なんてことはない非日常
「うーさーぎーおーいしーかのやまー」
「兎って美味しいわけ?」
グランコクマより帰還、たっぷり一週間ほど髭やら髭やらリグレットやら髭やらの説教を浴び続けたルークは、しかしまったくもって飄々としてオラクルを闊歩していた。
まぁ、前もって購入した賄賂もといお土産により早めにアリエッタとシンクの機嫌が回復したので、逃げ回るのに協力してもらえたおかげもある。それと、自分の特務師団の団員たちにも土産を配っておいたので、割とかくまってもらえた。
というか、はじめからそれを狙っていたわけだが。
今日も今日とて兎(ちょこっと野性化したいわゆるモンスター)を大量に総長の執務室に放り込んできたルークとシンク。
一仕事を終えて(あくまで、任務ではない。これは仕事である)ご機嫌に歌を歌うルークに、シンクが怪訝そうな顔をしてきいた。
「...お前、お約束のぼけを」
ルークが半眼になるのはいたし方ないことだろう。だが、どうやら本気で知らないらしいシンクに思わず頬が緩んでしまう。
いつもはどちらが年上かわからないような、やけに大人びたシンクだが、たまにこうして可愛いぼけをかますので弟ってこんなかんじかなぁとか、ちょっとほんわか家族のごとき想像もしてしまうのだが。
「...なんかわかんないけどむかつくのはわかる。...馬鹿にしてるだろ」
生まれて一年に満たないシンクはどうもルークの反応にご不満だったご様子だ。
本気でふくれられる前に(何せ、緩和したとは言えシンクは先の独断旅行が不満たらたらだったのだ。あまり機嫌を損ねてしまうと、髭いじめがやりにくくなる。)、ルークは正解を教えてやることにする。
「兎を追っ掛けたって意味だよ。ちなみに俺は兎の肉は結構好き」
「へー...」
昔のルークと同じ、シンクは憎まれ口はたたくもののちゃんと物事を教えれば素直に吸収する。知ることを嫌がったりもしない。
髭の教育なんぞに任せてられるかとはじめは義務感覚ではじめたシンクおよびアリエッタの教育だったが(アリエッタに関しては、ルークが今までトータルして過ごした年月をもってしてもその年令には追い付かないがそれはしかたないというものだ)、最近ではうっかり抱き締めたくなるくらい可愛いものだから人間どう転ぶかわからない。とりあえず、ガイが昔自分を育てた気持ちはわかるような気がした。
同時進行、さりげなくイオンとも仲がいい。...といっても、はじめはオリジナルイオンとの葛藤に苦しんだ。
間違いなくルークはオリジナルイオンは友達だと思っているから、彼が死ぬことを覆せないということがどこまでも悔しかった。
アリエッタがいきなり豹変した主人の態度になきじゃくるのを宥めながら、そんな資格が自分にはないのも承知していた。
病気という、どうしても覆せないものの前で、ただルークにはオリジナルイオンの手を握ってやることしかできなかったから。
でも、今では彼との思い出ときちんと分けてシンクやイオンを見ることができる。
「...さっきからぼーっとして、なんなのさ」
シンクを眺めつつ、思い出にひたっていたルークを怪訝な声が現実に引き戻した。
「...あ?いや、シンクは可愛いなーって思って」
「はぁ?!アンタ頭沸いたの?」
憎まれ口をたたくシンクをぎゅーっと抱き締めれば暴れるけど、実は彼がそんなにいやがっていないことをルークは知っているから遠慮なしにぐりぐりと頭をなでる。まだ、ルークのほうが体格が少しだけ上だから、先に捕まえてしまえば抱きとめるくらいわけもない。
じゃれるような二人を、生暖かい眼で団員だちが眺めつつ通り過ぎているけれども、誰も「いや、お前ら仕事しろよ」とは突っ込まないあたり平和な騎士団である。(いいのか、それで)
「あー!!シンクだけずるぃーい!!アリエッタも、アリエッタもー!!」
「ちょ、待てアリエッタ、お友達は置いて...ぐぇっ」
通り掛かったアリエッタが、こちらを見るなり突進してきた。大好きなアッシュを取られてたまるかといわんばかりに涙目で必死だ。かなり。
しかも、お友達(フラムベルグ)ごと。
さくっとよけたシンク(おい)はともかく、的になっていたルークはなすすべもなくつぶされる。腐っても師団長、無駄に実力のあるアリエッタの体当たりはなかなかヘヴィーである。
それでも、アリエッタを抱き込んでかばえた辺りはなかなかの反射神経と根性といえよう。
実際、周りで見ていた人間からは感嘆の声と拍手が上がっていたりもするが、正直見てるならお前ら少しは助けろよと思わんでもない。
だが、そこらへん平和な騎士団以下略。
「ぐ、え...あり、えった...おまえもーちょっと、げふっ」
「アッシュ??」
突進、受け止めるまでは良かったが、さらに仔ライガたちがこれでもかとのしかかってきて、どんどん単純計算的にも外見的にも人間の限界に挑戦しているかのごとき絵面である。
小柄なアリエッタがつぶされないように何とか彼女を山の外に出して、そこでルークは力尽きる。ダイレクトな肋骨への衝撃もなかなかのものだった。
「う、腕を上げた...な...」
微妙に師匠のような遺言(いや、死んではいないが)を遺しつつ、魔物の山の下、辛うじて右腕が出るような形で気絶したようだ。
見た目、殺人事件っぽい。ダイイングメッセージでも遺されていそうだ。(いや、だから死んでいないってば)
「あ、アッシュぅうう」
気絶したルークを見て泣きだしそうになっているアリエッタにとりあえず鼻をならしつつ、思いっきりなれた様子で魔物の下からルークを引っ張り出したシンクは、思い切り眉根を寄せて呟く。
「...まったく、お人好しなんだから...」
あれくらいよけられただろうに、よけてしまえばアリエッタが転んで怪我をしかねなかったから(何せ、床は石だから)わざと受け止めたのだろう。
お人よしといえば、ことの張本人であるアリエッタに全てを押し付けて帰っても良かったはずのシンクがアッシュを背負い上げているのも十分お人よしではあるのだけれども、本人にはその自覚はないようだ。
「...あなたたち、ここをなんだと思ってます?」
「保健室」
「ディストの部屋です」
「アリエッタ、貴女は正解ですけど!!シンク!いい加減人の部屋を救護所代わりに使うのを止めてください!!」
かって知ったる人の部屋といった風情で、ノックもなしに入ってきた上さらに勝手にベッドを使ってアッシュを寝かせたシンクとアリエッタに、若干引きつった声で質問したディストに、二人はまったく悪びれもせずに答える。
シンクは不正解、アリエッタは正解ではあるが、二人とも実際の使用方法を間違っているから意味はない。
足元をちょろちょろしていたタルロウ何号だっけかをアリエッタの魔物がちょいと蹴飛ばして大破させ、ディストが金切り声のような悲鳴を上げる。
「うるさいよ。アッシュが寝てるのに」
「...す、すみませ...ってちょっと!!だから人の部屋を保健室代わりにしないでくださいってば!」
「だって、いま総長多分血眼で僕ら捜してるし」
「...貴方達、またやったんですか...」
もはや、日常茶飯事で誰も反応しなくなった髭虐め隊の活動は、一部にはた迷惑なほどの被害を出しつつ黙認されている現状だ。
ちなみに、取り締まっているのは主に被害者本人とその優秀な補佐官にしてみんなのお母さんリグレットだけであるが。おそらく今頃は、ナマハゲのごとく悪い子はいねーがーと部屋をしらみつぶしに調べているところだろう。
騎士団の人員を割こうにも、そこらへんの団員では若年にして一騎当千の実力を持つ師団長など相手にできようはずもない。しかも、たちが悪いことに一部除き(髭とか髭とか髭とか)人当たりのいいアッシュの人気は高いので、皆多少のことなら目を瞑ってしまうのだ。
ちなみに、アリエッタはいうまでもないし、シンクは同志だ。ラルゴは自分の娘に年の近いアッシュたちをさりげなく溺愛しているし、ディストは最初から脅威の認定を受けていない(酷い)。
「...仕方ないですね。ついでにちょっと診断してあげますからどいてください。」
結局のところ、友達の少ない(笑)ディストもアッシュたちには甘かった。昔、一人でご飯を食べているところを誘ってくれたアッシュに懐いたらしいが、なんとも切ない理由である。
研究の手を止めて、棚においてあった聴診器を手にとって立ちあがる。
レプリカである自分達の健康管理を担当しているはディストなので、シンクは素直にベッドの前を空けた。アリエッタも、ちょっとだけ躊躇してから一歩後ろに下がる。
眼を開ける様子もないアッシュを、事務的な動きで診察して、やがてディストは手を止めた。
「過労、ですかね」
「...過労?」
鸚鵡返しに聞き返したシンクに、ディストは聴診器をしまいながら頷いた。
「第一、アリエッタの癇癪に巻き込まれるなんて日常茶飯事でしょう。この間なんて、ビッグバンを喰らってもぴんぴんしてましたよ。...それなのに、今回に限って油断していたとはいっても、これだけ騒いで気づかないのもおかしいと思いましてね」
その前に、問題点は日常茶飯事なのはアリエッタの癇癪なのかビッグバンなのかという点であるが、後者の場合オラクル騎士団は文字通り内部から壊滅するのではなかろうか。
だがもちろん、日常であるからしてシンクも張本人であるアリエッタもそのことなどさらっとスルーしているあたり毒されている。誰か突っ込んでやれといいたいが、生憎とあまりオラクルの上層部にまともな人間はいなかった。
「何で、こいつが過労なんぞになってるわけ?」
自慢ではないが、身長を伸ばすための成長ホルモンは夜に出ているという噂を信じてアッシュもシンクも二人して寝るのが早い。どれくらい早いかというと、「お前達会議を無視して寝るな!!」ともはや涙声の総長が寝室に飛び込んでくるくらい早い。つまりは、普通の人の生活時間帯にはもう眠りについているといっていい。
途中、食事を取るためと髭をいびるためには起きてくるけれども、よほどのことがない限り特務師団長と参謀は夜の出現率がレアモンスター並みであるという。
「知りませんよ。...とりあえず、ベッドは貸してあげますから寝かせておきなさい」
「...ふーん」
「シンク、シンク、アッシュ大丈夫なの?」
「知らないよ。...ああもう、いちいち泣くのよしてくれない?アッシュが起きるから向こういってなよ」
「あ、アリエッタもアッシュと一緒にいるもん!!シンクの意地悪!!」
別名兄弟げんかのような様相を呈した二人は、徐々にヒートアップして非常に低レベルないい争いを繰り広げている。
今のところ、無駄に舌の回るシンクにシーソーは傾いているが、アリエッタの後ろにはお友達が控えているのでこの勝負まだわからない。
...オトモダチが出てきた時点で、口げんかではないけれども。
「...アッシュ、起きてるんでしょう?」
「ばれたか」
しばらくその言い争いをあきれながら見ていたディストが、視線を向こうにやったまま呟くと、目をぱちりと開いたアッシュが舌を出す。
まったく、と肩をすくめたアッシュに、しかしディストはそのまま続ける。
「過労なのは確かですよ。シンクが寝たあとに何をやってるんですか」
「さぁな」
アッシュはまったく答える気がないし、ディストも聞き出す気はない。
基本、ここのおきてはお互いに過干渉をしないということだから。
「この間、私の持ってる音機関の動力源をしこたま持っていったでしょう」
「...あとちょっとしたら返すから。」
「アニスが、トクナガを探し回っていましたよ」
「ちょっと見本に借りただけだから昨日返してきたって」
向こうでヒートアップを続ける二人をそろそろ止めるかと呟きながら、アッシュはディストにだけ聞こえるようにささやいた。
もうちょっとで雛祭りだからな。
...ディストは、正直三月三日はオラクルを離れる決意をしたとかしなかったとか。
えーと。意味がわからなければ説明。
何か、ルークは徹夜をして作っているようですよ。
うちのサイトのディストはそこまでおばかではないのできちんととばっちりを喰らわないように逃げるようです。主に被害者はいつもの方ですから。
2007.02.26up