暗闇の中のセレナーデ



ジェイドがセントビナーに到着してすぐに、マクガヴァンから状況の説明を受け、そしてそのままの足で駐屯所の臨時救護室へと足を向けた。
ベッドに横たわっていたのは一様に怪我をしたマルクト兵士たちだけで、あの赤毛の少年の姿も青いチーグルの子供の姿も見受けられない...けが人の中にいないということは、今回は酷い無理をしなかったと考えていいだろう。...少しだけ安堵して、そうしてから救護室の手前のソファーに寝ている赤い髪を見つける。
「ルー...」
ルーク、と呼びかけてやめた。その顔色があまりにも酷かったからだ。
そこらに寝ている負傷兵士など話にもならない...危篤患者かと思わせるほどに、その肌の色は白を通り越して青いほど。
手首を取って脈を計れば確かに生きていることを知らせる鼓動が直に感じられ、少しつめていた息をそこでようやく吐くことが出来た。
「ジェイドさん、ジェイドさん。お久しぶりですの」
赤毛の子供の横で丸くなっていたミュウがこちらに気づいて、主を起こさないようにして小さな声で挨拶を告げてくる。はい、お久しぶりです。と返してからジェイドは、ルークの膝裏と背中に腕を差し込んで抱き上げる。ついでに、その腹の上にミュウも乗せてやった。どうせこのチーグルは、どうやったって主と離れようとはしない。
ぐったりと眠るルークはしばらく目を覚まさないだろう...確かあいていたベッドがあったはずだ。
結局のところ無茶をしただろう子供を、少しでも休ませてやるべく、ジェイドは足を空き部屋へと向けた。



目を覚ますと、目の前にはいつのまにかいつものメンバーがほとんどそろっていた。(ナタリアはいないけれども)
ルークが目を覚ましたことに一番に気づいたガイが寄ってきて、わしゃわしゃと髪をなでてくるのが少しくすぐったい。今も昔も、変わらない暖かな優しい手。
「ルーク!お前ちゃんと食べてるのか?少しまた痩せただろ。よし、今日は俺がお前の好きなエビグラタン作ってやるからな」
「じゃあアニスちゃんはケーキ作ってあ・げ・る♪お礼は出世払いでよろしくー」
「ちょ、二人とも!まずはお粥か何かでしょう。胃袋に無茶させないで頂戴」
おまけに、展開されているやりとりがどこか、『昔』を髣髴とさせて一瞬、これが夢じゃないかなとまで思ってしまう。(なんだよ、子ども扱いすんじゃねーよ!...あ、でもケーキはちょっと食いたいかも。お粥は...チキンだったらいいかも)
腕まくりをしてみせるガイ、ベッドにダイブして抱きついてくるアニス、二人に呆れるティア。
なんだか、本当にそんな皆にただ会えた事がうれしくて、ルークは思わずくすくすと喉を鳴らして笑った。
すると、それまでじゃれあいのようなやりとりを展開していた三人がぴたりと固まる。
「?」
何だろう、と首を傾げれば、最初に硬直から解けたガイにまたぐしゃぐしゃと頭を、今度はかなり強めになでられた。(かき回された、ともいうかもしれない)
「お前、久々に笑ったな。...このところ、ずっと無理してた感じだったからな...。うん、そうだぞ、子供の役目は遊んで寝て勉強して笑うことだからな」
「ルークってさぁ、笑うとやっぱりアッシュとは全然違うよねー。あのオカメインコ、常に眉間にしわ寄せデフォだもん!」
「オカメインコって...アニス、それはさすがにアッシュが可哀想よ」
でもちょっと可愛いかも、なんて小さくティアの唇がつむぐのを見てルークもつられて笑ってしまう。...嗚呼確かに、こんなに笑えたのは久しぶりかもしれない。
やらなくてはと半ば強迫観念に駆られるような渦中にあって、考えてみればちゃんと、『この世界』の仲間たちにてらいも構えもなく向き合えたのは初めてかもしれない。

そう思った瞬間、何だか、永い間見ていた夢から覚めたようなすがすがしい感覚を得てルークははっとした。
(...そうか、この世界に、皆は生きてる。『皆』じゃない皆は生きてる。...俺も、生きてるんだ)
ずっと、線引きを続けてきた。
だって、自分は『あのとき』の後悔を覆すべく行動していて。
約束を守れない代わりに、がむしゃらになって使わない頭も使ってきたし、戦っても来た。
でも、本当のところ、ずっとルークはわかっていなかったのだ。
無意識に記憶と重ねてしまっていた皆は『皆』では有り得なくて。
記憶がぶれるたびにどこか置いてけぼりを食らった気持ちを抱いていたけれどもそれは、当たり前で。
そして、今の自分がまた、皆を大好きだと思う気持ちは『過去』のそれとはまた違うものなのだと。また、新しく築き上げた関係だったのだと。
だから...『ジェイド』だから愛しいのだと、思い続けていた其れも。
(違う...俺は確かに、『ジェイド』を心から...大好き『だった』。でも、今は...)
ベッドににじり寄ってくる面々とは少しはなれて此方を微笑みを乗せて見ているその姿に、かつての『ジェイド』を重ねなくなっていたのはいつからだったのだろう。
最早それは解らない...今でも、『私は貴方に死んでください、としか言えません』と、泣き方が解らない子供のような雰囲気で告げてきた『ジェイド』を思えば心は痛い...約束を守れなかったこと、とても悲しい。...でも、それはもう、別離を受け入れてしまった上での哀惜であったのだと、今初めて気づいてしまったのだ。
ルークの心はとっくに、この世界を愛し、この世界の仲間たちを愛し、そして今目の前にいるジェイドを愛していたのだ...過去の亡霊を重ねていると思い込んでいたのは、ただ自分だけだったのだ。


「るー...く?」
ティアは、呆然と、呟いていた。
だって、さっきまでアニスの冗談にくすくすと笑っていたはずのルークの表情がまるで迷子になってしまった子供のように呆然としたものに変わり、そしてやがて、何の前触れもなしにその碧の瞳からぼろぼろと滝のような涙が零れ落ちはじめたのだから。
それはアニスもガイも同様のようで、慌ててハンカチで目元をぬぐってやるあたり、ガイあたりはさすがと言うべきだろうか。
「どうした?ルーク」
「ちょっとぉ、大丈夫?」
「ご主人様、どこか痛いですの?」
皆が口々に話しかければ、ますますぼろぼろとこぼれてしまう涙に本人も困惑しているようで、手でこすって涙を止めようとするのだが一向に効果はない。
アニスが冗談で笑わせようとしても、ティアがこする手を止めてやっても、ガイが涙をぬぐってやっても止められない。
途方にくれたように泣き続けるルークに、仲間たちの困惑は広がるばかりで。
どうやってか泣き止んで欲しいのに、彼らには(本人にさえも)どうしようもなく途方にくれてしまった。
と。
「...世話が焼けますね...」
それまで、壁際に背中を預けて成り行きを見守っていたジェイドが、そっとルークのベッドサイドへと近寄ってきた。それを見上げながらも変わらず涙をこぼし続けるルークの目元に手袋を外した直の手で触れると、一筋その涙を掬い取る。
たったそれだけの、たったそれだけのことで。
ルークの涙はぴたりと、止まった。
ルークすら驚いてジェイドを見上げているのに、当の本人は皆をして胡散臭いと言わしめる微笑を浮かべたまま。
さらり、と毛先にかけて金色に抜ける長い髪を梳く手が気持ちいいのか、目を細めるルークに、何だか皆、泣きたい気持ちになってしまう。

『...大好きだよ』

涙の反動で少ししゃくりあげながらも、小さく動いたルークの唇につんと来た鼻の奥には、皆気づかないふりをした。





うわーん、動いてくれない!!
珍しくある程度のプロットを立ててみたのですが...
どうしよう、のっけからプロットからずれて暴走始めています。(否、むしろ進んでいないからこの場合なんていうんだろうか...走ってくれない?)
ルークはずっと過去にとらわれて未来を変えようと努力してきたんですが、それって実は凄い矛盾なんですよね。
だって、ルークにとっては『過去』でも、未だ未来が決定されていない時点でもうそれは過去じゃない。現在なんです。
過去は変えられないから過去。過ぎているから過去。
未来を創造できるのが現在です。過去にはその創造力は実のところ、もう無いんです。
ま、ネガティブルーク改善策ってことでひとつ、手を打ってください...。
自分でも書いていて訳が解らない回でした。(おい)
2009.3.15up