大丈夫、もう迷ったりしない。
俺は俺として、最後まで生きてゆく。



目を覚ましたその時、すでにルークはタルタロスにいた。
誰かが(おそらくはガイだろう)運んでくれたのだろう、兵士用ではあるがきちんとベッドに寝かせてくれたらしい。
夢を、見ていた気がする。
それはとても幸せで、暖かい夢であったように、おぼろげに思い出せる。胸に手を当てると、そこがふんわりと熱をもったように感じられる。
(大丈夫、俺は、最後まで)
体を起こすと、ミュウが潰れたような声をあげて転がり落ちた。拾い上げてやると、すさまじい勢いで飛び込んできてちょっとルークは殺気がわく。けれども。
「ご主人さま!!目を覚ましてくれて、ボクうれしいですの!!」
その一言で、怒る気力は九割がた失せてしまった。
どうしてこう、このチーグルはかつてと何も変わらず、暖かくて優しいのか。...もう、かつての自分を知らないはずなのに。
「ボク、皆さんを呼んでくるですの!!」
やめてくれ。
ミュウがあの時と変わらず、自分を思ってくれていることをうれしく思う反面。
また、あの時と同じように仲間たちに見放される時が来たのだと思うと、自分の選んだ道だとわかっていても、怖い。
駆け寄って、ミュウをとどめたい衝動には駆られたのに、下半身が全くと言っていいほど動かない。...感覚があるということは、恐らくは超振動を無理に使った反動が一時的にきているのだろう。
せめて、あの大きな耳でもつかんでやろうとのばされた腕は、しかし、届くことはなく空を切る。
呼び止める声を持たないルークは結局、中途半端に腕を伸ばした形のまま固まっただけだった。


「...取り返しのつかないことになったわ」
ルークの寝かされていた部屋に集まった仲間たちの中で、あからさまな侮蔑の視線を向けながら最初に口を開いたのはティアだった。
アニスも、口は開かないものの、明らかにティアの言に賛同するように大仰に頷いて見せている。(ミュウを抱いたまま、ただまっすぐに目の前の仲間たちに顔を向けているルークをみて、すこしたじろいだようだったけれども。)
「不幸中の幸いで、多くの人は残った大地にいたから助けることもできたけど、少なからず犠牲は出たし、何よりアクゼリュスの人たちは故郷を失ったのよ!!」
ティアの悲痛な声は、自分の過去と重ねてことだろう。(彼女は生まれて間もなく、超振動によって故郷を失ったのだから。)それがわかっているから、ルークは何も反応することをしなかった。...できなかった。
かつてのように、俺は悪くないんだと叫ぶことはたやすい。でも、できはしない。
ルークは、考えられる中で最善の策を取ろうとした...けれども、犠牲になった人がいることは確かだし、仲間たちに何も告げることもなかったのも確かだから。
決して、皆から視線をそらすことなく前を見続けるルークに、少しだけ気圧されたような表情を見せるけれど、人数が多いという集団心理に任せて、アニスが続けた。
「最低!あんたなんか、そのまま落ちちゃえばよかったのに!」
アニスが言った言葉は、昔と同じにルークの心に突き刺さる。
「...例えどんな理由があったとしても、王族としての務めを果たさず犯した罪は重いものですわ」
「あまり、俺を失望させないでくれ...」
ガイさえも、こちらに向けてくる言葉はオブラートに包んではいるが、断罪の言葉。
ジェイドだけは、何を話すこともなくただ、眼鏡をおさえて温度のわからない瞳でこちらを見ているだけだけれども。(それでよかったと、ルークは思った。ジェイドまでにも、この場で断罪されれば自分の心はもしかしたら壊れてしまうかもしれないから。)
「ルーク、あの...」
それまで、アニスにかばわれるようにして立っていたイオンが、何か言いたげに口を開いた。けれども、すぐにアニスによって遮られてしまう。
「イオンさま!!こんなやつのそばにいると馬鹿が移ります!早くいきましょう」
そのまま、ぐいぐいと押し切られるようにイオンの姿とアニスの姿は部屋の中から消える。
内心、そのことにルークはほっと息をついていた。(それでいい。イオンは巻き込まれただけで、何一つ関係などしていないのだから)
言いたいことは終わったとばかり、ナタリアも特にルークに言葉をかけることもないまま、扉を出て行ってしまう。そうしてそれにガイも続く。
「少しでも、あなたにいいところがあると思った私が馬鹿だったわ」
振り向きざま、吐き捨てるような言葉を残して、ティアが踵を返し、廊下をたたくピンヒールの音が遠ざかってゆくのがわかった。
状況は多少違えど、やはり『また』ルークは皆に捨てられる...今度は自分で選んだ結果なのだと言い聞かせてみても、心が痛い。
ずきずきと、痛む心臓をわしづかむようにして、ルークはただそれに耐える。
(だめだ、おれには、きずつくけんりなどない)


そうして。
残っているのは、ジェイドとミュウだけ。
先ほどから変わらない温度のない色の赤が、ルークを映すのが見える。
だから、ルークもその、赤い瞳をまっすぐに見つめた。

そらすことなどしない。以前のように、逃げることもしたくない。

たとえ見限られても、この人を裏切るような真似だけは、したくない。



箱庭育ちの御坊ちゃまであるのなら、取り乱して泣き叫ぶ(声は出ないのだから、叫ぶことはできないだろうが)くらいはするだろう、と思っていた。
実際、いきなり降下した大地に、助けられたアクゼリュスの民たちはかなりの人間が一時恐慌状態に陥ったほどだ。...その状態を招いた彼が耐えることができるのだとすれば、すさまじいまでの精神力か現実逃避かのどちらでしかない。
けれども、ジェイドの頭のどこかの部分が予想していたように、ルークはジェイドが視線を向けてもまっすぐにこちらを向いたまま、そらそうともしない。
その碧に浮かぶ光は、愚かにも師匠を盲信したままアクゼリュスを落とした馬鹿な少年のものではありえない。それは、自らの罪すらも受け入れた、強く眩しいほどの光。
その光に半ば誘われるかのように、ジェイドの口からするりと言葉が漏れた。
「すぐにユリアシティという街に着きます。...外殻にアクゼリュスの民を送り届けるためには、不本意ですがあなたにも協力してもらいましょう」
仲間たちがここを離れるまで待った意味はそこだ。おそらくは、自分らしくないとさんざん糾弾されたことだろう。...自分でもそう思う。自分は誰にも深入りせず、傍観者に徹するべきであるのに。
自分でも首をかしげたくなるその誘いの言葉に、けれどもルークはゆるく首を横に振った。
驚くほどに穏やかに差し伸べたはずの手をはじかれたようで、少しだけジェイドは目を細めた。
(やはり、私の買被りか...?)
確かに、アクゼリュスでこそ住民の避難に手を貸すことはなかったけれども、決して今までのルークの行動を見ている限り彼は利己的というわけではない。
むしろ、ジェイドの予想が正しいのなら、ルークはここで頷くと思っていた。
「...そうですか。まぁ私も、是非に貴方と行動を共にさせていただきたい訳ではありませんからそれで構いませんがね」
どこか期待を裏切られたような気がして(自分がだれかに期待するなど、自分で思っておきながらありえないと思ってしまう)、自然言葉は冷たいものになる。
その言葉に捨てられた子犬のような表情をするくせに、こちらから少しも目をそらそうとしない子供の視線はしかし、どこかで引っかかりを持つのだけれども。
ともあれ、これ以上ここにいる必要がなくなった。
振り返りもせずに扉を開けて、未練のような小さな棘を振り切るようにして部屋を出た。

(わたしは、なにを、わすれている?)



もう一度この場所から




...難産です。
実は、七回ほど最初から書き直したにも関わらずしかしこれでも納得のいっていない展開。
書きたい場面なはずなのに、かけないのが悔しいですねー。
たぶんこれ以上いじるととんでもないことになりそうなのでいじりませんが。
気になってるくせににぶちんな三十路、萌―(笑)
2007.8.17up