修理の終ったタルタロスを橋付近に接岸し、陸路にてたどり着いたテオルの森。
両国の緊張状態を表すように、検問としての役割を果たすそこは、先に皇帝に話を付けにいったジェイドというマルクトに純粋に属している人間を欠いた面々を通すことはもちろんない。
おとなしく待っていたのだけれども、大分長い時間を待っても全く音沙汰なし。
仕方無しに、隠密のように隠れながら通り抜けた森のその出口で、それは、起こった。

ルークにとっては、ある意味忘れられないほどに、懐かしい出来事が。



沈黙の 代償



何が起こっているのか、おそらく仲間たちの誰にもわからないだろう。
相変わらず女性陣は、ルークに対してほとんど空気のように扱っていたのだけれども、さしもの彼女達も思わずルークの名前を叫ぶほど。
いきなり、ルークの隣を歩いていたガイが、ルークに切りかかったのだから。
もちろん、すさまじいまでの身体能力を有するルークが其れを受け止めることは難しいことではなかった。
ぎりぎり、と力の拮抗する音が響く。
普段のガイを考えれば、ありえない行動だ。ガイは、確かにルークを大切にしているように見えた。例え腹を立てることがあっても、害することだけはないと思われていた、なのに。
「ちょ、何やってんの?!ガイ?!」
アニスの慌てふためいた声は、しかし襲い掛かってきたラルゴによって中断される。イオンの、カースロットです!どこかに、術者がいるはず!という声が、やけに大きく響いた。
敵たるラルゴと切り結ぶことにためらいはないが、しかし仲間であるガイに攻撃を加えることはためらわれた。ガイの青い瞳はどこかにごって、焦点を失っているようにすら見える。
アニスも、ティアも、ナタリアも。皆、普段女性恐怖症のきらいはあるものの、間違いなく『まとも』であるガイに攻撃を加えることを、ためらった。
そのためらいを、後でどれだけ後悔することになるか、そのとき誰も知らなかった。
例え最低な人間(いや、人間ですらないレプリカ)だとしても、その戦闘能力は誰もが認めるところであったから、彼ならガイを傷つけることなくその攻撃を裁くことができる。
その間に、術者を見つけて止めればいいのだと、それだけしか、思っていなかった。

だから。
戦闘中だというのにも関わらず、彼女達はラルゴへの攻撃の手さえも止めてしまった。

どこか悲しく笑いながら、何かを呟き、そうしてその腹にまっすぐにガイの剣をくわえ込んだ、ルークに、目を奪われて。



それは、ガイも同じだった。
地震が起きたと同時、正気の色を取り戻した瞳がその、自分の貫かれたルークの姿を認めて硬直した。髪の色だけではない赤がガイの視界にこぼれる。同時、鉄のにおい。
ガイの剣を腹にくわえ込んだままのルークは、硬直する仲間たちを他所に、人間業とは思えない動きでその腹の剣を抜き去る。
それと同時近くの木に駆け上がり、ためらいもなくその木の上にいたシンクを殴り倒した。
シンクが木の上から転落したことで術の効果が解けたガイが倒れるのと、女性陣が正気を取り戻すのはほぼ同時で、ルークに攻撃を放とうとしていたラルゴの動きを、ティアのナイフとナタリアの弓が止める。
舌打ちをして、すばやく身を翻した六神将の二人は、あっけに取られるよりも早く消えてしまい。
呆然とする四人に残されたのは、笑えないほどの量の血を流し倒れたルークと、そうしてガイだった。


幸いだったのは、ティアとナタリアがいたことだろう。優秀な第七音素術師である彼女達の手によって、ルークの傷は直ちにふさがれ、失った血液は戻らないものの、グランコクマに運ばれたときには意識を取り戻すほどには回復していた。顔色は青いものの、緑の瞳はそれなりにしっかりと意思を持っている。
隣の部屋では、カースロットの解除の為にイオンとアニスがガイに付き添っている...この場にいるのは、ベッドに身を起こしたルーク、ジェイド、ティア、そうしてナタリアだった。
「...ルーク、まずは何故、こんなことをしたのか聞いておきましょう」
珍しく、ジェイドの声には明らかな怒りがにじんでいた。
その怒りは、軍属であるティアも、王女たるナタリアもただ小娘のようにひるませるほど。常人であれば泣き出したかも知れない。それほどの気迫。
ジェイドの視線を、しかししっかりと受け止めたルークは、さらさらとメモ帳に言葉を書き付ける。
『ティアたちが治してくれたから平気。ちょっと、油断しただけだよ』
それに目を通したジェイドは、そうですか。と呟く。
ほんの少し緩んだ緊張に、ティアとナタリアがこっそり息を吐いたその瞬間...ためらいもなくジェイドの手のひらがルークの頬を捉えていた。
ぱんっ
響いた乾いた音と、そうして見る見るルークの左の頬がはれ上がっていく様を見れば、どれだけの力がそこに込められていたかを想像するのは難くない。つぅ、と口の端から血が流れている。おそらくは、口の中を切ったのだろう。
「ちょ、大佐!一体何を、彼は怪我人なんですよ?!」
慌てふためいたティアの声を、ジェイドは一言、黙りなさいというそれだけで切り捨てる。
ぐっと、言葉をこらえたティアを見ることもなく、ジェイドはルークを見る。
「...貴方は、自分ならいくらでも傷ついていいと、本気で思っているんですか?」
腫れた頬を押さえることもなく、ルークの瞳は静かにジェイドを捕らえていた。
ジェイドの瞳も、冷たくルークを捕らえている。
先に視線を外したのは、ルークだった。
『謁見に行かないと』
まるでジェイドの視線から逃げるようにそれだけつづられたメモ帳の字は、少し震えているように、見えた。



「ルーク」
謁見を終えて、宿に戻ってきた面々は、目を覚ましたというガイのいる部屋に順次入っていく。それに続こうとしたルークを、イオンが呼び止めた。
イオンの言葉を待つべく、足を止めたルークに、ためらうように少し視線を下げたイオンが、「ルークはカースロットについてご存知ですか?」と問いかける。イオンの言いたい意味が分かったルークは、静かに頷いてみせた。
...カースロットが出来るのは、あくまでその当人の憎悪などの増幅...元々、ルークに対してその感情を抱いていなければ、ガイはあんな行動をとりはしなかった。
それを、最初から知っていた。それは、知らなかったことよりどれだけ残酷だろうか。
ルークは、あくまで作られたレプリカ...けれども、生まれついたその瞬間からオリジナルの業を背負う。...アッシュにはアッシュの葛藤も悲しみも苦しみもあっただろう。それを否定するつもりは、イオンにはない。
(けど、けどこれが幸せだと...本当に?)
生まれて、閉じ込められて。七年間も。
そうして、恨まれ、憎まれ、疎まれる。残ったのは、血と罪にまみれた両手だけ。
(でも、きっとルークは許すんですよね)
誰の罪も。葛藤も。
そうして、その許しの範疇に、自分を入れることはないのだろう。
生れ落ちたその瞬間、冷たい培養液の中に形を成した瞬間に、罪にまみれてしまった自身を。
このカースロットの件に関して、イオンが悪いわけでもないのに泣きそうな顔をしたイオンの頭を、ルークは慣れたようにぽんぽんとたたく。そうして、安心していいよというように、微笑んで見せた。
『ガイが望んでくれるなら、俺はガイを信じるから』
違う、そうじゃない、そうじゃなくて、僕は。
手のひらに書かれた文字に、イオンは胸の中に痛みを感じながら首を横に振る。
まるで駄々っ子だ。ルークが困ったような顔をしているのが分かる。
やがて離れたぬくもりに、何も伝えられない歯がゆさにイオンは唇をかんだ。

(それが、どれだけ残酷なのか、分かっていますか...?)

身を削ってまで行う赦しの先が、どこにつながっているのか。







気を抜くとイオルクです。が、ネクロマンサーも頑張ってます!!(競馬か)
甘やかしたい大佐。しかし二周目ルークもかなり手ごわいですいろいろと。
段々と、皆から甘やかされるようにシフトしていきます。目指せ愛されルーク!
2007.12.25up