桃の花言葉
春の、光のどけき日々。
いつになく、さわやかな気持ちでヴァンはオラクル騎士団本部を歩いていた。
ちょうど、教会のほうを通ったときには中庭にも若草のにおいが運ばれ、またどこかやわらかく甘い花の香りもただよい世界が静々と春に向けての準備を行っていることがわかる。
オラクル騎士団総長ともなれば、のんびりと時を過ごすことなどまれで、だからこそこんな風にのんびりと春を思うことが出来たことなど本当に久しぶりだったことに気づく。
足を止めて、足元の花びらを拾えば、ピンクに薄く色づいたそれはまさに春の訪れであった。
いや、あんたが普段のんびり出来ていないのには別の理由があるのでは...
などという突込みがどこからともなく訪れようとも、とりあえず今現在総長は癒しモードに突入している為に効果はない。ちなみに、おそらくは突っ込み元は主に異世界、ぱそこんという箱の向こうにいる人々からだろう。
人のなれというものは恐ろしいもので、一日が始まってもう昼を越すのに何の騒動も起きていないこの状況はむしろ非日常に近い。
普段であれば、朝のルークの暗殺に近い襲撃から始まり(目覚まし)、リグレットの拷問料理につづき(朝ごはん)、ラルゴやディストの首根っこを捕まえて、リグレットと共に職務をこなし(お仕事)、アリエッタのお友達の取ってきた取れたての生肉に引きつり(昼ごはん)、今現在の時間は腹ごなしにアッシュとシンクが何かを仕掛けているはずなのだ。
それなのに、今日に限って静かな朝を迎え、ラルゴの作った朝食を取り、普通に仕事をこなして卵丼を食べ、今に至っているのだ。
そういえば、アッシュとシンクの姿を朝から見ていないし、アリエッタも何故かそわそわしていたけれども。
一日のほとんどの労力をヴァン総長いじめに費やしている参謀と特務師団長だが、なぜか割り振られた仕事はそれなりにこなしている。
それなのに、ヴァンが様子を見に行くと必ずといっていいほど執務室から逃亡しているから、ここらへんもオラクル七不思議にカウントされている。(らしい)
そんなとりとめもない考えに、ふっとヴァンは口元を緩めた。
まぁ、平和ならそれでいい。むしろそれがいい。
午後の執務を始める前に、リグレットとか匿名希望のオラクル団員Aとかから買い取ったMY弟子アルバムでも眺めるかと、平和な想像に胸を躍らせたその瞬間。
つまりは、オラクル本部へと足を一歩踏み入れた、その瞬間。
ヴァンは、その後長く語り継がれる光景を目にしたのだった。
阿鼻叫喚。
そう、何か名前をつければそんなものしか思いつかない。
一歩足を踏み出せば、何かパフのようなものを踏んでさくりと音がした。
そうして、目の前の光景にもう一度目をやる。
...。
ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデはホドの出であり、ホドにはオールドランドの中でも珍しい行事がいくつか残っていた。
そう。それを、ヴァンは知っているし、実際に体験したこともある。
今日の日付を思い出せばウィンディーネガーデン、ローレライ、3の日。
つまりは、三月三日。
それに当てはまり、かつ目の前の惨劇を説明する行事はヴァンの脳内辞書からは一つしかはじき出されなかったけれども、同時に全力で「これは違うだろ!!」とバリバリの突っ込みよろしく叫びたかった。(総長の面目を保つ為に、それだけはこらえたけれど)
悲鳴を上げる騎士団(武装済み)たちを見る限り、彼らがこの行事の趣旨を理解する暇などないことは一目瞭然である。
つまりは、現状を簡単に説明するとこうなる。
微妙に不細工な、しかしどこかで見たことのあるような顔の人形達が、マシンガンのようなものを構えて所構わず打ちまくっているのだ。
パペッターがいないところを見ると、おそらくは中に譜業機械が仕込まれていると考えて間違いない。パペッターの人形であれば、操り主を何とかすれば止められるけれども、これではもはやどうしようもない。
勇気を振り絞って人形に飛び掛った兵士が、人形のやけにふてぶてしい、しかし的確な動きで吹っ飛ばされるのが見えた。...どうやら、接近戦も普通にこなすらしい。
よくよく見れば、人形達の頭とか服とかにやたら見覚えのあるフォルムが存在していてさらにヴァンは顔を引きつらせる。
一番かわいらしい(当社比)人形の頭の上には綺麗なティアラのようなものが載せられていて、そこはかとなく動きが一番おしとやか(当社比)なあたり無駄に業が細かい。
ちなみに、一番アグレッシブな動きをしている人形は、頭に冠を載せ、手にヘラのようなものを持っている奴だ。
「...ま、まさかこれはアッシュたちの仕業か?!」
それ以外に何が考えられるのか、近くにいたオラクルの兵士達はこの総長についていくことにそこはかとない不安を覚えたが、まぁいつものことなのであまり気にしても仕方ない。
何せ、総長のアッシュの可愛がりっぷりは、ヴァン・グランツM説まで浮上させるほどの効力を持っているのだ。(当のアッシュが、すばらしいほどに毛嫌いしているにも関わらず)
総長に憧れて入団してきたものたちの理想を打ち砕く、ちょっとした大人の階段である。(いや、違うだろ)
ずだだだだだだだだ
サブマシンガンを乱射しながら近づいてきた人形に、悲鳴を上げながら兵士達が逃げ惑っているのが見える。...一つ飛んできた弾が頬に当たって、摘み上げて口に入れてみればほんのり甘い。
というか、その菓子自体に記憶がありすぎて、否定したかった要素を肯定せざるを得ない。
「まさか、これは...」
「あーかりーをつけまーしょばくだんにー♪」
ヴァンが正解を言う前に、やたら美声で歌いながらホールにアッシュが登場してきた。
その声をスイッチにしているのか、人形達がいっせいに銃をおろしたので、兵士達はとりあえずほっと胸をなでおろす。これでアッシュたちにまで乱入された日には命がいくつあっても足りない。
ご機嫌な隣には、キモノという民族衣装を身にまとい、えらくご満悦のアリエッタと、対照的に不機嫌のシンクの姿。
「何でボクまでこんな格好しなくちゃいけないわけ?」
「いや、お雛様にはお内裏様だろ」
「アッシュが着ればいいじゃないか。」
「アリエッタ、この、服、すっごく好きです...」
「良かったな、アリエッタ」
「アッシュ、ありがとう、です」
ここだけの部分をピックアップすれば、ほのぼの家族劇場なのだけれども、何せホールには死屍累々と人形達にちぎっては投げ、ちぎっては投げられた勇気ある兵士達の屍が転がっているものだから雰囲気ぶち壊しだったりもする。
この三人のうちだれも、そんなことを気にしてはいなかったりするけど。上機嫌に、アッシュはまた歌っていく。
「御花をあげましょ彼岸花〜♪」
違うだろ。
倒れ付したオラクル兵士たちがいっせいに心の中だけで斜め四十五度に突っ込みを入れる。
「五人囃子の髭ダンス〜♪」
「何か不快な単語だねそのダンス」
「今日は楽しいひな祭り〜♪」
ぷちん。
それまでは三人の会話を聞くにとどめていたヴァンの堪忍袋の緒がぷつりと切れた。
三人の前まで歩み寄ると、生徒をしかる小学校の先生のごとき勢いで言う。
「お前達!!これは断じてひな祭りの正しい姿ではない!!」
いや、そのまえに突っ込むところはいろいろ在るだろう。
再び、倒れ付したオラクルたち以下略。
ヴァンに上背があるぶん、三人はヴァンを見上げる形になるが、見た目不良のごとき目つきで睨んでくる男子二人にこっそりヴァンは泣きたくなった。お父さんはそんな子に育てた覚えはありません!!とか叫ぶと多分全力の否定と共に秘奥儀が飛んでくるのでこらえるけれども。
総長の威厳を損なうことなく、ヴァンは続ける。
「アッシュ!!勝手に銃を改造して雛あられを飛ばすのを止めなさい!あまつさえディストの譜業装置を使ってオートマタを作るんじゃない!」
「うるせぇ、髭。ひな祭りに男が口を出すな」
「...お前も男だろう」
「揚げ足を取るなっつーの。...アリエッタがやってみたいっていうから、ちゃんと『ヒナニンギョウ』だって用意したし、雛あられも作ったし、桃の木も引っこ抜いてきたのに。」
「桃の木は返してきなさい」
段々頭痛がするのを感じながら、ふとヴァンは違和感を感じた。
そもそも、アッシュやシンクがヴァンとこんなに話をするだろうか。普段であれば注意をしても「うるせぇ髭」の一言で消えるので後でリグレットにこっそりしかってもらっているのに。(情けないにも程がある。)
よくよく見れば、仮面をしているシンクはともかくアリエッタもアッシュも顔が赤くないだろうか。手にもたれているコップには、白いにごった液体が入っているけれどもそれはもしかして『甘酒』とか呼ばれるものでは在るまいか。
段々嫌な予感のしてきたヴァンが一歩下がろうとしたところで、にっこりと三人が笑った。
微妙に焦点が合ってない。酔ってる、絶対酔ってる。
修羅場をいくつも潜り抜けてきたヴァンの本能が警鐘を鳴らしているのがわかる。
この場を早く離れなければ、とんでもないことになる。
逃げなければ...。
「ヒナニンギョウ戦隊、一斉射撃、いけー!!!!!」
ろれつの怪しくなった三人の声を皮切りに、停止していた人形達がいっせいに動き出す。
十数体の人形達がいっせいに襲い掛かってるのを、芸術的な戦闘センスでことごとく撃退しながら、とりあえず総長は思った。
やっぱり、まず来年は一からひな祭りを教えるべきだ、と。
次の日、とりあえず食料を無駄にした罰で厨房で皿洗いをさせられる四人の姿が見られたそうな。
ルークは、多分ガイに聞いたんでしょう。
たまには、総長視点で。
今回の最強はちなみに四人に皿洗いを強行した食堂のおばちゃんです。
(食べ物で遊んではいけません)
2007.3.3up