やってくる
自分の罪の象徴が
そうして繰り返す、罪の証が
やってくる
避けようもなく、目前に。
「...なーんか、やな感じですよねぇ」
隠すこともなく、思い切り顔をしかめて、大きな声で言うアニスを表面上ではガイがとがめてはいたが、ティアもナタリアも当然だという顔をしたまま何も言うことはなかった。(言葉には出していないが、表情が言葉以上に雄弁に語っている。)
その言葉を向けられた先の当の本人は、全くそれに気づいた様子も見せないままあらぬ方向を向いている。...それが、さらにアニスのイライラを増徴させて過熱させていくのだが。
「何か、こっちが話しかけてもぼやーっとしてるし。...言いたいことがあれば言えばいいのにー」
隠すこともなくルークのほうをちらりと見て、うんざりとした表情でアニスは言った。
子供の吐く棘は、良くも悪くもどこまでもまっすぐだ。
たとえそれが、物事の表面しか捉えていない稚拙なものであったとしても、大人のそれよりも確実に人の心をえぐる。
アクゼリュスのための親善大使として任命されてからのルークは、確かに時折ぼやっとすることが多くなった。
最初は、寝不足で疲れているのか。位にしか思われなかったのだけれども、アクゼリュスが近くなるにつれそれはどんどん酷くなる。イオンの体力も考えずに突き進んだり、逆に立ち止まってしまって隊列を乱してしまったり。
加えて、普段であればともかく、行動中や戦闘中に話すことの出来ないルークが意思を伝えるということは出来ない。呼びかけられても、返事をすることも出来ないために、ともすればただ無視しているようにも取られてしまう。普段であれば考慮されていたけれども、イライラの溜まっているときにはそれすらもフラストレーションの原因になってしまうのだ。
少しは弁解すればいいものを、ルークはそうやって何かを言われるたびに困ったように笑って後ろに下がってしまうので、アニスたちのもやもやも晴れることはなく溜まってしまうのだろう。そうして、それが悪循環で繰り返される。
「...そろそろ、休憩にしましょうか」
一人、全くその険悪ともいえる雰囲気を意に介した様子もないジェイドが機械的に告げた。
そこで、うまくテンポを崩されてしまったアニスは不満そうに唇を突き出したけれども、一度口を閉じてしまったことにより感じたぎすぎすした空気に少し尻込みをしたようすで、さっとイオンの手を取ると少し離れた場所にさっさと陣取ってしまった。
アニスほど露骨ではないけれども、微妙な視線をちらりとルークに送って、ティア、ナタリアもアニスたちのほうへと歩いていく。
「...まぁ、その、なんだ。お前も、少し大人になったほうがいいぞ」
言いにくそうに、ぽんぽんとルークの頭を叩いて、ガイも向こうに行ってしまう。
ジェイドは、とうにちょうどいい場所を見つけて武器の手入れを始めていた。
そうして、ルークはミュウをかかえて少し離れた場所に座る。最近は、それが休憩風景となっていた。どちらから先に離れたわけでもなく、もしかしたらどちらもが最初に離れ始めたのかもしれない。過去(といっていいのかは判らないけれども)のルークとは違って、決定的に仲間達を突き放してしまったわけではないけれど。
どちらにせよ、ルークは間違いなく孤立していた。
「ご主人様、どこかいたいですの?」
ぼんやりと、膝をかかえて座っていると、膝と一緒にかかえていたチーグルが心配そうにルークの顔を覗き込んでいた。
大丈夫だよと笑って、毛並みをなでてやるとくすぐったそうにみゅうと鳴く。
そうして、少し遊んでやりながら、ルークは心の中だけでため息をついていた。
(もう、随分強くなれたと思ったのになー)
この世界を、崩落の危機という問題に直面させるにはどうしてもアクゼリュスを避けて通れない。...わかっている。そうして、それは再び己のかかえるべきである罪であることも、もうルークはずっと、わかっていた。
そうして、この先自分が歩むべき道も、わかっていた。
それなのに。
どうしても、怖くなってしまう。けれども、急がなくてはアクゼリュスは崩落してしまう。
その、相反する思いに駆られるたび、意思に反してルークの身体は勝手に動くのだ。
逃げたいと、願う心の奥底の無意識の力によって。
ルークは、手近にあった木の枝を拾うと、ミュウにも見えるように地面に文字をつづってゆく。
「『おまえは、むこうに、いってろ』...イヤですの!僕は、ご主人様と一緒がいいですの!」
イヤイヤと、首を振りながらすがり付いてくるチーグルの子供を、苦笑しながら抱き上げてやる。この小動物は、どうしてこうもウザくて...暖かいのだろう。
七年前、自分がこの世界に存在を始めてからずっと覚悟をしてきたことだというのに、この暖かさに触れるとどうにも決意が揺らいでしまう。
ふぅっと。ルークの口からため息が漏れた。
と。
急に、日が翳ったような気がして首をかしげる。
今日は、雲ひとつないとは言わないまでもかなりの晴天だったはずだ。...にわか雨だろうかと、顔を上げて。
そうして、しばし硬直した。
「ルーク、隣よろしいですか?」
そこには、食えない表情をした眼鏡の軍人の姿。
反射的に逃げようとして、するりと逃げ道をふさがれる。適当に太い木を背もたれにしていたのがまずかった。さすがに、背を向けて逃げ去れば大騒動になりかねない。
仕方ないので、ルークはぽんぽんと自分の隣を手で叩いて、ジェスチャーをする。ミュウを抱きながら少しつめると、ジェイドはルークの隣にすとんと腰を落とした。
正直、ジェイドはルークが苦手だった。
この若さで大佐まで難なく上り詰め、おそらくは望んでいれば大将の地位さえも不動のものであっただろうとささやかれるほどだ。今更、人間関係で遅れを取ることはないし、ありえないという自負もある。
それほどの自分が、どうして貴族で、温室育ちのはずのこんな子供に苦手意識を感じてしまうのか、疑問ではあったが任務の為には自分の好みなど関係はしない。
いつもどおり、適度に距離をとり、機械的に任務をこなせばいいだけだ。
...けれども。
ルークを相手にしていると、気づけばその『機械的』の部分が崩れそうになっている。らしくもなくイラつきを覚えたり、気になってしまうことなど任務中には絶対ありえないことだった。
アクゼリュスの親善大使にルークが任命され、それに同行することになってから、ルークの不可思議な行動が目立つようになり。
明らかに仲間内で孤立していくルークを見ないようにしていたはずなのに(もちろん、任務なのだから要人の護衛としての最低限の役割は果たしているが)、気づけはルークの隣に座っていた。
居心地悪そうに座りなおすルークを横目で眺めて、また自分の中にイラつきが溜まるのを感じる。
(何故だ...?関わらなければいいだけでしょうに)
自分でも分析できない行動に、疑問は募るばかりだ。
「ルーク、貴方は何か私達に隠していませんか?」
問えば、びくりと肩をゆらして視線をそらしてくる...この上なくわかりやすい。
わかりやすいのに、ジェイドには全く彼を理解できない。
重鎮と呼ばれる古狸たちを相手にしても読みに引けをとらないはずなのに、どうしていいのか、全く判らなくなるのだ。
傷ついた子犬のような有様の少年に、自分は一体何が出来るというのか。
「ルーク、貴方は何か私達に隠していませんか?」
そう、問いかけられてルークは思い切りどきりとした。
あの、赤い瞳にルークは一度として勝てたためしがない。...もしも、自分が言葉を話すことが出来たならこの時点で洗いざらい話してしまっただろう。
真意を探るようにそろりと隣を見れば、ばちりと赤い瞳とかち合ってしまった。
ぼっ
音が出るような勢いで、顔が赤くなるのがわかる。
...どうして、好きな人が隣にいるというだけでここまで鋭敏に自分は反応してしまうのだろうか。状況も忘れてうれしくなってしまうのだから、どうしようもない。
「...話す気はなさそうですね。...では、一つだけ教えてもらえませんか?...貴方は、アッシュを、知っていましたね?」
ジェイドの瞳に、赤い炎がちらりと走るのが見えた...こういうときのジェイドは、絶対にルークの心の奥底まで暴くのだ。そうして、隠すことなど出来ない自分がいるのも、わかっている。
だからルークは、その炎から逃げるように視線をそらした。
生まれたときから罪にまみれてしまっているルークには、その苛烈な炎はアポロンの業火にも等しい...肌を焦がすような灼熱が痛い。
「旦那―、ルークー、そろそろ出発しないか?」
と、向こうからガイが呼びかけてくるのが聞こえた。
幸いとばかり、ルークはばっと立ち上がり。
駆け出しかけて、振り向いてそっと、ジェイドの手を取った。
そうして、一言だけ書き綴る。
ご・め・ん・な
そうして、足早にルークが去ったあとに、世にも珍しい硬直した死霊使いの姿があったのだけれども、不幸か幸いか誰の目にも留まることはなかった。
夜の国への行進曲
どうしてこう、私の書くジェイドは微妙にヘタレなのでしょうか。
十代の子供に振り回されている三十代はダメですか?
2007.5.13up