冷たくなった貴方(の体)を覚えています。
常に私の前を歩く貴方(の背中)を覚えています。



紅と暁の日溜りの唄



「待て」
オアシスで、降下作戦を説明したあと、がしりとアッシュに肩をつかまれた。
アクゼリュスからこちら、ルークはさほどアッシュと関わったわけではない(チャネルを開いているわけではないので、直接所謂『便利連絡網』を使うことは無かった為に、おそらくはルークがアッシュと会話を交わしたことはもしかしたら無いのかもしれない)、こうしてアッシュの碧の瞳をまっすぐに覗き込むそのことが本当に久しぶりのような気がして、一瞬ルークは足を止めてしまった。
ミュウに、皆に少しアッシュと話すことを伝えるように頼んで(メモの端を渡しただけだけれども)、改めてルークは体ごとアッシュに向き直った。
『あの時』とは異なり自分は髪を切ったわけでもない、多少色素の薄さ、瞳の色の違いはあれど、まるで瓜二つの自分たちは服を変えてしまえばきっと気づかれない。
ユリアシティで最後にあったアッシュは、ありありとその顔にルークへの憎悪をあらわにしていた。それはとても当たり前のことだし、あそこで途絶えるはずだった自分がいまだ彼のための日溜りにつかり続けているそのことは、とても申し訳ないことだとルークは思っている。
けれども今のアッシュからは、特に憎しみも怒りも感じない。ただ、海が凪いでいる...そんな印象を受ける。
「...お前は、俺のレプリカだ」
感じた印象そのままに静かにいわれた言葉に、ルークはこくりと頷く。自分はアッシュとは異なる人間だけれども、アッシュがいなければ存在しなかった、第七音素の塊だ。それは否定しようが無い。
アッシュがどうして今、そのことを話題に出してきたのか、そしてどうしてルークを引き止めたのか、ルークには分からない。
例え今からアッシュの口から出てくる言葉が存在否定でも、断罪でも、怒りでも、それはルークが受け止めてしかるべきだ...だからこそ、ルークは今こうして向き合っているのだから。
「お前は、それを最初から知っていたな。俺の存在も」
淡々と続けられる、疑問系ではない、ただの確認。
しばらく迷った後に、ルークは小さく頷いた。
そしてルークが頷くと同時、それまで凪いでいたアッシュの空気に、紛れもない殺気が膨れ上がるのを感じて思わずルークは腰の件に手を伸ばしかけた(それは、剣士としては最早仕方ない習性といえよう)...それくらいに、一瞬でも隙を見せればその瞬間に自分の首は吹き飛んでいただろう程に、苛烈な空気。
紛れもない鬼神と称すが相応しい、紅の闘気。剣士としての自分が、警鐘を鳴らし続けるほどの。
グローブがなければ爪が手のひらに食い込んでるのではないだろうかと思うほどに握り締めたアッシュは、まるで血を吐くような声音で、うめいた。

「出来損ないの劣化レプリカに居場所を奪われた上に、てめぇはつまりずっと、高みから哀れみを投げかけてきたってことか。...理解者面した簒奪者が、日溜りから見下ろすのはさぞ気分が良かっただろうな?タルタロスのあの時も、ユリアシティでも、お前は切ろうと思えば俺を切れたはずだ...それをしなかったのは、ずっとてめぇが、哀れんでいたからだろう?」

がん、と鈍器で頭を殴られたような衝撃が走った。
驕っていた自分を、叩き潰されるかのような。

「さぞかし愉快だっただろうな?」
違う、と声は出ない。出せない。叫べない。
どうして、自分は声を持たないのだろう。ルークはアッシュを憎んでも見下してもいない、ただ、生きてほしいと願っただけなのに。
(違う、本当は...本当はただのでしゃばりだったんじゃないのか、ただ、自分の望みをかなえたいだけの高慢で、わがままだっただけじゃないのか)
今まで信じてきたことががらがら音を立てて崩れていくような気すらした。未来を知っている、少なくとも、起こり得る確率の高いまるでユリアのスコアのようなそれをただ一人知っているルークは、ただそれを武器に好き勝手生きてきただけではないのか。気に入らない結末を書き換える為に、ただ自己中心的な意志で。
ざぁっと、音を立てて血が引いていくような気がした。
アッシュがまだ何かを言っているのに、全く聞こえてこない。分からない。
目の前が、暗く、なる。

と。

倒れる前に、ルークの体を支えた腕があった。
グローブ越しに伝わってくる低い体温は、自分を見失いかけたルークをやんわりと抱きとめてくれるようだった。
(ジェイド)
呼べはしないけれども、彼の顔を見上げれば十分に伝わったのだろう、柔らかな笑みでそっと髪をなでられる...まるで子供だけれども、それだけで安心してしまう自分は本当にこの人のことを心の底から信頼しているのだと思う。
「知っていたから、何だというのですか?...最初からルークを見下していたのは貴方でしょう。ありえる仮定ではありませんが、例えルークが貴方を見下していたとして、だからなんだというのですか?自分は良くて人は悪い、どこの子供の理屈ですか。ルークは貴方とは別人ですし、貴方の所有物でも在りませんよ」
「はっ、フォミクリーの権威は、随分とそのレプリカにご執心のようだな?」
「だからなんですか?申し訳ありませんが、私にはかけらも貴方に興味などありません」
「...っ」
目の前で、自分よりもレプリカを肯定されたアッシュの顔色は、見る見るうちに悪くなってゆく。
対してジェイドは、いつもと変わらず笑顔で淡々と話しているだけで、声を荒げることもしていない。
ルークは、困ったようにジェイドを見上げた。自信過剰かもしれないが、ジェイドは自分を庇ってくれているのは分かる。けれども、アッシュの言っていることは正しいのだ。
けれどもジェイドのおかげで少し冷静になることが出来て、ルークはふっと口元をほころばせた。
(...我侭だってわかってるし、もしかしたらただのおせっかいだって怒るかもしれないけど。)
例え誰にどう思われようとも、守りたいものを守りたいのだ...それが偽善だっていい、ルークは、アッシュにも笑ってほしいのだ。そんなこと、誰に否定されたって代えようがないんだから仕方がなかった。

つ、とルークはアッシュの手のひらを持ち上げた。
アッシュがあわてて払おうとするのを押さえて、そこに文字を書き付ける。
不快感に眉根を寄せていたアッシュが、やがて驚きに目を丸くした。
「...それは、どういうことだ」
けれどもルークはそれには答えず、ただ微笑んでジェイドの腕を引いた。...『未来』の記憶を持つなど話すことなど出来はしない、だから、もうこれ以上アッシュに言えることはない。今伝えた言葉も、単なるルークの自己満足で、エゴだ。
振り返ることはしないまま、ルークは皆の待っている宿の前に、足を進めた。






ええと。
そういえばアッシュを絡ませてなかったなぁ、と思いまして。
出してみました。
便利連絡網無かったのにどうやって待ち合わせしたかといえば、鳩です。ええきっと(笑)
初期のアッシュなら、むしろ最初からルークが全部知っていたほうが切れていただろうなぁと思いまして。
だって十七歳ですもの、まだ青い。
でもルークにとってはアッシュは無意識に前を歩いている存在になっているわけですよ、かみ合わないのはそのためです。憧れ、に近いやも。
2008/8/18up