あっしゅ
おれの、おりじなる


叩きつけられた氷の刄をすべて難なく避けきってから、ルークは隣のティアとジェイドに視線をやる。
ティアと、彼女に抱えられていたミュウはどうやら気絶したようだが、胸が上下しているところをみると無事といえるのだろう。ジェイドは、やはりアンチフォンスロットを喰らっていないせいかその動きは微塵も鈍ってはいない。場の様子をうかがう余裕もあるようだ。
ほっと息をついた瞬間、目の前に剣が振り下ろされて半身を引いてよける。
目の前で、自分よりわずかに濃い色の瞳が見開かれたのがわかった。おそらくは殺すつもりで放たれた一撃をこともなげに止められて呆然とした表情がある。
「おまえ...一体」
答えられない、だから代わりにルークは首を横にふる。
それを、どう解釈したのかはわからないけれども、アッシュは馬鹿にされたと取ったのかもしれない。ヴァンから、おそらくはルークが言葉を発せないことくらいは聞いているだろうけれども、彼にとって居場所を奪ったにくいレプリカであることは代わりがないのだから。
「...ここで死んだほうが楽だろうよ、世間知らずのお坊っちゃん」
二撃目が放たれるけれど、今度もさらりとよけた。無駄な動きの一切ないその様子に、一瞬目を奪われたように眼を見開いたアッシュは激しく自らを否定しているように首を横に振る。
まるで、そんなこと、思う自分を許さないかのように。
「...これならどうだ...?エクスプロード!!」
迷いを振り切るような必死な声音は、常にルークの前を歩いていた、大きな背中であったアッシュの年令をうかがわせる苦しみのようにすら聞こえる。
葛藤のような、声。
「!?」
制御を失ったのか、広範囲に及ぶ炎はルークを中心に狙っているものの、明らかにそればかりにはとどまらない。
放たれた炎は、今のルークであれば守護法陣で十分に無効化できるが、ジェイドはともかくティアとミュウが巻き添えを食らってしまう。それくらには、二人は近くにいるのだから。
一瞬の迷いののち、ルークはためらいもなく二人をかばうように覆いかぶさった。
同時に守護法陣を展開、直後、かわしきれなかった炎が髪を焼くいやな匂いが鼻を突く。
背を向けた向こうで、アッシュが息を飲む様子がわかったけれども、ルークには何もかける言葉などなかった。
と。意外な人物の声が、場を支配した。
「...おとなしく捕まりましょう。ですから、場を納めなさい。...あなたくらいの使い手なら、この場で本気で戦えばどちらが勝つのかはわかるでしょう?」
ジェイドが、静かにアッシュに告げる。アッシュは、葛藤に苦しむような表情を見せたあと、兵士達に「つれていけ」と命じた。
...正直、嫌われているばかりと思っていたので、ジェイドがこのような助け舟を出してくれるとは思わなかった。もしかしたら、アッシュとの関係を問いただされるのかとも覚悟していたのだけれども。
ほっと息をついたルークの腕に、ぴりりとした痛みが走った。
顔をしかめてみてみれば、無効化しきれなかった炎に焼かれたのだろう、服におおわれていなかった部分の肌が火傷になっていた。
(やっぱり、俺とおまえは戦わなくちゃいけないのかな...)
その痛みがそのまま、同じひだまりを奪い合う二人のように感じられてルークは泣きそうになるのをこらえる。...いくら、自分が自分だと理解しても、アッシュがルークのオリジナルという事実は変わらない。認めてもらいたい。...そう願うのは罪なことだろうか。
けれども、兵士に武器を奪われて牢につれていかれる途中、ジェイドがルークにだけ聞こえるように小さな声で「無茶をしないでください」とつぶやいたのをきいて舞い上がってしまった自分にあとから恥ずかしさを覚えたのだった。



「腕を、見せてください」
船室に閉じ込められたとたんそんなことをいわれて一瞬ルークは目をぱちくりとさせた。
いままでのジェイドのルークへの態度はいっそひどいともいえるほどだった。
思わずどうしたジェイド大丈夫か頭打ったのかと聞きかけて声が出ないことを思い出す。
この場合、出なくて正解かもしれない。
「無茶をする...直撃すれば腕の火傷だけではすみませんでしたよ。」
とがめるような言葉ではあるけれども、口調はどこまでも涼やかで平坦。だからこそ、ジェイドのいっていることは事実だし、また、彼も無意識のうちであろう優しさだと、わかっている。
部屋には、簡易の救急箱が備え付けてあったので、それをつかって手慣れたようにジェイドはルークの腕に包帯をまいていく。
その横顔の精悍さに、思わず顔を赤くしてしまって、あわててルークはそっぽをむいた。
睫が影を作るのまで見えるのだ。男が男に見ほれてしまっている事実をとりあえず何とかしたかった。
(...は、反則だろ...)
こんなにジェイドの顔が近くにある。そっぽを向いたとて、意識せずにはいられない。
昔であれば口付けをかわすたびにさらに近い位置にあったわけだが、今この程度の距離で心臓が爆発しそうになっている自分にあきれざるをえない。
「...貴方は、なぜそうも受け入れているのですか?」
手当てをしながらの問い掛けに、ルークはきょとんとジェイドをみる。
彼の視線はルークの腕に落とされてこちらをみてはいない。
もとより、ルークがその問い掛けに答えられないのを承知しているからか、ジェイドは返事を待つわけでもなく続ける。
「...貴方は、あるいは私を殺したいほど憎むかもしれませんね...」
呆れたことだが、この時点でようやくルークはジェイドがフォミクリーについての罪に苛まれているのだと気付く。
ルークの中では、もう自分は自分なんだと決着がついた問題なので、すっかり失念していたのだ。
「貴方は、自分が自分でなかったらどうしますか?」
何度か、見た表情。悔いて、けれど罪と向き合う、ルークが大好きなジェイド。
ルークは、ことばを伝える代わりにとんとんとジェイドの肩をたたいた。
言葉を伝えることは出来ない。あのときのように、ただ「大好きだよ」と繰り返すことも出来ない。...だけど、自分はここにいて、ジェイドを好きな心も、ここにある。
それなら、言葉を伝える方法など、いくらでもあるのだ。
こちらを見上げたジェイドに、ただほほえんで首を横に振ってみせる。
百、伝わらなくても、一だけでも、伝わればいい。

俺は、恨んでなんかいない。
憎んでなんかいない。
生まれてきてよかった。
あえて、良かったんだ。
だから、苦しまないで。

それが、ジェイドに伝わったのかどうかはルークにはわからない。多分、伝わってはいないのだろうと思う。けれども、声を失ったとしてもこの人のそばにもう一度いたいと願ったのは自分だ。
だから、何度でも、繰り返すのだ。『言葉』を。


ルークの表情を見上げたジェイドは、その微笑に硬直する。
紅い瞳が、驚きに見開かれて、その唇が音を乗せないまま「まさか」と動く。
そんなはずはない。自分の罪の権化であるだろうルークが、自分を許すはずがない。
よしんば許したとしても、憎まないわけがない。

なのに、どうして、彼はそこまでも幸せに微笑んでいられるのだ?
もしも、ルークが言葉を話せたとしても、ジェイドはそれを理解できないだろうと思った。

二つの意思、それを宿した二つの色。
紅い瞳と、翠の瞳が交わった、その瞬間。

「みゅうー、ティアさん苦しいですのっ!!」
「みゅ、ミュウダメ今いいところなんだからっ!!」
メロンと、メロンにつぶされていたブタザルによって、二人は思い切り決まり悪い思いをするのであった。


主よ、人の望みの喜びよ







オチが...(笑)
アッシュ登場、さてはて、しゃべれないルークですがラブラブ熱視線で頑張っているようです(黙れ)
2007.2.20up