ことん

ここしばらく、どうしてだか頭にまるで石が落ちるような音が響く。
余りにも現実味を帯びたそれに、始めはどこかで石でも蹴ってしまったのかと周りを見回したが何もなかった。そればかりか、何きょろきょろしてんの世間知らずのお坊ちゃん。せめてまっすぐ前見て歩いてくれない?と人形使いの少女に痛烈な皮肉を浴びてしまった。
おいおい、それは言いすぎだろうと言ってかばってくれる幼馴染に、そんなことない。俺が余所見をしていたのが悪かったんだと苦笑いで謝った。...なんでだか、俺のその言葉を聞いたガイはなんとも言いがたい表情をして、アニスは自分で皮肉を言ったくせにまるで自分が言われたみたいな泣きそうな顔になった。どうして?...俺、また何か間違ったのかな。
アニスは、とととっと軽い音を立てて走ると、少し前を歩いていたイオンのほうへ行ってしまった。随分嫌われていると思うが、別段仕方のないことだろう。俺だったら頼まれてもこんな大罪人で阿呆で気色の悪いレプリカなんぞと旅などしたくはない。冷たい態度を取りながらも追い出そうとはしないみんなの事を考えれば、十分に優しいといえるだろう。そして俺はその優しさに甘えているだけ。

ことん

また、小さな石が落ちるような音がして首をかしげた。
何だろう、この、音は。
「大丈夫ですか?ルーク」
いつの間にか、アニスから離れて俺のそばまで来てくれたイオンが心配そうに顔を覗き込むのが見えた。緑の瞳は本当に心地いいほどに静か。...でも、お前人の心配よりも自分の心配をしたほうがいい。ひ弱で、しょっちゅう倒れてるんだから。
「お前こそ、休憩そろそろ必要じゃないのか?」
聞くと、そうじゃないんです。とイオンは哀しそうな顔で言ってきた。
そうじゃないのか?宿のほうがよかったのか?...もしかして、哀しそうなのではなく辛いのだろうか。ティア辺りに譜歌を頼んだほうが良いかもしれない。屋外ではやはり身体の弱いイオンは十分に休むことが出来ないし、かといって次の街までは大分歩くとガイがさっき言っていたし。
「『貴方』は、大丈夫ですか?ルーク」
心配してくれるイオンに、心があったかくなった気がして笑って見せた。
大丈夫、俺はコレくらいじゃなんともない。俺はコレくらいでつぶれるほど...つぶれて良いほどの人間じゃない。(人間ではそもそもなかった。俺はレプリカだ)
けど、安心させるために笑顔を浮かべたはずなのに、イオンはさらに哀しい顔になってしまった。それどころか、普段穏やか過ぎるほどにおだやかなこいつがまるで怒っているようにすらも見える。
「...少し、休憩しましょう」
「やっぱり、辛かったのかイオン?」
聞くと、今度は怒っていると確信できる声できっちりといわれた。
「ルーク、貴方はどう見ても平気そうには見えませんよ」


結局、あの後一度休憩を挟んで街に付いたのは日が沈んでからのことだった。
休憩を入れさえしなければ、冷えてくる時間帯を避けられたはずなのに...イオンが休憩したいと言い出した手前、誰も何も言わなかったけれどもなんとなくそんな風に思っているように見えた。
俺のことを心配して言ってくれたイオンが悪いことはないのだから、なんだかいたたまれなくてごめんと謝る。...イオンは、僕が休憩したかっただけですよ。といつものあったかい微笑をくれた。

「で?どうしたんだルーク」
相部屋になったガイ(別に珍しいことじゃない。二人部屋が二つと、三人部屋が二つ取れただけだ。アニスは導師守護役だからイオンと同室)は、部屋に入るなり聞いてきた。
何なんだ今日は皆して。俺はいつもどおりだし、それがいやだといわれると変わる途中なので我慢してくださいというほかないのだが。
ジェイドは、俺達のやり取りをただ眺めているだけで口を出すつもりはないらしい。
俺は、荷物袋の中からミュウを出してやりながら苦笑した。
「何がどうしたんだよ。お前こそ、昼間からおかしいっつーの」
「...?具合でも悪いんじゃないのか?ちょっと見せてみろ」
こっちが聞いた筈なのに、ガイときたらまったく人の話を聞きもせず俺の額に手袋を外した手を当ててきた。すこしひんやりして気持ちいい、ちょっと体温の低い手。
俺は、ぼんやりその手を眺めながら思った。俺なんかに触るのがいやではないんだろうか。こんな血まみれで罪にまみれた俺に。
「熱は、ないみたいだな...顔色も悪くないし、食欲もあったな。人参残してたけど」
「ほっとけ」
すねたように唇を突き出して見せたら、また昼間のように奇妙な表情をしたガイがいた。
だから何なんだ、何かあるのなら言ってくれ。
「ガイ、過保護にするのもいい加減にしたらどうです」
一向に何も言ってこないガイの代わりに口を開いたのはジェイドだった。
その目を見てしまってから、見なければ良かったと後悔する。
...赤い、底冷えのするような温度の瞳は俺をさげすんでいることがよくわかる。

ことん

また、こんな室内であるはずもない音が頭に響いた。
アッシュからの通信かとも最初は思ったけれども、それにしたって頭痛もなければ言葉もない。そもそも、送られてくるのは言葉だけでこんな音なんてなかったはずだ。
「なあ...音が、しないか?」
「別に、何もしないぞ?」
一応、聞いてみたけどガイは首を横に振り、ジェイドは鼻で笑ってきた。ミュウは聞こえないですのー。と律儀に返してくる。
「...じゃあ、きっと俺の気のせいだ。わりぃ」
誰にも聞こえないというのなら、俺のためにわざわざ二人の(と一匹の)時間を割く事もない。二人の時間は二人のために使われるべきであって、本来俺に分け与えられるいわれもないのだ。...だって俺は、レプリカなのだから。

ことん、ことん、かつん

また、頭の中に石が落ちて積もる音がした。
「ルーク!!」
強く、まるで少し怒ったように乱暴にガイが肩をゆすってきた。痛い。
イタイイタイイタイ
同時に、頭に響く石の音が断続的になってそれも苦痛だった。早く寝てしまいたい、寝てしまえばこの音を聞かないで済む。頼む、寝かせてくれ。
「お前、少しも笑えてないぞ。...最近、表情が固いとは思ってたけど、今日はまるで能面みたいだ」
そんなことはない、と笑ってみせる。
それなのに、ガイの顔は俺の表情に比例して哀れむようなものに変化する。
その表情で、ああどうやらガイは俺を担いでいるわけではないのだと知った。
表情が出ない、それはあんまりいいことではない。悪いこと、不具合、不良。
...だとしたら、俺は壊れたのだろう。
音機関のように修理に出すわけにもいかないし、どうなんだろう。レプリカは修理可能なんだろうか。
俺は、半分くらいは無視されるのを覚悟でジェイドのほうを向いた。
そうして、ダメもとで聞いて見る。
「ジェイド、レプリカって修理できないのか?」
おお、すごい。
アクゼリュスからこちら(いや、多分最初からそうだったんだろう)俺にかかわることになるとオーラが氷点下まで温度が下がる死霊使いを呆然とさせることが出来た。大変珍しい。
ガイが、俺に向かって何やら怒鳴っているけど、ごめんガイ。俺今ジェイドに結構重要な話を聞いてるんだ。
ジェイドは、貴方は何を言っているのかわかってるのですか。と聞いてきた。冷たくはない代わりに、憐憫に満ちたような声だった。

また、石が落ちる。

「だって、壊れた『モノ』は直さなくちゃ使えないだろう?」
劣化複製で、超振動はアッシュに劣るし知識も常識もないしとりえは剣くらいだけど。いくら出来が悪くても、それ以上悪くなったら目も当てられないじゃないか。
大体、レプリカを作ったのはジェイドなんだから、それくらい判るんじゃないのか?
ガイに、ふざけるなと殴られた。
痛い。
腫れた頬と、口の中が切れたのか鉄の味。
ああ、また壊れた箇所が増えてしまった。物を食べるのが大変だろう、これでは。

ことん

「あんま本気で殴るなよなー。ティアに直してもらうの、大変だろ?」
ティアが。ただでさえ戦闘でみんなの傷を治しているのに。
「あ、でもセブンスフォニムを補給すれば直るのか?」
何せ、俺の主成分だ。100%セブンスフォニム。
笑顔を浮かべてみせる。よし、今度は大丈夫だ向こうの鏡の俺は大変普通に笑っている。
良かった。修理しなくても使えそうだ。

かつん

「...もう、休みなさい」
「あ、うん。そうする」
なぜか、凄く疲れた顔でジェイドが言ってきた。あれ、違う、やつれた?わかんねぇ、俺のボキャブラリーはそんなに豊富じゃない。
ブタザル...じゃない、ミュウをつかんでさっさとベッドに入ると、すぐに眠りに引き込まる。眠る間際まで聞こえていたあの石の落ちる音は、眠りに落ちると同時に消えた。


ルークが寝付いて、しばらく。
赤毛の子供の頬をぬらした涙を、ガイはそっと指でぬぐってやった。
悔恨、それだけが頭を支配する。
ああ、神...そんな存在、ガイはもうとっくに切り捨てていたが...なんでもいい、この際ローレライでいい。
どうして、この子供にこんな重責を背負わせた。
ぴくりとも笑みを作らなくなった顔、辛うじて泣きそうに辛いときだけ歪むそれ。
「あまり、自分を追い詰めるな」
布団をかけなおしてやりながら、そういったガイに答えたのだろう。独り言にしてはやや大きな声でジェイドが言った。

「無駄ですよ」
「...どういうことだ」
確かに、寝ている子供の横でこんな台詞をはいても自己満足でしかないけれど。
ガイの心中を正確に読み取ったのだろう、ジェイドは冷静な声で、しかし彼らしからぬ疲れた顔で、断罪の剣ともいえるような言葉を贈った。


「それは、剣で相手を刺しながら『どうして血を流している』とたずねているようなものです」


自己中心的な人間達は誰も気づかなかった。
生まれながらに十字を負わされ、
導くままに奈落に落とされ、
それでも醜くひしゃげた足と、折れた腕で立ち上がろうとした子供にただ石を投げつけていたことを。



薇仕掛、自動演奏の鎮魂歌



遠慮なく黒い(ってか、暗い)デス。割と好き、こういうの。
昔読んだ漫画で、本人は笑っているつもりなのに表情が消えてしまうっていうのがありまして。ちょっといいなとか思いました。ポイントは鏡を見ても自分では笑っているように錯覚しているということ。萌え。
病んでて、どんどん壊れるルークもいいなぁ...
その場合はガイルクかイオルクでお願いします。救いがあるのはガイルク、救ったように見せかけて叩き落すのがイオルクです。イオン様消えちゃうし...


以下、本文に入れようと思ってやめた(暗すぎる、そしてこれを挿入すると話構成が長くなる)ルークのsssを反転で(ちょっとまたいい感じに病んでるので注意)




たくさんの石が穴を埋めていた。
それはまだ、半分に満たないが、まるでちょっとした池のように広く、深い穴のように見えた。
手前には、名前の彫られてない墓石がある。
墓穴の横には、おそらくこの墓に入れるのだろう残りの石が積みあがっていた。
なんとなく、手にとって、一つ投げ入れてみた。
石は、こつんと不愉快な音を立てて穴に収まる。
いくつか投げいれてから、そういえばこれは一体誰の墓なのだろうと首をかしげる。
墓なのに、墓石も含めて石ばかりだ。
誰の墓かは知らないが、それは少しばかりかわいそうで、寂しい気がした。
あたりをしばらく探し回って、小さな名前も知らない花を、根っこごと持ってきた。
つんでしまえば、枯れてしまう。いつだか庭師が教えてくれた。
そっと、墓石の傍に手で穴を掘り丁寧に花を植えた。
石ばかりだったそこは、花一輪加わるだけで和らいだように見えてうれしかった。
誰の墓なのかは知らないけれど、これで寂しくない。
けれど
どこからか、新しい石が飛んできてちょうどそれは花を押しつぶした。
先ほどまで可憐に咲いていた名もない花は、石をどかしてみればもう見る影もなくつぶれてしまっていた。
なんだか、とても寂しくなって泣きたくなった。
寂しいのだと、泣きたかった。
そうして唐突に、墓石の名前を理解した。
寂しかったのは、この石の下にいるのは――――


2006.12.20