舞う白、積もる黒


(しろい、なぁ...)


雪に閉ざされた街、ケテルブルグ。
タルタロスの整備の為に訪れたそこで、記憶とたがわずしんしんと降り積もる其れを見上げているうちに、まるで空に吸い込まれていくような感覚を覚える。
手を伸ばしていれば、いつか、雲の上にさえ届きそうな、そんな。
静かな雪は、ただ喧騒すらも飲み込んで、一時全て忘れさせてくれる。だから、ルークは静かに、空を見上げていた。

(ここは、ジェイドの育った街...ジェイドのにおいがする。)
本人にもしこのルークの心の声が聞こえれば、馬鹿なことを言わないでください。雪ににおいなどありませんと一蹴されたかもしれない。
でも、ルークにとってのジェイドのイメージはこの雪に近かった...静かで、包み込んでくれるような、安堵のそれ。
あまりの寒さに、街についてすぐ仲間たちは防寒着を手に入れるべく商店へと向かっているのでルーク一人が寒々しい格好で立ち尽くしているわけで。(青いチーグルの仔は、凍りそうだったのでさっさとティアに預けた。ユリアシティにおいていかれたことを完全に根に持っている彼女は、けれどもミュウには優しいので腕の中に抱きしめて了承してくれた)
だから本当に、今現在ルークは一人。この街出身のジェイドは、自然案内に回っている為にここにはいない。買い物を終えればすぐにネフリーの元にいくことになるだろう。
領主の館に行けば、図らずもネフリーからジェイドの過去を聞くことになる...ルークにはもうジェイドの過去をすべて受け入れる気持ちがあったので、かえって自分があそこに行くのは止めたほうがいいと、感じていた。
だからこそ、こうしてさりげなく一人になることを選んだのだが。
白い息を吐いて、ぼんやりとルークは思考に沈み始めた。


アラミス湧水洞で(半ば無理やり)ジェイドと合流したルークはこうして旅を続けている。本当は一人(否、ミュウもだ)で世界を回るつもりだったのに、いつの間にかずるずるとまた同じメンツで旅を始めたのだから少しばかり呆れるを通り越して面白かった。
勝手にユリアロードを使いこちらへやってきた自分を憤怒の形相で追いかけてきたティア、それに、イオンとナタリアが攫われた為にジェイドを呼ぶべくやってきたガイとあれよあれよと合流してしまい(こっそり逃げようとしたのに、笑顔でジェイドに襟首を掴まれた。)、そこからは記憶と同じ...違うのに同じなのが、滑稽な気もするが。
相変わらず針のむしろは変わらないし、アニスなどにははっきりと「アンタなんか死んじゃえば良かったのに」といわれた。...でも、何故か、ジェイドはルークを避けることなくいつの間にか隣に立っているようになった。言葉をかけられるわけでもなく、その意思は全く読めない...でも、純粋にうれしかった。
それに、ルークを迎えに来てくれた...そのことは、自惚れかも知れないがジェイドが自分という存在を認めてくれているということ。
だからかもしれない。...こうして、ルークが立って前を見据えていられるのは。

「おーい、ルーク...そんなところに立ってると、風邪引くぞ」
呼び声に、思考が中断される。
声をかけられて後ろを振り向けば、そこには...ガイ。
金の髪と青い瞳の彼は、アクゼリュスの後もルークに話しかけてくれる貴重な人材ではある。...アニス、ティア、ナタリア、そうしてアニスにガードされてイオンも。皆、ルークなど空気であるかのように無視していたので。
彼とて、思うところは沢山あるだろうに、こうして曲がりなりにもルークの身を心配してきてくれるのは、本当に優しいと思う...今のルークはきっと、ガイにとっては憎い仇の息子でしかないはずなのに。
ぎこちないながらも、笑顔を向けてくれる彼に、ルークはようやく空を見上げることを止めた。少し首を動かせば、視界には雪の塊...どうやら、頭に大分雪が積もっていたらしい。
加えて、半そでに臍だしといういでたちのルークだ...暖かそうな部分など、せいぜいが腰近くまで伸ばされた朱色の髪くらい(髪がそもそも防寒に役立っているかどうかは...疑問だが)、心配性のガイがこうして様子を見に来たのも頷ける。
「全く、お前は本当に...こんな中でそんな格好、凍死するぞ?」
苦笑するガイに笑いかけようと思ったのに、寒さで顔の筋肉が硬直していて、ただ口元が引きつっただけで終る...大丈夫だと、示したいのに。
こういうとき、言葉がないことがもどかしい...相手に意思を伝えることが出来るのは、文字という手段がなければただ表情と口の動きだけになってしまうから。
そのルークの様子を見て、ガイの顔色が変わった。
あわてて走りよってくる彼をぼんやり見ていたら、いつの間にかほっぺたにガイの手袋が外された素手が当てられている...暖かい、いや、熱い、か。
「いわんこっちゃない...これじゃ凍傷になっちまうぞ。ほら、ナタリアかティアにヒールでもかけてもらおう」
世話焼きの彼らしい言葉。
純粋に心配をしてくれていることは分かっていたけれども、ルークは首を横に振る。
そうして、口だけで「ありがとう」と伝えるとへんてこな顔で固まったままガイは動かなくなった。
七年も、一緒に過ごしてきたのだ...大抵の単語なら、ガイはルークの口元から読み取ることが出来る。...意味が伝わらなかったことはないだろうと踏んで、ルークはおそらくネフリーから手配されるだろう高級ホテルとは別の...庶民用の宿へと足を向ける。
「ルーク?!」
あわててこちらを追いかけてこようとするガイに、笑いながら気にするなとジェスチャーをして、雪を踏みしめる。
...今度は、ちゃんと、笑えた。



「貴方は、馬鹿ですか」
「旦那...」
ガイは、ルークに手渡すはずだったコートをかかえたまま、立ち去ってしまったルークを追いかけることも出来ずに立ちすくんでいた。
その硬直をといたのは、若干苛立ちを含んだようなジェイドの声。
見れば、横にその赤い瞳の軍人が立っていた。雪で足音が消されていた為に、気配が読みきれなかったらしい。
ジェイドは、なれているのだろう雪の寒さに震える様子も見せずに淡々と言ってきた。
「あの子は馬鹿ですが愚かではありませんよ。...上から見下した同情を、優しさと履き違えることはない」
「何だとっ!!」
温厚で知れているガイだが、ここまであからさまな言い方をされればさすがに腹も立つ。
手に物を持っていたおかげで掴みかかることはしなかったが、その代わりかなりきつい瞳でジェイドを睨みつける...並みの人間であれば、泣き出すかもしれないほど苛烈な瞳。
だが、ジェイドはそれに冷たい一瞥で返しただけだった。
「私達は、おそらく間違えた...それでもあの子は、許すんでしょうね」
「...?何が言いたいんだ、旦那」
「知らないことは罪、ということですよ。...知ろうとしないことも、ね」
「アンタは何か知っているって言うのか?...アラミス湧水洞にルークを迎えにいったときから、旦那は随分変わったな」
「さて、確証のないことは口にしない主義ですので。...貸してください、あの子供に渡しがてら、つれてきますから」
「あ、ああ。頼む」
本当に、らしくない。
あのジェイドが。
必要以上に人と関わることをしてこなかったように見えたジェイドが、どうしていきなりここまで変わったのか...ルークと何があったのか。
変貌といえば変貌。けれども、読めない性格も、人を食ったような言動も、冷静さも少しも変わってはいない。...自分達、仲間に対する態度は、何も変わってはいないのだ。
ならば、一体何が変わったというのだろうか...ジェイドという人物をあまりは『知らない』ガイには、その疑問を解消するほどの情報は存在しない。
ガイにできたことは、手の中にあったあの子供のためのコートをジェイドに託して、その後姿を見送ることだけ。
「...。」


『あの子は馬鹿ですが愚かではありませんよ。...上から見下した同情を、優しさと履き違えることはない』

胸のどこかが、鈍く痛む。
どうしてだか、ジェイドのその言葉がやけに頭にこびりついて、雪のように重く、のしかかってきた気がした。






いやー、どうしてもこれは書きたかった!!
徹頭徹尾、アビスの仲間たちは常に自分達の『常識』を上から出してる気がしていたので。
まぁ、後半はそうでもないですが。
その中で、ガイ様は件のところでちゃんとルークを殴ってたりするので、私の中では高ポイントに属しています。なのでちょっと出張ってみたり。
ジェイドは大分頑張ってますねー(笑)ジェイルクポイントにつき、次回もケテルブルグですよー。
2007.10.30up