「ガイ様華麗に参上ってね」
タルタロスの甲板の上から、全く怪我もなくほとんど着地音もさせずに飛び降りてきた金髪の青年に唖然としたその隙に、あっという間に形勢はひっくり返された。
押さえられていたはずの導師も、そして赤毛の少年も気づけばその...穏やかで優しそうな青年の腕の中に抱えられており、それを瞬時に理解したマルクトの若き大佐によって武器を突きつけられた六神将魔弾のリグレットは口惜しげに舌打ちし、ギロリとわずかその、金の髪の青年を睨みつけて後、兵士達に撤退を告げた。
華麗なる使用人は過保護仕様
「ええと...あの...ガイ?」
ティア・グランツは尊敬する教官に近づけるように、軍人たるもの表情を読まれてはいけない、という教えを守っている。
が、彼女とてまだ成人を迎えぬ16歳であり、あまりにも想定外の出来事にはことさら弱かったし、内心混乱していてもほとんど顔に出すこともないジェイドほどは人生経験を持ってはいない。
故に、現在繰り広げられている光景に知らず困惑を浮かべ、思わず目の前の人物に声をかけてしまったとて責められることではないだろう。
「うん?どうしたんだいティア。何かあったかい?」
好青年然とした、キムラスカから行方不明となったルークを探してやってきたのだというファブレ家付きの使用人であるというガイ・セシルは全く持って嫌味のない様子で振り返ってティアへ向き直った。首だけでなくきちんと体ごと向き直って相手の話を聴こうとする姿勢は好感の持てるものであり、少し世間知らずで我侭なところのあるルークに全く嫌な顔一つしないその性格と忍耐強さもすばらしいものであると思う。
だからこそ、聞かずにはいられないことがあった。
「ええと...その。随分と荷物が多いのね」
あまりにもさわやかに聞かれるものだから、気になってしまっている自分が悪いような気がしてくるのが不思議である。街道沿いをカイツールに向けて歩いている途中なので、特に魔物が出る事もなく平和な道中だからこそ、一つ気になってしまうとどうもずっと気になり続けてしまうという現象なのであるが。
...いや、別段巨大な麻袋を抱えているわけでも、商人のような風体を見せているわけでもない。スピードを利用した闘い方をするガイゆえに、動きの妨げになるほどの荷物を持っているようには見えないし、見た目は常識的な旅装備といった様子である。つまり、ティアが言いたいのは見た目に関していることではない。
「ちょっと失礼、ティア。...嗚呼ルーク、日差しが強くなってきたからこれ塗っとけ。日焼けは後から来るからな」
「ん?あー、わかった」
話を中断して、横にいたルークに日焼け止めの化粧水が入った小瓶を甲斐甲斐しく渡すその様に自分の目が段々半眼になってくるのを感じながら、ティアは根気強くガイから応えが返るのを待つ。
ルークにビンを渡し、大人しくそれを顔や腕などに塗り始めたのを確認してから再びティアに振り返ったガイは、変わらず隙のないほどの笑みを浮かべている。
「悪いね、話を遮っちまって...ええと、荷物が何だって?」
「ええと...何だか、さっきからあなた、水筒だの何だのと凄く準備がいいような気がしていて。荷物、多いのかしら...って思って」
「いや?普通の荷物だよ。まぁ、旅準備せずにきちまったルークの為に、少し多めに持ってはきたけどね」
あまりにも普通にいわれてしまって、ああそういうものかしらと一瞬納得しかけたのだけれども先ほどからルークが体を冷やさないようにウインドブレーカーを取り出してみたり、ルークが水分補給を怠らないように水筒を取り出してみたり、ルークがなれない旅で糖分が不足しないように菓子を渡してみたり、お昼時には何処からか弁当を取り出してみたり(えびまよ握り)、練習用の木刀で外に放り出されてしまったルークの為にいつの間にやら実戦用の(いやに攻撃力の高そうな...というか、間違いなく業物である)得物と木刀とを交換してみたりと実に甲斐甲斐しい。
公爵家坊ちゃん付の使用人ともなればここまでのものだろうかと、別段貴族育ちで無いので貴族の実情を知らないティアは最初思っても見たのだが、いやその前にその荷物袋に剣は入らないだろう長さ的にという疑問が先立った。
しかも、当のルークは知らない外の世界にいきなり放り出されてぴりぴりとしていたところで合流できた自分の幼馴染兼親友兼兄貴分がそばにいることで満足しているようで、全く疑問に持った気配も無い。
否、しかしそもそも袋には容積が存在するはずで、故にもうそろそろ出てきた物の総体積が明らかに袋の容積を上回っていることは間違いない。...はずである。
しかも全部ルーク関連...これを一概に主従愛として処理していいものだろうか、そろそろ迷い始めるところである。
(いいえ違うわこれは主従愛よ...そうでないと、色々怖いわ)
自分の中で湧き上がりかけた、ある意味正解である答えを無理やり思考の外に追いやりつつ、そうよガイに失礼だわと思い直す。彼は自分の失態で連れてきてしまったルークを心配して少し多めに荷物を手配してきてしまっただけなのだ、そうだ。間違いない。
そうでなければ先ほどから...というよりもガイが合流してから此方ところ構わず展開されている主従激甘オーラに耐えられそうにもないティア・グランツ16歳。
「ああ、そろそろいいかなティア」
「え、ええ。ごめんなさい足を止めてしまって」
「いや、構わないよ」
大した用事でもない雑談を振って足を止めさせてしまったというのに、嫌な顔一つせず交わして見せるさまはどこか大人の余裕すら感じさせるほど。
...なのだが。
ティアにきちんと紳士的に断りを入れて足早に先を進んでいたルークに追いついたガイはさっそく、とろけそうな笑みを浮かべながら(もし、アレを年頃の...いや年頃でなくても女性全般が見ていたら誰もが見惚れるだろうくらいの...)あれこれとルークの世話を焼き始めている。こう...特に近くで見ていると、最早ピンクオーラすら垂れ流されているような気がして胸やけを起こしそうになるのだけれども...果たして本当にあれは、正しい主従の姿であるのだろうか。
横をのんびりと歩いているイオンはほわほわとして「仲が良くてうらやましいです」なんていっているし、ジェイドなどは「若人ですねぇ」などと我関せずだ。結果として突っ込み役は全てティアに一任されているわけだが(何せ、当のルークは恐らくコレが異常な状況だとは気づいていないのだろう。何せ記憶をなくして七年間ガイが育ててきたようなものだから)、さすがの彼女にもその役はかなり荷が重いといっても過言ではない。
外の世界に出たことが無かったルークは少し世間知らずで我侭な一面も持っていたけれども大抵は素直で、エンゲーブのりんごを目の前にして、大きな瞳で「これ、食ってもいいのか?」などと許可を求められたときにはうっかりと財布の口を開けてしまったほどに可愛らしくてときめきかけたから、多少過保護にする気持ちはわからないでもないのだが(十七歳で、一応はティアより年上だと解っていても庇護欲をそそるのだ、何故か)、それにしても...。
「なぁガイ?何でさっきからティア、ぶつぶつ言いながら歩いてんだろな」
ガイに渡された日焼け止めをガイに返しながら、ルークは先ほどから疑問に思っていたことをガイにぶつけてみた。
七年前に記憶をなくして発見されたルークは、知らないことが多すぎて中々人に聴けない事も多かったのだが、逐一丁寧にルークが理解できるまで解説してくれるガイがいたからこそわからないことを素直にたずねる姿勢を持つことが出来た。
タタル渓谷に飛ばされてから成り行き上同行者になったティアも、外の世界が初めてだというルークの質問には少し愛想が足りないけれどもきちんと答えてくれたし、ルークとしてはまた自分の知らないことが解るようになってあながちこの旅も悪いものではないと思っている。
「はは、どうしてだろうな」
さわやかな笑みで言われてしまって、まぁ別段正解を求めていたわけでもないルークはむ、と一瞬頬を膨らませたけれどもまぁいいか、と流す。
ルークが視線を外した後、一瞬だけ覗いたほの暗い微笑は当然気づくこともなく、やっぱり木刀よりもこっちのほうが落ち着くよなぁなんて得物を手に呟いてみたりしている。
ガイは、完璧な親友の仮面を再び保ちながら、ぽんぽん、と頭をなでてやりつつ、もう少しで町だから頑張れよ。と笑いかけるのであった。
あれ?そんなに黒くない?ですか?
実のところ、ガイの内心まで表記すると...うん、まぁあれですよ、可哀想なので。(ガイが)止めておきました。
ルーク至上主義のガイ様は、コンタミネーション現象くらい華麗に操ってくれると信じております。
A嬢にさりげなく捧げてみます。こんなんでいいー??(笑)
2009.3.15up