始まるのは、終焉のへの序曲。
さぁ、絶望の始まりのコラールを歌え!



空虚のスケルツォ



「...なぁ、どうしてルークをアスランの演習に同行させた?」
「さて?...いままでさんざん慣れない種まきをしていた刈り入れをしたそうだったから...ですかねぇ」
質問に対して肩をすくめた幼馴染に、皇帝は頬杖をつきながらにやりと口角を上げた。

オールドランドという世界が、クリフォトという下層へ降下してからひと月。
やや気温の低下も起こり、気圧の変動など自然の変化に対応するにはまだ短い月日ではある。
それでも様々な問題を抱えながら、なんとか落着きを見せる時間でもあった。
ユリアによって破滅を予言された世界は、まだ緩やかにその時を続けている。
その世界の三大勢力の一つ、マルクトの皇帝とその懐刀は、裏からその降下を支えていた一人の少年について思いを馳せていた。
ひと月前、ラジエイトゲートから無理矢理にジェイドがルークを連れ帰ってきたときにはさすがのピオニーも目を剥いた。
それでも、初めて幼馴染が見せた、気絶している少年を抱いているその顔があまりにも優しいものに思えて、本来であればアクゼリュス崩落の重要参考人であるルークの身柄をジェイドに一任してしまったのは、完全にピオニーの私情だった。
公私混同は、実のところほとんどしていないピオニーだったから、それは少しだけ近衛であるアスラン・フリングスなども驚かせたらしい。
貴族院に席を復帰させたガイラルディアもルークを預かると言って譲らなかったのだが、年季の違いだろう本気を出したネクロマンサーに若手がかなうわけもなく。
肩を落としたガイラルディアは、とりあえずは頻繁にジェイドの屋敷を訪れてあれやこれやと赤毛の少年の世話を焼くことでうまく気持ちに決着をつけたらしかった。
医者をあきれさせたほどの過労、栄養失調、極度の心労などによりがたがただったルークは、そのかいもあってか順調に回復し、ピオニーも気に入りのおもちゃとなったわけだが。
現在その話題の子供は、セントビナー地方で行われているマルクト軍の演習についていってしまって不在である。一般人で、さらに言えばキムラスカの人間でもあるのだが、ルークのたっての願いということもあり許可が出た。...責任者であるところのアスラン・フリングス将軍は、先のルグニカ大陸の降下の折りにルークたちと親交を結んだこともあり、彼の願いを無碍にもできなかったという一因もあるのだが。(詳しくはピオニーもあずかり知るところではないが、そのおかげでキムラスカのセシル将軍との婚姻がまとまったと聞いている)
かくいうピオニーもあの少年はとてもお気に入りである...話すことこそできないが、あの凛とした碧の瞳は感情豊かで嘘をつけない。
それでも話をしているときはしっかりと相手の瞳を見るので、ある程度のやり取りなら筆談でなくても意思を読み取ることもできる。
ひとたび剣をとれば、あのアスランやジェイドすらもしのぐような腕をしているくせに、ピオニーの部屋でブウサギ達とうとうとと昼寝をしていたことももう片手では足りない。...とてもとてもかわいい、子供だとピオニーは思っている。

「あいつがいないと、ブウサギのルークもさみしがるんだがな...」
「なら、許可をお出しにならなければいいでしょう。...まぁ、実のところ、私はまだすべてが片付いたとは思えないんですよ」
ジェイドがかちゃり、とメガネを押し上げる。
それを見て、ピオニーは雑談から少しだけ、真剣な表情へと変えた。
「...つまり、まだヴァン総長のたくらみは終わっていない、ということか?」
すでに、ヴァンらがこのたびの騒乱のもとになっていたことは知れている。
すでにダアトは彼らの地位を更迭し、ディストもこのマルクトの拘置所におかれている。
見掛け上緩やかに落ち着きに向かっている世界で、それでも懸念をこの、恐ろしく頭のいい幼馴染が抱くというのであれば、一国を預かる身としてきかぬわけにはいかない。
「ヴァンを倒して終わるのであれば、最初からそうすればよかったんですよ。ルークであれば、一人でもおそらく、それくらいのことはしてのけたでしょう。...そもそも、途中でアッシュに任せてまで、一人で何か走り回る必要も工作をする必要もなかった。たとえ一人の超振動では大陸降下に力不足だったとしても、そんなものアッシュを引きずって連れてきて一緒にやればよかっただけです。彼とて、世界が落ちるというその時に協力を拒むほど愚かでもなかったでしょう」
「...つまり、それ以上の何かのためにルークはわざとお前たちから離れて行動していた、ということか?」
「憶測ですが。...そして、プラネットストームが活性化しつつあり、同時に今までぼんやりとしていたあの子供が自分から動こうとした...まぁ偶然ではないでしょう」
キムラスカから、最近急激にプラネットストームが活性化しており、ことによると地殻の震動を抑えているタルタロスに異常が起こるかもしれない、というのは報告には上がっていた。
もちろんそれはまだ機密の情報であり、ルークの耳には入れていない。
それであるのに、まるでその時を知っていたように、ルークはある日フリングスの演習についていきたい、と言ったのだ。
「...ジェイド、お前もセントビナーに向かっちゃくれんか?...どうもいやな予感がする」
「...取り越し苦労かもしれませんよ?」
「それで終わるのならば後でいくらでもお前の小言を聞いてやるよ。...それにな、どうもルークを一人で動かすと...無茶をしそうだからな」
どうも、ルークのことになると父親のような視点になりかける自分に苦笑しながら、ピオニーは信頼する己の部下に命じる。
「すぐにセントビナーに発ってくれ。...アスランには俺から一筆添えてやる」
「心得ました」
恭しく頭を下げて、すぐに踵を返す幼馴染が、こんなただの感覚のような命令に文句を言わないことに少しだけ違和感はある。
けれども、結局のところそれは、幼馴染の変化をもたらしたあの少年によるものだとピオニーは気づいていたので、少しだけ口元に笑みを乗せた。

(...いい傾向じゃないか、あのジェイドが、な)

あの少年を大事に抱えて帰ってきた時から感じていたものは、たぶん間違いではないだろう。
そして、あの少年がジェイドに向けている視線がガイや仲間たちに向けているものと違っていることにも、ピオニーは気づいていた。

(ったく、恥ずかしい奴らだな)

そんな風に皇帝に思われていることに気づいているのかいないのか、遠ざかっていく靴音からは判別を付けることはできそうにもなかった。






あれー?ルーク出てこないよ?
ちなみにこのルートではイオン様たちのお迎えはガイです。ティアは...
まぁ、頑張ってくださいとしか言えません(待ちなさい)
そろそろ種まきの収穫です。
2008.12.30up