セントビナーがクリフォトに落ちる少し前に到着したアルビオールによって、残りの住民の救出は滞りなく行われた。
どんどん落下していく地面にあるものはおびえ、あるものはアクゼリュスのそれとダブらせて顔色を青くしたりもしたけれども。
結果的に、崩落による人命の被害が出ることはなかった。



作り直しの砂上の楼閣



「どうした?ルーク、お前顔色悪いぞ」
アルビオールの座席でぼんやりとしていたルークの顔を、ガイが心配そうにのぞきこんだ。
人の気配がいきなり現れたことにルークはほんの少しだけびくりとしたのだけれども、幸いそれは彼には伝わっていないようでほっと息をつく。
何でもないよ、と口を動かしていえば、少し眉を寄せる顔。
『兄貴分』としてのガイの顔だ。ガイラルディア・ガランの顔ではなく。
それが過去の記憶のものと、そして現在の記憶のものと、そうして、『馬鹿野郎』と自分を殴ってくれた彼のものと、重なる。...今も昔も変わらない、ルークの親友であり、兄替わりであり、育て親。
だから少しだけ体の力を抜いて、ルークは笑顔を浮かべた。
「...大丈夫ならいいんだけどな...。」
ガイの顔が曇るのは、恐らく自分が負わせた怪我がもとでまだルークが本調子ではないと思っているせいだろう。だからこそ責任を感じているのだ。(そのことに、少し申し訳なく思う。)
実のところ、もう十分怪我は完治していたのだけれども、その理由でセントビナーに残った手前強く否定しても効果はないだろうと考えたルークは、否定する代わりにぽんぽん、とガイの肩をたたく。それで充分、彼には伝わったようだ。
「...無理するんじゃないぞ。何かあったら言えよ?」
うなずけば、ようやくほっとしたような顔になってガイは笑った。ルークの好きな笑顔で。
あくまで暖かなそれに、少しだけ申し訳ない気持ちに、なった。



セレニアの、花畑。
ぼんやりとそこにたたずむ後ろ姿を見つけたときに、一瞬その姿がぼんやりとかき消えたようにすら見えた。もちろん、瞬きをしても何をしてもその朱色は揺らぎもしていないのに、なぜかいなくなってしまうような予感が、胸の内を占める。
もしかしたらそれは、この幻想的ともいえる白い花畑のせいかもしれない。ぼんやりと発光しているようにさえ見える花たちは、いっそ現実味を欠いてここにあるのだから。
アルビオールを借りるために行った自分の行動がどこに起因するのかを、もうジェイドは理解していた。(ネクロマンサーとまで呼ばれた自分が、同性の、しかもレプリカで、口も利くことのできない、たかだか7歳の少年にここまでひかれるとはどんな人間でも夢にも思わなかっただろうに。)
だからなんとなく消え入りそうなその体に触れたくて、ジェイドはその名前を呼びながらためらいもなく肩に手を伸ばした。
「ルーク、何をやっているのですか」
気配を消していたわけではない。もちろんこちらのことは部屋に入った時点で感じ取っていただろうルークは、さして驚くこともなくジェイドを振り返る。
少し疲れたような顔をしてはいるけれども、はっきりと浮かぶ笑顔には嬉しさがにじみ出ていて、青いとは思うものの、それにほだされている自分も相当のものだと考えなおす。
「これから直にセフィロトに向かうのですから、少しは体を休めなさい」
泥の海に沈む命運にあるセントビナーの大地をせめて残すために、テオロード市長の助言を受けた一行はこれからセフィロトに向かう。
治安のよいセントビナー周辺とは言え、瘴気の影響がどのように出ているかもわからない。人間がいなくなった今、魔物たちが活性化している恐れもある。
ガイがぼやいていたとおりまだ顔色のよくないルークは、けれども間違いなく仲間内では随一の戦力なのだ。それに、テオロードの言が正しければ、ルークの超震動はセントビナーを浮かべるためには必須...もちろん心配の意味はそれだけではないけれども、今現在彼をユリアシティに置いて行動を起こすことは事実上無理に近い。
残りなさい、ということのできない自分に苛立ちを覚えながらも、ジェイドはその赤い髪をそっと梳いてやる。
きょとん、と目を瞬いたその顔がすぐにゆでダコのような赤に染まれば、少しだけ笑う余裕も生まれてくる。からかいの意味も含めて、どうしたのですかと涼やかな声で問うてみれば、頬を膨らませたその顔が何かを言いたげに口をぱくぱくさせたけれども、すぐに下を向いてしまう。
ついに、くすくすと自分の口から笑いが漏れることを、ジェイドは止められなかった。
「〜〜〜っ!!!!」
「おや失礼。...顔が赤いですねルーク、熱でもありますか?」
すました声で言ってやれば尚のこと、真っ赤な顔をさらに真っ赤にして緑の瞳がこちらをまっすぐににらんでくる。それを可愛いと思う感情が己にあったことを、頭の冷静などこかの部分が素直に驚いているのを感じた。
そして、ふいにジェイドは口元の笑みをふっと消した。
それに気付いたルークが、少し心配そうな色を表情に乗せる。(本当に、この少年は人の機微に聡い。)
「...無理をしないで、何かあったら言いなさい」

何てずるいセリフだろうと思う。これから無理をさせてセフィロトに随行させるのを覆すつもりはかけらもないはずなのに。すでに無理などさせているというのに。
だが、同時に本心でもあった。
目を離せば、このセレニアの花のように儚く消えるのではないかと思わせるような何かが、ルークには付きまとっている。
根拠も論証もないただの予感ではあるのだし、確証のないことを口にするたちではないのだが。矛盾することにどこか確信すら含んだ予感。だからこそ、の言葉。

だ・い・じょ・う・ぶ

ジェイドの手のひらにそう文字を書いたルークは、笑っていた。






話が、進まない?!っていうか、この連載、ほとんどルークとジェイドしか出てきませんね。
ひたすらラブラブさせるのが目的なのでそれはいいんですが、気づくとネクロマンサーがスキンシップ過多になって話が進みません。なんだこのプラトニックラブ(マテ)
次回はイオン様が少し出張る...かなぁ。そろそろ女性陣たちとも仲良くさせたいので頑張ります。
偽王女疑惑あたりがちょっと濃く書きたいところなので、もしかしたら次回書いてそこまですっとばすかもしれません。
まぁ、ご愛敬(何か違う)
2008/3/9up