世界に救いがあるのなら。
どうして、人間を生み出したのだろう。



空色の宝石



仲間たちが、十分に離れたことを確認してから、ルークはちらりと残ったひとたちに視線をやった。
老マクガヴァンが残っているおかげで、住民たちは不安そうな顔をしているものの目立って取り乱すものはいない。十数メートルほど地面が沈んでからは緩やかな崩落に移行したこともその一因だろう。
とはいえ、いつ地面がおちるかもわからない状況であることは間違いがない。...心の中ではかなり不安であるだろうに、顔にも出さない老マクガヴァンの器の大きさに改めてルークは感心する。間違いなく、指導者の器であるといえるだろう。
「ご主人さま、ご主人さま。言われたもの取ってきましたですの!」
と。
けなげなチーグルがとてとてと、重たそうに耳を揺らしながら走ってくるのが見えた。
ルークはしゃがみこみ、その手にもたれたものを受け取ってからにこりと微笑む。
頭をなでてやれば、気持ちよさそうに喉を鳴らすミュウは、ティアあたりであればメロメロになりそうなほどほほえましい。
ミュウが持ってきたそれとは、ホーリィボトル。それを自身のバックにしまうと、ルークはそっと、固まっている町の人々からは死角となる位置に足を向けた。見上げてみれば、地面まで十数メートルほどはあるだろうか、首が少し痛くなるほどの高さだ。
(...さて、行くか)
建造物のようにきれいにならされた石ならともかくとして、地盤が割れた個所はかなりでこぼことしてところどころ突き出しているようなところもある。気をつけて登れば、ルークにとってはわけなく脱出できるほどの高さだ。
ミュウを道具袋に押し込んで、剣をしっかりと固定し、ルークは足場を慎重に選びながらしかしさくさくと岩場を登って行く。幸か不幸か、激戦を潜り抜けてきた身体にとっては特に苦になる作業でもない。
そして、五分もしないうちに本来の高さの地面に到着した。
軽く手の汚れを払うようにして、一度ちらりとセントビナーを振り返ったルークは、すぐに身をひるがえして走り出した。



「アルビオールを貸してくれだって?...そうは言っても、一号機はパイロットごと今岩山に引っかかっとるし、二号機は部品が足りなくてまだ完成しとらん。浮遊機関は一号機の分しかまだできとらんし」
セントビナーの住人たちを助けるための方法、すなわち浮遊音機関を手に入れるべく訪れた音機関都市シェリダン。...砂煙を浴びてかなりすすっぽくなっている面々に最初は目を丸くした技術者たちだが、その訴えを耳にしてすぐに渋い顔になった。
その渋い顔の意味は、開戦がささやかれている現状でマルクト軍の軍服を着ているジェイドがここにいることにも一因があるかもしれない。イエモンをはじめとした老人たちが渋るのも仕方ないことといえた。
とはいえ、悠長に交渉している暇などない。ティアの証言だって完全とは言えないのだ。...もしかしたら、セントビナーの大地は三日と持たずクリフォトに沈むかもしれない。
「お願いします。...彼らの身元は導師である僕が保証します...ですから...」
必死な顔をした導師イオンの訴えに、さすがにざわめきだした技術者たちだが、いかんせんこの場に完成した機体がないのは確かだ。
じわりと、焦りがメンバーを支配し始めた...そのとき。

「部品ならタルタロスのものを使って下さい。一号機は私たちが回収に行きます。...ですから、どうかアルビオールを貸して下さい」

誰もが、一瞬何が起きたのかわからずに目を瞬いた。
あの、常に人を食ったような様子のジェイドが、真摯に、深々と頭を下げたのだ。
芝居がかったそれならばたわむれにやることもあるが、どこにもふざけた様子のないそれに、仲間たちですら一瞬ぽかんと口を開けてしまったほど。
時間がないことは何より皆が理解していたことだけれども。それでも。
どこか、一番必死であるかのような様子に見えるのだ。
「お、おお。そうか、なら、お前さんたちが行っている間に、わしらで二号機を完成させておくぞ」
「わかりました」
イエモンにいうが早いか、一号機の機体の固定に使うランチャーを受け取ったジェイドがすぐに身をひるがえしたのを見て、ようやっと硬直のとけた仲間たちがバタバタと走り出す。あまりにもさっさと行ってしまうので、もうジェイドの背中が見えないくらいなのだ。
少し遅れるようにして、残りの仲間たちも集会所から姿を消した。

あらしのように現れて、あらしのように去って行った謎の面々に、イエモン達はしばらく狐につままれたような顔をしていた。
白昼夢だった、と言われた方が納得できたかもしれない。
だが、それが白昼夢でなかったことはすぐに証明された。
「すみません皆さん、よろしくお願いします」
少し困ったように笑う導師がちょこんと残っていたので。



「大佐ぁ、どうしたんですか一体」
「...どうした、とはどういう意味ですかアニス?」
一号機を両側から固定するために二手に分かれたうちのひとつ、ジェイド、ティア、アニスのメンバーは固定に適した場所に行くために岩山を登っていた。
其の途中、ともすれば身長よりもよほど大きな岩がごろごろしている道を歩きながらのアニスの問いに、それまで無言でかなりのスピードで歩いていたジェイドが少し歩をゆるめ、そして振り返った。
必死にそのスピードについてきていたティアとアニスは、内心でほっと息をつく。何せ自分達はジェイドとコンパスがかなり違うのだ、早歩きされるとほとんど小走りでついて行かなくてはいけないのだ。
「なんだかめちゃ必死って感じですよー?大佐らしくないっていうか...」
「...そうですか?」
其の言い方は全く平素のもので、ともすれば勘違いだったかと思うほど。けれども、どう考えてもこの一連の行動のはしばしがジェイドらしくないのは確か。
どちらかと言えばそれは、ルークの行動に似ているようにすら思える。
「確かにセントビナーのことは心配ですし、時間に限りはあるとは思いますが...少し、大佐が事を急いているように、私にも見えます...」
ティアが遠慮がちに口にした言葉に、ふむ、とジェイドは少し考える風に口に手をあてた。
「何故...でしょうねぇ。確かに私らしくなかったかもしれません」
無茶をするのは子供の専売特許なのですけれどもねぇ。とジェイドが言えば、この場にいない赤い髪の少年が脳裏に浮かぶ。なんだかんだと無茶をしでかす、どこかあぶなっかしい、ひたむきな様子の。
(あ...)
もしかして、とアニスはジェイドの顔をちらりと覗きこんだ。
この場にいないあの少年だって、セントビナーが落ちれば間違いなく命を落とす。
考えてみれば、ジェイドがどこか彼らしくないときは、いつだってルークがかかわってはいなかっただろうか。
ティアも同じだったのだろう、彼女の口が声を出さずに「あ」と息を漏らしたのがアニスには見えたので。
「た、大佐ぁ。ルークだったら大丈夫ですよぉ。あいつなんだかんだとしぶとそうだしぃ」
「...何故そこでルークが出てくるのかはわかりませんが。そうですね、急がないとあの子供がどんな無茶をしでかすかわかりませんから、かもしれませんね」
まさか自分で気付いていないの?!と心の中で悲鳴をあげかけたアニスとティアだが、もちろん口に出すほど愚かではないが。


また歩きだしたジェイドには聞こえない位置に少し下がったアニスは、どこかさとった顔で、ぽつりとつぶやいた。
「...ねぇティア」
「何かしら、アニス」
「なんかアニスちゃん、すっごい今のろけられた気分なんだけど」
「...奇遇ね、私もよ」






ええと、ジェイドそろそろまわりにばれてます編です。(笑)
吹っ切れているので、恋は盲目状態のネクロマンサー。さすが初恋(笑)
なんだかんだと心配症の模様です。
2008.2.20up