誰の前にも、道はない。
歩いたあとに、道はできる。
すれ違った平行世界
ケセドニア地域のクリフォト降下後。ダアトに寄った際に捕まり強制的にバチカルに連行された。
罪状の確定しているのはルークとナタリア。二人を生きて外に出すつもりが無いのは、わざわざ罪人であるはずの彼らを、縛ることも無くただ城の一室に軟禁していることが示している。つまりは、『最期位、王族らしく死なせてやろう』という思い上がった慈悲。
(吐き気がする...)
ルークは世界をずっと知らなかった。でも世界に出て知った。皆、国など関係なく、その日その日を一生懸命に生きているということ。
そして知っていた、ナタリアもまた、その日その日を王女らしくあらんとして努力して過ごしていたこと。
ただ王城の、あくびの出るほどに平和な場所から...(それは皮肉にも、上流階級が下流階級を見下ろすように作られたこの街そのものに如実に現れている)...見下ろしているだけの彼らが、どうしてナタリアを糾弾することが出来ようか。
安全なだけのこの場所から、兵士達に死んで来いと戦争の指令を出した彼らが。
息を吸って、吐く。
(大丈夫、できる、うまくいける...いかせる)
この先は、もう自分の知らない物語の続きが待っているだろう。
もしかしたら、だめになるかもしれない。...でも、できるかもしれない。
先の見えている未来など、ありえはしないのだから。
心を決めて、ルークはおもむろに立ち上がるとグローブを手にはめた。(見た目にはいつも使用しているものと大差はないが、甲部分に特殊な金属がはめ込まれ、全体的には防刃繊維を使用してあるものだ)ぐっと拳を握れば、いつもとはわずか違った感触が伝わる。
「るー...く?」
自分が王女で無いばかりか、逆賊として捕らえられた現状に真っ青な顔のままうつむいていたナタリアは、顔色を変えずに立ち上がったルークを見上げ、驚いたような声を上げる。
ルークはそんなナタリアに少しだけ笑いかけると、すぐにすぅっとその笑みの余韻すらも残さずに表情を消した。
まるで研ぎ澄まされた刃のような清廉さにナタリアは知らずびくりと背を揺らしていたが、それを見やることもせずに、扉を開けて毒の入った杯を運んできた大臣をその盆ごと拳の一撃で殴り飛ばす。
怪我をさせることは無いが、ダメージの高い殴り方だ。しばらくは動けないだろう。
「なっ...?!」
唖然としている大臣にいくらでも怒鳴ってやりたいことはある。ナタリアにかけてやりたい言葉も沢山ある。けれどもルークにはそれはできない。
だから、この先は、もう自分の記憶と同じに動くことは出来ない。...なぞることは、もうしてはいけないのだ。身を翻すように駆け出せば、あわてたように兵士達が追いすがってくるのが見える。
「お待ちになって、ルーク!!」
ナタリアの声が後ろから響いてはくるが、ルークには気にしている余裕はない。追いかけてくる兵士達は、大臣と同じく動けない程度に打ちのめす。
少しずつ少しずつ、自分の『記憶』とはひずみを生じているこの世界では、少しでも急がなくては間に合わないかもしれないのだから。
おそらくはアッシュがジェイドたちを脱出させてくれているだろうし、オアシスで頼んだとおりに動いてくれるのならばナタリアのところにまっすぐ向かってきてくれているはずだ。
(ごめんな、ジェイド、みんな)
心の中で呟くばかりで、声に出せない謝罪を繰り返して、一度目を閉じて、そうして息を吸い込む。
(自己満足かもしれない、馬鹿だっていうかもしれない。それでも)
それでもルークは、大切な人たちが笑っている未来がほしいから。
「ルークはどこですか、アッシュ」
市民の協力もあって、バチカルから抜け出しベルケントへと落ち延びて、人心地ついた宿において。
誰もが口に出せずにいたその疑問を、ジェイドが静かに発した。途端、場の空気がひやりと冷える。真っ青な顔をしたナタリアは、ジェイドのそれを聞いてさらに青くなり、ぐらりとかしぎかけた体をさりげなくアッシュが支えてやるのが見えた。
イオンから託された禁書があるのだから、アッシュが同行してきたのは当然だろうし、そこに否やを言うつもりはない。
けれども、ここまでの誘導で、アッシュは明らかにルークがついてくることはないと確信した動きでためらいも無く、バチカルでルークを待つこと無くベルケントへと移動した。
バチカルで待てないにしても、目指す先はおいそれとは軍人ですら踏み込めないイスタニア湿原だ。落ち合う術はいくらでもあった。なのに。
例えアッシュがルークを恨んでいるとはいえ、あそこで見捨ててくることを良しとするほど落ちぶれているわけではないことは分かっている。
ならば、何かしらの打ち合わせが事前にあったのではないか。
ジェイドの思考は、そこに結びついたわけである。
予想通り、嫌そうな顔をしたアッシュは、禁書をジェイドの手のひらに押し付けながら吐き捨てるように言った。
「『ナタリアは西の間だ。...絶対に、守ってやってくれ。ベルケントまで、皆を頼む』オアシスでの伝言のときは意味が分からなかったが、あの野郎、ここまで読んでいたとしか思えねぇな」
「...オアシスのときに、ルークがそう貴方に伝えたのですね?」
「そうだ」
不機嫌そうにけれども肯定したアッシュに、ジェイドはため息をつく。こちらにも余裕が無かったとはいえ、完全にルークにしてやられた。
おそらくではあるが、ルークは最初からここまでの展開を読んでいたのだろう。そしてあえて、メンバーと離れる道を選んだ。そこには何かしらの意図がある。それだけの確信を与えてくる行動は、すでに今までのルークに見え隠れしていたからその想像を確信に結びつけることに否やはなかった。
「...全く、発見し次第捕獲して、イロイロとお教えしなくてはいけないようですねあのお子様には。」
ケセドニアあたりから妙に考え込んでいることが多いとは思ったが、とかくルークは純粋で、ネガティブ思考に走ることが多い。
自己犠牲に偏るくせに、これと決めるとそこに突っ走る傾向にあるのでたちが悪いといえるだろう。
「もしかして、死神ディストたちから逃げるときに、あいつらが追ってこなかったのって...」
はっと、気づいたように口に手を当てたアニスの言葉に、ジェイドは痛み始めた頭を押さえながら肯定した。
「まぁ、十中八九ルークでしょうね。...全く、勝手な行動の多い人ですねぇ」
だが、非情ではあっても今はルークを探すよりも、イオンから託された禁書の解読をしなくてはならない。
そうでなければ、大地は、あのクリフォトの泥へ沈むことになるのだから。
心のどこかで、今すぐルークを追いかけてしまいたい自分がいることには、どこか冷静な部分の自分は気づいていた。
けれどもジェイドはそれに気づかないふりをして、皆をまとめるべく口を開く。
無数に広がる選択肢から、選ぶべきそれは今の自分には一つしかない。
「今日はまずは休んでいてください。明日までにはこれを読みきりますから。」
進むべき道が無いからこそ、進んだあとの場所に道が出来るからこそ。
振り返ることを時に、人は『後悔』と名づける。
お、お待たせしました!!
ものっそい時間の空いてしまった続きです。
もう少しコンスタントに書けるようにしたいなぁ...。
2008.10.05up