歌え 讃えよ 謳え 空に 祈れ
夢は 幻 夕立の 虹
夢路より 来たりて 旅路へと 進む




今なら、わかる...理解、出来る。
言葉巧みな中に、潜んでいたもの...潜んでいるもの。
ソレが何なのか、『最初の』自分は知らなくて。盲目的に信じて、疑おうともしなかった。
あのころに抱いていた気持ちをそのまま持ち続けることは出来ないけれども、間違いなく最後まで憎むことが出来なかった人では、ある。
「ルーク、どうした?」
包み込むような声、自分を利用しようとしているだけなのだということは理解していても尚、うれしいと感じてしまうのは罪なのだろうか。
ケセドニアに向かう船の上、自分に彼が語りかけてくる真意はわかっていたけれども、自然、頬が緩む。

せんせい

声に出ないまでも、唇の動きで理解してくれたのか、柔らかい微笑と共に、「何だ?」と聞き返してくれるその様が、優しい。
それだけで、嘘とわかっていてもそのままぬるま湯につかっていたくなるのだ。

「ルーク」

と、自分の名前を呼んだもう一つの声に、振り返ればわずか不機嫌そうな赤い瞳。(ソレを理解できるのはおそらくルークくらいのものだろうけれども)
ヴァンに、わずかばかり会釈をして、こちらに近づいてくる。
彼が不機嫌さを表に出すことは珍しいことだ。何かあったのかと首を傾げれば、もう一度名前を呼ばれた。
「ルーク」
少しだけ、語調が強くなった声。
ルークが困ったようにヴァンを見上げていると、構わないと笑ってくれたので、ぺこりと頭を下げて青い軍服へと走り寄った。



ジェイドは、自分らしくない行動に内心焦っていた。
何のことはない、ルークがただヴァンに楽しげに微笑んでいたからというだけで、どうしてここまでいらいらしなくてはならないのだ。
大体、自分の予想が正しければルークは間違いなく自分の罪の象徴ともいえる存在だ。遠ざけたいとは思えども、近づけたいなどと思うわけはないだろう。...それこそ、酔狂だ。
まるで、青二才の嫉妬のようではないか。(思い人が、他の男に笑いかけることに嫉妬をしているようだ)
(ばかばかしい)
心の中で呟きながら、はっと、困ったように自分を見上げてきていた少年に気がついた。
焦っていても顔に出さない技を身に付けていてよかったと思う瞬間である。
「...貴方は、自分が自分でなかったとしたらどうしますか?...以前にもお聞きしましたが、きちんとした答えをいただいていませんでしたね」
自分でもあきれるほどに、いいわけじみた言葉。
これでは、間に合わせの理由であることなどバレバレではないか。普段の自分なら、少なくとももっとうまく嘘をつくことが出来ただろうし、もっとましな理由を用意する事だって目を瞑ることよりも簡単だったはずなのに、どうしてだかこの少年を目の前にして何かうまい言葉は浮かんでこなかったのだ。
だが、幸か不幸か、ルークはジェイドの質問に疑問を持つこともなく真剣に考えてくれているようで、うれしいのか情けないのか、とりあえずジェイド自身もよくわからなくなってきた。
ルークは、しばらく首を傾げたあとに、ジェイドの掌をそっと取った。
小柄な少年が少し下を向いたおかげで、長い髪がさらりと首をすべりうなじをのぞかせ、そのことに思わずジェイドは息を呑む...陶器のように滑らかな肌は、まるで貴婦人のそれ。...雑念を払うために、ジェイドは少し視線をそらし、掌の感覚へと集中した。

「『俺は、俺以外の何者にもなれない。俺には何もないけど、俺には俺がある』」

どこまで、この少年は知っているのだろうか。思わず、許しを請いたくすらなる。
そして、間違いなくこの少年は許すのだろう。そういう、直感めいた予感がする。

「『俺が、俺でなくなるのは、俺が消えるときだけだ』」

一つ一つ丁寧にフォニック言語を綴ったルークは、少し疲れたように息を吐いた。
ありがとうございます。と小さく礼を言ったジェイドに、ふわりと微笑むさまは年齢よりもどこか大人びてさえも見える。
「ルーク、貴方は...」
―――自分が作り物だということを、知っているのではないですか?
続けようとした言葉を、ジェイドはすんでのところで飲み込む。いったところで何になる。

あぁルーク、お伝えしなければなりません!!あなたの命は偽物です。

...その言葉は、真実であったとすればただ少年を蝕む毒にしかならない。そうして、その毒を与えたのが目の前にいる自分だと知られたときに、この少年は一体どれだけの憎しみを自分に向けるのだろうか。
(らしくありませんね...)
数多くのレプリカたちを手にかけ、何度も作り、殺してきたこの自分が、いまさら何を恐れるというのだろうか。
そうして、その手がこの少年に向かわないと、誰が断言することが出来るだろう。
きょとんとした、緑色の瞳には邪気などは一切なく(それは一度剣を持ったときのルークの姿とは似ても似つかない。)、ジェイドの内心など知らずににこりと笑ってばかりいる。
顔にかかった前髪を払ってやれば、ぱっと顔を赤くして、ぱくぱくと口を開いて「あ・り・が・と・う」と伝えてくる。...まるで、鳥の雛のようにすら見えてかわいらしいのだと思ってしまって、思わずジェイドは頭を押さえた。
(私もとうとう、焼きが回りましたか...)
「ありがとうございました。...では、ヴァン謡将によろしくお伝えください。」
それなりの理性を総動員したつもりなのに、最後の最後皮肉が混ざってしまった自分にはもう笑うほかない。
おそらく、こちらの意図も内心もかけらも理解できていないであろうルークがきょとんとしたままこちらをみていたけれども、ジェイドはそれ以上振り返ることもなく船室に戻ることにした。



「ご主人様?お顔が赤いですの?」
「!?」
なんとなく、もう一度甲板に上がってみたその途端チーグルにいわれた一言で、ルークはあわてて顔を手で覆った。
周りに人影はなく、潮風ばかりが通り過ぎていくのみ。
(ジェイドの奴...反則だろ...)
いつも理性的な大人の癖に、時折見せる不安げな表情。
不覚にも可愛いと思ってしまった自分がいるから、救いようがない。


夕顔に祈る月下美人







たまには甘く。
すれ違いラブ。そして良く見ればただのバカップル。
この場合師匠はただの当て馬、そしてガイ様華麗に登場無し(笑)
2007.3.29up