暖かい場所を願うことは、罪ですか?
不幸であることが、罰ですか?
「ルーク、いつまで寝ているつもりですか?」
...眩しい。
ぼやーっとする頭で、ルークはここがグランコクマのジェイドの屋敷であるということを理解した。ベッドも、白い天井も、見慣れたそれであるから。
そうしてどうやら自分はそこのベッドに寝かされているようだった。ふかふかとした布団がまだ眠気を誘うためにもう一度目を閉じそうになってしまうが、隙のない笑顔を見せるジェイドがそれを許さないことも理解している。
だから、ルークは何とか自分の体を起こした。
大好きな恋人は、二人の時には大人気ない我侭を言ってくることを知っているから。
ジェイド、と名前を呼ぼうとして、自分がその名前を呼ぶための声を失っていたことを思い出す。
そうだ、自分はグランコクマなどにはいなかったはず...どうして、ここにいるのだろう。
夢であるようにも感じた。
...自分は、アクゼリュスを、また...。
覚醒してきた頭には、超振動を使った生々しいまでの感覚が刻み込まれていて。
だからこそ、ルークは余計に混乱した。
「何を真剣な顔をしているのです。あなたがまじめに悩むなど、今日は雨でも降るのではないですか?」
しかし、目の前にいるジェイドはルークが以前に知る『ジェイド』である。
やわらかい瞳も、その名前の呼び方も、たとえ時間のたった今でも忘れることはない。
(どう、して...?)
「ルーク、どうしたのです?」
大きくて、少し低い体温の手が、ルークの額に触れる。
それが、ルークがずっとずっと欲してきたものであると真実悟り、涙がぽろりと緑の宝石の淵からこぼれおちた。
ずたずたに切り裂かれた心が、それだけで癒されていくのを感じながら。
「じぇ、いど...」
思わず、その名前を呼んではっとする。
喉を押さえて、もう一度こわごわと口を動かしてみた。
「ジェイド、ジェイド、ジェイド...?」
確かに、自分ののどを震わす感触が手を通して伝わってきて、そのことにまたルークの瞳からはあふれたものが零れ落ちる。
「何度呼べばいいんですか?本当にどうしたんですルーク、具合が悪いのなら医者を呼びましょうか?」
心配そうに顔を覗き込んでくるジェイドは、まるでルークが声を失っていたことなど知らなかったかのようだ。確かに彼は、自分の内心などまるで顔に出すことはないけれども、ルークには彼が本当にそのことを知らないのだというように感じた。
「奇跡に近い形でエルドラントから帰ってきた貴方です...もしかして、まだ体に負担があるのかもしれません。サフィールに検査させましょう」
「え...?」
エルドラントから、戻ってきた。
そんな記憶は、ルークにはない。
だけれども、この心地よい空間にあるとそれはだんだん本当のことのように思われてくる。
だって、ここにはジェイドがいる。
そうして、自分は消えずに、生きている。
それはどこまでも幸せなことだろう。自分が、どれだけ願ったことだろう。
ありふれた、ごくごくありふれた、どこにでもあるような平凡な幸せ。
そうであるならば、これがきっと現実なのだ。...きっと今までのことは、悪い夢か何かだったのだろう。
ルークの心を読んだかのように、ジェイドは穏やかな声で言ってきた。
「嫌な夢でも見ましたか?そんなもの忘れてしまいなさい」
囁くような言葉に、ルークは段々自分の意識があいまいでぼやけてくるように感じた。
赤い、赤い瞳はルークの大好きなジェイド。
そう、ルークよりもずっと大人で、とても頭がよくて、そうして少しだけ不器用で。
そう、自分はこの人のそばに帰ってきたのだ。もう、何も苦しいことなんてないのだ。
やっと、胸につかえていたものがとれたような気がして、ルークはほっと息をつくとジェイドにもたれるようにして笑った。
ホントウニ?
「...え?」
ホントウニ、ソウナノ?
「誰だ?」
「どうしたんです?ルーク」
ホントウニ、ソレガオマエノノゾンダモノ?
「誰かが、俺に、話しかけて来るんだ」
「そんなものは誰でもいいでしょう。もう、あなたは何を心配することもないのですから」
急に痛み出した頭に顔をしかめたルークに、変わらずやさしい声でジェイドがささやいた。
けれども、それに急にルークは違和感を感じる。
本当に、これがルークの好きなジェイドだろうか。
だって、ジェイドは確かにやさしいけれども、ちゃんと現実に向き合って厳しいところもある。
だからこそ、自分はあの旅の中で変わることができたのだから。
この目の前にいるジェイドはジェイドであって、『ジェイド』ではない...
うまく表すことができない違和感が、体中を支配して満ちる。
オマエハ、ナニヲノゾンデ、ナニヲシタ?
「...そうか、おれは...」
「どうしました?ルーク」
顔を覗き込んでくるジェイド...いや、ルークの幻想の『ジェイド』に、ルークはようやっとまっすぐにその瞳に目を合わせた。
赤い瞳に、自分の緑の瞳が映っているのが、見える。
今度は、はっきりと声を出して、告げることが出来た。
「ごめんなジェイド、俺、もう行かなくちゃ」
さよならの言葉。
それを聞いたジェイドの顔がほんのわずか歪むのをみて、ずきりと胸が痛むけれども。
「...必要ないでしょう。どうしてあなたはまだ傷つかなくてはならないのですか?」
「それでも、それが俺の選んだ道だから」
逃げることも、曲げることも許されない。それが、ルークの選んだ道だから。
罪を背負うことも、苦しむことも悲しむことも全部ルークのものだ。
だからこそ、ルークは大好きな人の目を、まっすぐに見ることができると思うから。
「だから、ばいばい、ジェイド」
そう、別れを告げると、ジェイドの瞳はまるでガラス玉のような色をともした。
けれども、やがて彼はそうですか。と呆れたようにため息をつく。
「わかりました。...本当に、あなたは要領の悪い子供ですね」
「要領悪くて悪かったな」
「仕方ないですね...ではせいぜい、また馬鹿をやってきなさい」
「ひっでーな」
「年寄りは若者をいじめるのが楽しみなんですよ」
「...若作りのくせに」
「おや?耳が遠いせいで聞こえませんね」
だんだん、自分の腕が透け始めているのをルークは感じていた。
覚醒が近いのだろう、漠然とそう感じるから、せめてルークは自分の作り出した幻想のなかだけでも、大好きなその名前を繰り返す。
「ジェイド、ジェイド、大好きだよ」
「知っています」
「ジェイド、ジェイド、ジェイド」
意識が、だんだんぼやけてくる。
「じぇい、ど...」
最後に、ジェイドが苦笑しながら、自分の名前を呼んだような気がした。
仮初のティータイム
閑話?って感じで。
珍しくルークとジェイドの会話のテンポが速いなと思ったら、ルークがしゃべってますね(笑)
ちゃんと次からは本編に戻ります。
2007.7.3up