ファブレ家嫡男、ルーク・フォン・ファブレ
10の歳を数えたその日、マルクト帝国により誘拐。
その後、コーラル城にて発見される。
誘拐の際のショックのためか、一切の記憶をなくす。
...また、彼は記憶と同時に自らの声をも失った。
ルークは、懐かしいような、泣きたいような感情でもってセレニアの花を見つめていた。
夜になり、満開咲き誇るそれは太陽の下では決して咲けぬ花。
それであるのに、こんなにも誇り高く咲き誇るそれが無性に愛しくてならなかった。
赤い、毛先に向かうにつれて黄金に移り変わる長い髪は月明かりを受けて煌々と浮かび上がりゆれる。隣でいまだ気を失っている少女のそれとは、色も温度も違う自らの髪。
果たせなかった約束。
帰る、と約束をした相手はもうどこにもいない。
ここにいる彼女は『彼女』ではない。
...もう、自らの返事を告げることも出来ない。
ローレライを解放し、動かぬアッシュの躯をかかえ目を閉じたあの瞬間。
消えたくないと願った自分はいつの間にかコーラル城にいたのだと気づいたのは今から七年ほど前のこと。
動かしたくても動かない手足。
あれよあれよという間にファブレ家に運ばれ、医者やらなにやらにもみくちゃにされてぼんやりああ自分は過去にいるのだと実感した。
もしかして、ローレライはやり直すチャンスをくれたのだろうか。と思う反面どうしようもなく寂しかった。...自分の手には今まだ取り返しの付かない血の色は付いていない。
それと同時に、帰ってくるのを待っていると泣きそうな顔で言ってきた仲間達もどこにもいないのだ。...ルークの世話係りに任命されたガイはもちろん帰って来いといってくれた彼ではない。ルークを迎えに来てくれた彼でも、親友でもない。
ここにある、胸の真ん中にある暖かい記憶さえも、ルークの中の幻に過ぎないのだと一週間もたてば理解した。...同時、まるで獣のように慟哭したい衝動に駆られた。
...けれども、ルークの口からは空気しか漏れなかった。
ルークが自らの異変に気が付いて、しばらくしてまた医者という医者が呼ばれた。
それでも、彼らは声をそろえていうしかなかった。『誘拐のショックで声もなくしたのだろう』と。
ああ、自分はこの人の名前を呼ぶこともできない。
ありがとうも、ごめんなさいも、もう本当に告げることはかなわない。
たったひとことすらも、告げられない。
...ただいまとも、さよならとも。
まだ目を覚まさない少女の傍らで、泣きそうな顔の少年は翡翠の瞳を空に向けた。
けれど、自分には腕がある、足がある。
今度こそ、優しい人たちの傷つかない道を。
ありがとうの道しるべを。
そのための準備を七年かけてやってきた。
さぁはじめよう。
深淵の漆黒へと至る夢路。
目を覚ました少女に微笑みながら、ルークは旅の始まりを感じていた。
夢は現実よりも暗く
ルーク、逆行料金に声を支払うの巻。
シンフォニアのコレットみたいに、人の手とかに文字を書いて伝えようとするルークがかわいいなとか思って作ってみた設定。
2006.12.15