目が覚めてそこはアルビオールの座席でもなく、そして慣れた安宿の固いベッドでも民家で借りた納屋でもないことに気づくまでに少し時間を要した。
ふかふかの布団からは太陽の匂い。
清潔な白いシーツは何度か洗われているだろう、優しく肌に馴染む感触。
枕元には、片時も自分の傍を離れようとしない馴染んだ水色の毛並みが見えて、丸くなって眠っているだろうことが知れた。
ぼんやりとまだ動かない頭で、それでも左手を上げてその毛並みをなでてやれば、夢でも見ているのか「もう、おなか一杯ですの...」と小さな寝言。
それがほほえましくて、少しだけ口元が緩むのを感じる。
ふわふわの肌掛けをどけるのは少しだけもったいなくて、だらだらと惰眠をむさぼりたい衝動はどうしてだろう、抗いがたい誘惑のよう。
(こんなに気持ちよく眠れたの、いつぶりかな...)
覚醒している状態であれば簡単な計算も、この状態ではおぼつくわけもなく。
考えている間に、うつらうつらとまた睡魔がやってくるのだから仕方ない。
もうあきらめて二度寝してしまおうか。
とても甘美な響きのそれに、自分の思考回路の大半が賛成を唱えたところで、ふと。
ふと、なけなしの理性が唱えた一言に、ルークはぎょっと目を見開いた。
『ここは、何処?』
そう、どこだここは。だって自分は、アルビオールでラジエイトゲートに向かって、地殻を降下させて、それで...
それでどうしただろうか。まるで出来損ないの映写機のようにぷつりと記憶はそこで途切れてしまっている。
睡眠をまだ欲していた体や脳みそは鈍い痛みを伴って覚醒を拒むけれども、そんなの気にしてはいられない。
(だって、そうでなくちゃ、俺は...)
けれど、体を起こすと同時に目に飛び込んできた淡い飴色のまっすぐな髪の毛に、一瞬全ての意識を奪われた。
寝ているのだろう、前に少しかしいだ首と前髪で表情は見えない。
さすがに邪魔だったのだろう外されたメガネがカップボードに置かれ、組まれた足と腕とがなんとなく、『大人』のようで格好いい。
見えないけれども、多分睫はとても長い。...光に透けると、溶けるようで好きなのだと昔、思っていた記憶がある。...結局のところは、全部、好きなのだけど。
(って、じぇ、ジェイドぉっ?!)
一気に記憶が戻ってきた。そうだ、自分はあそこで情けなく気を失って、多分ジェイドによってここ...記憶と現実がずれていない限りは...ジェイドの屋敷に運ばれたのだろう。
一気に戻ってきた記憶と共に、すさまじいまでの焦りもやってくる。
ここしばらく、何せ裏でこそこそ動いてきたという自覚はあるのだ。...そしてまだ、やらなくてはいけないことは残っている。
それなのに、ここで足止めを食うわけにはいかなかった。
あわてて、ジェイドを起こさないように自分の荷物を探す...不幸中の幸いか、荷物は武器も含めて全部カップボードの横においてあり、それを掴み取るとルークは、まだ眠っているミュウを抱き上げて一気に扉へとダッシュを掛けた。
否、掛けようと、した。
「まさか、行かせると思いましたか?ルーク?」
寝ているとばかり思っていた...いや、実際寝ていただろう。神経を削るような旅の中で身に付けた感覚で、其れくらいの気配などルークには分かるのだから。正しくは、つい先ほどまで寝ていたが正しい...男の手が、がっしりとルークの服の裾を掴んで、メガネを外した赤い瞳がにっこりと笑うのを見てしまって、思わずルークは硬直する。
メガネを外したその顔に、どれだけ自分が弱いのかきっと、『ジェイド』は知らないのだ。
硬直、と言うよりは実は見ほれてしまっていたルークを、おそらくは驚いて固まっているだけだと思ったのだろう。ジェイドは立ち上がるとするりとルークの逃げ口をふさぐ場所に体をねじ込んだ...扉はジェイドの向こう側、この距離でジェイドを撒いて逃げるには少しばかりきついだろうか。
「...気づいていないかもしれませんが、貴方は三日ほど寝ていたんですよ...。何も口にしてない状態で走り出そうなど止めておきなさい、途中で倒れられて回収にいくのは真っ平です」
「?!」
ジェイドの言葉に、一瞬まさか!とは思ったものの、一時のアドレナリンから徐々に解放されてゆく体は確かに、渇きと栄養素を欲している...事実なのだろう。
提示された状況に、取りあえず今すぐに逃げることをあきらめて、ルークはぽふ、とベッドサイドに腰掛けた。
ちらり、とジェイドを上目遣いに見上げれば、カップボードにあったメガネをかけたジェイドが無造作にルークの隣に腰掛ける。
(え?ええええええ?!)
まさかの急接近だ。考えてみればこんな近くにいることなんてそんなにないのだ。『この世界』においてはルークとジェイドは単なる同行者であって、だから『昔』の記憶とは違うわけで。
気絶する前にもジェイドに抱きしめられていたのだということを芋づる式に思い出してしまい、顔が赤くなることを必死にこらえて思わず顔をうつむけた。
すぴぴすぴぴと幸せな寝息を立てているチーグルが恨めしい...いっそ、もう少し寝ておけばよかった。
「後でスープか何かを持ってきましょう。いきなり固形物はきついですから。...ああそれより先に水ですか?そこのサイドボードに水差しがありますから飲みなさい。」
さぁ今までのことを詰問されるだろう。と予測していたルークに降ってきたのはしかし、殊の外柔らかで気遣いに満ちた言葉だった。
思わず顔を上げれば、そこにはまるで、時をさかのぼったかのような...そう、『あの時』と同じ表情をしたジェイド。
それは、レムの塔のあとにいつ消えるかも分からないルークが無理をする度に、叱るでもなく掛けられたものだった。
もう振り切ったはずの『過去』に、思わずすがりつきそうになる自分をこらえるので精一杯で。
多分酷い顔をしていただろうルークにしかし、何も問うことなくジェイドは、ただぽんぽんと頭をなでてくれる。
...それだけで、どれだけ心が軽くなるのか。
多分ジェイドは、知らないのだろうけれども。(だって、もう伝えるための言葉を、ルークは持たないから)
ルークは、そっとジェイドの手を取ると、小さく震える手でフォニック文字を書き綴った。
―――ごめん、ちょっとだけ、みないふりをして
もたれるようにジェイドの胸に顔をうずめた自分の瞳からこぼれた水滴も。
今だけは、お願いだから。
一人ぼっちのジェミニ
あれ。本編進めるとか言ってなかったですか?(聞くな)
一回書き直したんですが、一回目ではむしろジェイドとのエンカウントすらなくさっさと脱走していたはずなんですが。
気づいてみたら、ただのいちゃいちゃバッカップルでした。(死語)
次はまた本編軸メンバー戻りますよー。アッシュごめん(笑)
2008.12.17up