大好きだよ(とても大切で)、君が君であることが(本当の貴方であることが)
大切な時間を過ごしたことこそが(暖かな時間をくれたことが)、何よりも君自身だから(そして俺を形作る一つ)
真実の道を行く旅人へ送る歌
真っ青な顔をしたナタリアに、ルークはかける言葉を持たなかった。
自分が偽物の王女だと告げられて、それでも矜持のためにみっともなくわめくことも、泣くことも出来ず。(だけどそれが、彼女の愛すべき強さなのだとルークは知っている)
ただ、唇をかみ締めて、イオンをつれて去っていったモースの消えた方向をピクリとも動かずに見つめているその姿に、ルークだけでなくほかのどの仲間たちもかける声を持たない。
...『あのとき』のルークは、自らが本物のルークでなかったことに悩み、彼女のことを本当に支えてあげることが出来なかった。
そして今のルークは、彼女の全てを知っているからこそ、気休めの慰めなどできない。
『貴方の戦っている相手は、貴方の敵ですよ』
そんなことを、告げることは、本当に正しいことだろうか。
何よりも自分のことを、彼女が知らないままであることは良くないことであると分かっている。
けれども、『今ではない未来と過去』を知る自分であるからこそ。
震える肩に、手をかけることすら、ルークには許されない。
見下した同情など、絶対に許されない。(罪びとである自分であるからこそ)
(大丈夫、ナタリアなら、大丈夫)
立ち上がる強さを持っていると分かっているからこそ、信じている。
「ルーク、大丈夫ですか」
アスターへの状況説明を兼ねて、ナタリアを休ませにいったメンバーに続かず、ぼんやりと砂漠のある方角を見つめていたルークにジェイドは問いかけた。
確かに、エンゲーブの住民を連れての戦場横断は、本来軍属でもなんでもない、しかも七年しか生きていないルークにとってはことのほか大きな負担となっただろう。
それを考えれば、疲れてしまっている、と考えることも出来る。
普段から、怪我をしてもあまり休もうとはしないルークのことを、一個人としては(ああ、自分がこんなことを考えるようになったなんて...もし、幼馴染である皇帝が聞いたら嬉々とし、あの洟垂れが聞いたら発狂するかもしれない)休ませてやりたい気持ちはある。
けれども、ルグニカ平野を含め、広大な台地が今にもクリフォトへ崩落しようとしている。
...予断を許さない状況は気を緩めることすらこの青年...いや、少年に許しすらしない。そして、世界と少年を天秤にかけて、結果的に世界を選んでしまいかねない自分がいることも、ジェイドは冷静に分析していた。
階段に座って首だけをザオ砂漠に向けていたルークは、ジェイドの姿を認めるとふわりと笑った。(ミュウの姿が見えないが、おそらくはティアあたりがつれているのだろう)
どきり、と年甲斐も無く(というか、これは初恋の少年のようだ)一度大きくなった心臓の音には気づかないふりをして、ジェイドはルークの隣に立ち、その赤い髪を見下ろす。
普段、日記と同様持ち歩いているメモ帳に、さらさらと文字を書き綴ったルークは、
『大丈夫だよ。...ちょっと、ナタリアのことを考えてただけだから』
と苦笑を浮かべた。...子供の癖に、時折こんな大人びた表情を浮かべる彼は、時折軍人である自分よりも世界の底を見てきたのではないかと思わせる。
「...まだ、彼女が偽者だと決まったわけではないでしょう」
自然、ルークの頭を撫でた手と、自分の口から漏れてきた台詞に、我ながら笑ってしまう。
憶測で物を言うことを、自分は良しとしない。是と判断できるだけの材料が無ければ、気休めも口にすることはないというのに。そんな自分の性格を押さえてまで、落ち込んで見える子供を慰める為に気休めを口にしてしまう自分は、どれだけ変わってしまったというのか。
驚くべきは、そのことを不思議と否と思わない自分自身だ...確かに、変わったのだろう。
けれども、ルークはその言葉に首を振って見せた。
腰まで届くグラデーションの長い髪は、砂漠にあってもさらりと揺れて落ちる。
『ナタリアは偽物の王女なんかじゃない』
ジェイドの言葉への否定と肯定。矛盾をはらんだルークの真意には気づくことなく、ジェイドはそうですね。と少しだけ口元を緩める。
しょげてばっかりの顔は、まだ幼いともいえる少年には似合わない。
であった頃に浮かべていた微笑こそ、ルークの本質だと、思えるから。
「...少し落ち着いたら、部屋の中で休みなさい。またザオ遺跡に行きますから」
こくり、と頷いたルークの姿を確認してからふと見上げた空は、大地の崩落や戦争など知らないかのように、晴れ渡っていた。
ジェイドの青い軍服が去ってから、ルークはなんとなく、ジェイドがなでてくれた自分の頭にそっと手をやっていた。
思わず、ふっと笑ってしまう...自分を気遣ってくれるジェイドの、不器用な優しさが、本当にうれしい...例えどんなに疲れていても、ジェイドが触れてくれた部分から元気が沸いてくるのだから、本当にもう、自分はジェイドのことが大好きなのだと思う。
ジェイドがいてくれるから、弱くてだめな自分でも、頑張ろうと思うのだ。
ジェイドがいてくれるから、この世界が、ほんの少し好きになれるのだ。
「ご主人様!ノエルさん、呼んで来たですの!」
紅いジャケットを着た少女の腕に抱かれてこちらに短い手を振ってくるミュウの声に、ルークは立ち上がると、けなげなチーグルと、そして信頼できるパイロットに笑いながら頷く。
(...大丈夫、繰り返しは、しないから)
悲しいほどに秘めた決意の瞳は、澄んだ碧に輝いて揺れた。
―なぁ俺は、間違っているかな。
馬鹿だって、言って、怒るかな。
でも俺は馬鹿だから、こんなことしか思いつかないんだ。
青い空の下で、皆が笑っていてくれることが、俺の望みだから。
俺のわがままだから。
だから、お願いだから、いつか笑っていって欲しい。
『馬鹿ですね』って。
短め。
なんだかこそこそやっているルー君と。
すっかりデレている大佐について。
2008/5/25up