーバランスとしてのオラクル騎士団をまとめる人材は、ことのほか仕事が多い...ええ多いんですほんとです信じてください...ので、その補佐はそれ以上に忙しいと言ってもいい。
それでも、子供たちの生活はきちんと身守る...否、もちろん口も手もついでに脚もそのうち銃弾も飛び出るけれども...戦うお母さんなのである。
閑話休題。
さて、本日彼女が御立腹なさっているのは、もちろんしつけの一環であることは言うまでもない。
基本的には教育方針は『のびのび育てる』(伸び伸び過ぎるという突っ込みは以下略)である故に、彼女がここまで立腹することはままあることではないのだが、きちんと叱るところは叱る、というのが六神将での教育方針である。
さて、本日の議題は、と言いますと。
「常日頃言おう言おうと思ってはいたけれど...大体お前たちはお金の使い方というものが解ってない!」
どうやら、お子さんの金銭感覚についてのお説教であったらしい。
きちんと教団で働いていれば、給料というものはもちろん出る。
フォンマスター・ガーディアンなどは導師と年の近い少女たちで構成されているから、それこそアッシュたちよりも年下の子供が兵士として働いていることも決してないことではない。
若いうちから給料をもらっていると、やはりその使い道と言うものは、年長者が導いてやらなければ悪い方向に傾きがちだ。
なるほどお母さんは教育的指導をしているのだな。なんて周りがほのぼのしたのはつかの間。
もちろん、そんな予想はcos2πほど別方向に飛んでいくのが六神将クオリティである。
「最近やたら閣下への攻撃がつつましやかになっていたと思えば、その分の資金をどこに使っていた!正直に言いなさい!」
「「「「「「...」」」」」」
あーそうですよねー、叱るのレベル違いますよねー。
通りすがりだったりなんだりで聞き耳を立てていた騎士団メンバーは、とりあえず心の中でがっくりとした。
常日ごろ、子供をきちんとしつけて格好いいお父さんになるためにも、リグレットのしつけを是非参考にさせてもらおうだなんて甘い考えを抱いていた数名は実際に膝をついてほろほろと目から汗をこぼしている。
彼らは甘かったのだ。
何せ、相手は一個小隊など片手でひねりつぶす六神将。
その器の大きさは、良くも悪くも規格外なのだという認識をすっかりと失念していたところが敗因であろう。
確かにリグレットのそれは教育的指導だ。
が、なにか、こう。
一般家庭からかけ離れていることは否めない。
一体、どこの家庭で軍資金レベル(某緑の髪のほほ笑みの人から流れてくる(もともとは、ヒキガエル経由だが)筋のそれの為に、個人で用意するには少しばかり桁がおかしい額という意味で)の金の使用用途について説教をする母親がいるだろうか。しかも元の使用用途から突っ込まないあたりが味噌。
ちょっとばかし捻くれてはいるけれども、某髭総長以外は割と慕っているお子様方は、さすがに本気で御立腹のお母さんに素直に謝ることにしたようだ。
もごもごと声は聞き取りづらいし、きょろきょろと視線は動きっぱなしだが。
「...いやちょっと、その...」
「...最近、小麦粉ぶっかけた後に水適度にばらまくと、死ぬほど粘着して落ちないってことがわかって...はまってたんだけど...」
...ああそう言えば、最近一部区域がやたら粉っぽかったような。
教団内の今週の清掃当番が、お父さんたちに続いてがっくりと膝をついた。
水でぬらせばぬらすほど落ちにくいうえ、乾燥させたらさせたでへばりついて離れないあれを、必死に清掃したのは彼らとラルゴなのである。...あまりにもめそめそえぐえぐ掃除していたところを、不憫に思ったらしい通りがかりの黒獅子は、ひそかにいい人であった。
「あんまり使いすぎて、『食料の値段上がっちゃいます!』って、店のおばちゃんに怒られて...」
ついで、まだそこまで給料の高くない、嫁さんもらいたての若手勢ががくりと膝をついた。
『最近小麦粉の値段が上がっちゃって...悪いんだけど、貴方のお小遣いはカットね』なんて言われて、さくっとささやかな飲み代没収された旦那さんたちの怨嗟の声がうねりとなって響いた。
「「とりあえず、ちょっとマルクトの土地買い占めて、小麦畑でも作ろうかと」」
...。あー...その発想はなかったわ―。
その前に、どれだけの在庫を買い占めたのか、ひそかに気になるところであろう。
そして、もしかしなくとも最近の会議の書類が妙に白っぽかったのはそのせいだろうかと、割と上の方の人たちがひそかにため息をついた。
もしかしたら、最近大詠師モースが2Pカラーみたいに真っ白に染まっていたのも、二人のいたずらに燃え尽きたわけではなく(そこはかとなく否定できない気もするが)物理的に染まっていたせいで有るのかもしれない。
しかしなんというか、使い込んでしまった小麦を得るために、作るところから始めるあたりこの子供たちは大物なのか、天然なのか微妙に突っ込みに迷うところだ。
前者にしても後者にしても、発想と実行のスケールは常人以上であるが。
そろそろ突っ込む気力の尽きてきた聞き耳団員たちだが、もちろん我らがリグレット様はそれくらいで気力が果てることなどあり得ない。
もごもごと何かさらなる言い訳をしようとした二人を、ぴしゃりと怒鳴って黙らせる。
「またディストをだまくらかして農耕譜業まで作らせて!」
手段よりもまず目的に突っ込んだ方がいいような気がするのではあるが、もちろん我らが麗しの副官殿は正しく予想の斜め45度ほどを突っ込んでくれた。
非常に魅惑的な引き締まりを見せる腰に手を当てて、胸を張る仕草は非常に格好いい、格好いいのだが。やっぱり何か叱りどころが一般家庭とずれているようなある意味正解のような。
...とりあえず、また子供たちはあのむやみやたらにスペックが高いくせに全くそうは見えない天才殿をこき使ったらしい...どうりで最近目の下がクマだらけだったなぁ。と一部食堂ですれ違った面々は話題に上った件の人物を思い浮かべてみる。
なんだかんだとこのオラクルの大人たちは天真爛漫(に過ぎる)のこの子供たちを可愛がっているので、甘やかしている人々ばかりなのだ。
「他所の国に土地を買ってもお前たちでは面倒が見きれないでしょうが!まったく、早く返品してきなさい!」
「「はーい...」」
え?!そこは素直に聞いちゃうんだ?!
正座をして一応お説教はきちんと受け止めていたらしいお子様たちは、ことのほか素直に手を挙げて反省の意を示すことにしたらしい。
だがおそらく意地でも総長閣下および大詠師の私室を粉まみれにしたことについては一片の後悔も反省もないのだろうが。...それはそれで、しつけというよりも何か別のところに問題があるような気がするが。
おおよそ、『うちはペット禁止なんだから、そんなチーグルなんて拾ってきちゃだめよ!』『...はーいお母さん、ごめんなさい』というノリだけで見れば一般ご家庭にありそうな状況であるのに、おそらくここに会した誰もが、きっと一生この先目にすることのない説教風景であったことは言うまでもなく。
珍しい子供たちの素直さに頷いて見せるリグレットは、非常に満足げであったものだから、この場において『総長可哀そう...』と呟ける猛者はどこにもいなかったという。
久々に、更新です。
リグレットの口調が良く分からなくなってきたので、早いところ3DSの移植版を期待していたり。
2011/3/10up