髪を切ることはしなかった...否、できなかった。
あの時と同じ決意を今することはできなかったから。
ルークはすでに罪を『知って』いた。それゆえに、背中に届くほどのグラデーションの髪はむしろ己の罪の知覚ですらある。
あれからアッシュが乗り込んできた直後に、情けないことにルークは気を失ってしまった。
代償のない軌跡は、ほとんどの場合存在しないことをルークは知っている。...おそらくは、無理に使った超振動の代償だろう。
手の先が透けることの無かったことが、まだ幸いか...本当であれば、検査くらいはしたほうがいいのかもしれないけれども、そんな暇もないしそんなことをする気もなかった。

少し足に力を入れれば、今度はふらつきながらもちゃんと地面を踏みしめることが出来てほっと息をつく。ここで動けないようなことになれば、ルークがこの世界で生きながらえたことが無駄になってしまう。
どうせなくなるはずだった命だけれども。
枕元にあった荷物を背負うと、見慣れた青いチーグルの姿がない。今度こそミュウにまで見捨てられたかとため息をつく。(風の音素すらも存在しないクリフォトの大地のどこか澱んだ空気が、動くのを感じる)
(まぁ、仕方ないかな)
もしここに、『ナタリア』がいたら、凛とした叱咤をくれただろう。
『アニス』や『ガイ』なら、笑いながらぽんと背中をたたいて。
『ティア』はわかりにくくも、彼女なりの精一杯で励ましをくれて。
『ジェイド』なら、「ばかですねぇ」といいながら頭を小突いてきたかもしれない。
でもここには、ルークしかいない...いないのだ。
あの時と同じルークではない限り、ルークの行動はもはやただ記憶にある未来をなぞることなどできはしない。(握った手のひらに、爪が食い込んで皮が破れた)
崩落と、レプリカ計画。
できるだけそれを食い止め、皆が苦しまずに済むようにしなくては。
エゴだとわかっていても、あの一万のレプリカたちが生まれずに済めばいいと願わずにはいられない。
祈りにも近い願いを心に載せながら、今度は一人で、ユリアロードの紋章を踏む。
(...いかなくちゃ)
一人だという現実に一瞬くじけそうになりながら、けれども踏ん張って音素を解放する。
光に意識が飲まれる直前、なにやら道具袋が動いたような気が、した。




「ご主人様、どこにいくですの?」
「?!!!!」
ユリアロードを抜けて、とりあえずは港を目指すべく歩きだそうとした途端に、道具袋から聞きなれた声。
驚きすぎて、袋ごと落としてしまってぼよんと袋がはねた。多分、中身が「ミヴゥッ?!!」という、若干普段の声からはかけ離れたものを発したのも聞こえた。
具体的には、蛙とか蛙とか蛙とかがつぶれたような音。
(ああ、こいつやっぱり馬鹿だよなぁ...)
そんな風に思うと同時、自然と頬が緩む。
あのときの自分でさえも、見放そうとはしなかった存在だ。...なんだか、今まで張り詰めていた自分が馬鹿のようにさえ感じてきてルークは思わず笑ってしまう。
四苦八苦して自力で袋を抜け出してきたチーグル...ミュウは、なんで笑われているのかをよく理解できずにきょとんとしていたが、やがてつられたかのようににこりと笑って見せた。
「ご主人様がうれしいなら、ボクもうれしいですの!!」
その上の、力説。
脱力。道の真ん中だとは理解していても、力が抜けて立ち上がれない。
へたり込んで笑い出したルークを、元気になったのだと理解したのか、ミュウは喜びながら周りを飛び跳ねた。その色と同じ空を見上げてみれば、先ほどの悲壮感などまるで馬鹿みたいに消えていく。
(うん、頑張ろう)
ぱしっと、ほっぺたを自分ではさむように叩いて、気合を入れる。
逃げないという決心は変わらないけれども、少なくとも今、自分は一人なんかじゃない。
時空を越えた、とかそんな話は馬鹿らしいけれども、まるでその言葉を当てはめてもいい気がしてくるほどに純粋に自分を慕ってくれるミュウがいる。
「ご主人様、どこに行くですの?」
袋状の耳を地面にくっつけるほどに首を傾げて行われたもう一度の質問に、どうやって答えようとしばし思案し、地面が土であることを思い出す。
手ごろな枝でも探せば、十分メモの代わりになる。小さなミュウでは、手のひらに文字を書くというわけにはいかないし、旅の中で使っていたメモはもう一杯になっていたから、今ちょうど会話の手段がないのは確か。
妙案だと思って、枝を捜すためにきょろきょろとあたりを見回しても、なかなか見つけられない。
周りをみて、誰もきていないのを確認して、しゃがみこんで手ごろな石か何かが転がっていないかと探していると。
ちょいちょい。
視界を動くのは、ちょうどよさそうな大きさの小枝。
青い手がそれを掴んでいるように見える...ミュウだろうか?
取りあえず見上げてみて、かっきり三秒。
見慣れたメガネと軍服と、呆れたような顔に、とりあえず今度こそ、ルークは思考することを完全に手放した。



ひとりではない、ふたりでもない




たまには、ギャグチックに。(というか、ほのぼの?)
短いのですが、どうしてもガイじゃなくてジェイドに迎えに行かせたかったんですぎゃふん。
何でジェイドがあの流れから迎えに来たのかとかは、次回で。
2007.10.14up