「お、なんかすっきりした顔してるな?ルーク」
にこにこと笑うその人はやはり少し苦手なままだったけれども、その大きな手が頭をなでることにいつのまにか慣れてしまった自分に、少しだけ、驚いた。
唯其処に在る日溜り
キムラスカ側の真意を確かめてほしいというピオニーの依頼を受けて、一行は一路キムラスカの首都バチカルへと足を向けた。
プラネットストームの活性化、六神将の生存、アッシュの行動...収束したかに見えた様々な出来事はまた息を吹き返したかのように動き出し、世界がいかにもろい台座の上に立たされているのかを思い起こさせる。
ルークの体調の回復を待ってアルビオールに乗り込んだ面々の表情は自然厳しいものになり、交わす言葉も少なくただ流れてゆく景色に視線をやるのみ。
会話という会話もなく、ただ静かにバチカルへの進路をとるノエルの動作音だけが響く中、滑るように機体は風を切る。
「着陸態勢に入ります。皆さん、シートについてください」
まだ年若い、けれども己の責務に自信と誇りを持つプロフェッショナルの声が響き、それぞれにくつろいでいた面々は指示通りに座席へと戻る。...言われて外を見てみれば、いつの間にか景色は青ばかりの海から、大地の色へと変わっており、そして目前に座する王城にほぅと息をついた。...アルビオールがなければ、首都間の横断など間違いなく三日を要する距離であり、それゆえグランコクマを出立して未だ二刻ばかりしか刻まぬ時計に改めて古代技術のすさまじさを思い知る。
慣れた様子でレバーを絞るノエルの動きに少し遅れてかかるG、こればかりは幾度経験してもなれない独特の浮遊感とそして落下感、その何とも言えない一瞬を乗り切れば、そこには。
光の王都、バチカルが目の前に、そびえたっていた。
「...」
ルークは、複雑な気持ちで己の家を見上げていた。
結局、ルークはアクゼリュスへの親善大使を命じられてこちら、家には足を向けてはいない。(あの時は、再び帰ることなど考えてもいなかったから)
地殻降下のちはグランコクマに身を寄せていたし、まさかこうしてもう一度バチカルへ足を踏み入れることになるとは思ってもいなかった。...たとえある程度の先の知識があろうとも、思ったようには進んではくれない未来が当たり前だったのだと気づいたのは、ついこの間のこと。
未練も振り切って捨てたつもりでいた「帰る場所」を目の前にして、どんな思いがわいてくるのだろうと思ってはいたけれども、不思議と凪いでいる己の心を読み切れずに、少し戸惑いを隠せない。
(母上も、父上も、まだ俺を息子だと思ってくれているのかな...)
『この世界』に生まれおちて、確かにルークは七年間をバチカルで過ごした。過去の記憶を持っているゆえに複雑なものはもちろんあったけれども、家に懐かしさがわかないわけではないのだ。たとえ、ここに帰るべきがアッシュだと思っていたとて、ルークがここで過ごしてきた年月を否定する理由にはならないから。
ガイといたずらをして回って、ラムダスに小言を食らいそうになったときに苦笑交じりにリネンの中に隠してくれたメイドたちや、時折屋敷を抜け出して城下に出かけていたルークをこっそりと護衛してくれていた騎士団の面々との思い出も、それは確かにルークのものだ。...この七年間を、確かにルークはここで『生きて』いたのだから。(もっとも、そのことに気づいたのは本当に最近のことだけれども)
「ルーク、大丈夫?具合、まだ良くないのかしら...?」
気遣うようなティアの声で我に帰った。もうすでに城の入口の付近まで進んでいる一行はルークを振り返っており、ティアは自分を待ってくれていたらしかった。...気を遣わせてしまったらしい。
確かに、たびたび、それこそイオンよりも回数を重ねて倒れたりけがをしたりしてしまっているから、心配をかけるのも当然のことだろう。
申し訳ない気持ちが先立って眉根を寄せると、なぜかティアの顔が赤くなった...なんだか、小さく「かわいい」とかつぶやかれたような気がするがそれはきっとミュウに対しての言葉であると思っておきたい。
大丈夫だよと口を動かして、止まってしまっていた足を動かせば、屋敷はちょうど背中に隠れて見えなくなり。
(...行ってきます、父上、母上)
ただ心の中だけで屋敷に頭を下げ、別れを告げる。
それでもそれを離別だとは思わなくなった自分の変化に苦笑しながら、ルークはまっすぐに歩を進めた。
「...なぁアスラン?」
グランコクマ、城に与えられた将軍の私室。
気持ち良く整えられたそこに当然の如く居座っている己が主に、フリングスは知らず苦笑を浮かべた。ヒーラーがいなければ危うかったほどの大けが故に、さしものフリングスも医者直々に絶対安静を言いつけられたのでピオニーも脱走などをしてフリングスの胃袋に負担をかけることこそ控えているようだが、代わりに暇を見つけてはこうして部屋に潜り込んでくるのだ。(いかがなものか)今頃、彼の護衛担当が走り回っているだろうに。
しかし気にした様子のない主は、椅子の背もたれに顎を当てるようにして座りながら(つまりは通常と逆向きに座りながら)フリングスの名を呼ぶ。
「...何でしょう?陛下」
この間は、キムラスカから特急で届けられた愛しい婚約者殿の身を案ずる手紙について切々とからかわれたものだが、さて今回の話の種は何であろうか。
生来穏やかである(否、軍人である故にそれは必ずしも全般で言えることではないが)フリングスは、とりあえずその話を拾うことにして相槌を返す。
「お前さ、ルークについてどう思う?」
主にしては珍しく、真剣な声音(否、彼とて弁えている。あくまで雑談中としては珍しい、という意味である)で問われたものだから、フリングスは一瞬ばかり停止して、それからゆるく首をかしげながら問に対する応えを模索する。
「...そうですね、とても一生懸命で、時折こちらが心配になってしまうほどの方ですね。たった七歳で、よほどしっかりしていると思いますよ。ただもう少し、周囲に甘えてもいいのではないかと思いますけれど」
赤い髪の少年を思い浮かべて自然笑みが浮かぶ。禁じられた生体レプリカの少年、声の出ない欠陥品。けれどもフリングスにとってあの少年はけなげで自分自身に不器用なかわいらしい子供でしかない。弟のようにも思っている。
思うままを答えれば、満足そうに己の主は頷いた。だがその顔も、すぐに難しい表情に変化する。
「...だな。あいつはどうにも遠慮がちでいかん。べたべたに甘やかしてやらんと、本人も気づかないうちにどつぼにはまるぞ、あのタイプは。自己犠牲なんぞ、子供の考えるべきことじゃないだろうに」
「...陛下」
「あいつ自身が何を思って行動しているのか俺は知らん。...が、もうあいつが限界に近いことくらいは解るさ。だてに何年も人を見てきていないからな。...手遅れになる前に、ジェイドのやつが動くといいんだが」
ひと月ほど、ルークはグランコクマに滞在していた。
ピオニーもいたくルークを気に入って見えたし、フリングス自身もルークにはかなりの好感を持っていた。ジェイドに向ける視線はとてもやわらかで、そしてジェイド自身も彼を憎からず思っているだろうことは(驚くべきことに)明白だった。二人並んでいるところが一番しっくりくるのだと、微笑ましく思うこともたびたびで。
けれども同時、時折思いつめたようになるルークを確かにフリングスも心配はしていた。
それは、ピオニーも同じだったのだろう。
「ルークに今必要なのは支えだ。...ジェイドはどうにもカタブツだからな、使命とかそんなものに目先を覆われて、大切なものを忘れていなけりゃいいんだが...」
公人としての言葉ではなく、ただ一人の人間としての言葉なのだろう。普段は己を殺し国のための冷酷な決断すらためらわずに下せる皇帝からのぞく人の顔に、フリングスはそうですね、と小さく肯定を返す。
なんとなく、窓の外に視線をやりながら、フリングスは誰にとでもなくつぶやいた。
「...ルークさんが『帰って』きたら、ガイラルディア伯並みに甘やかしてあげないといけませんね」
窓に視線を向けているから見えなかったけれども、皇帝の笑う気配がしてやがて応え。
「ああ、違いない」
マルクトを支える若き将軍と皇帝は、今この瞬間だけ。
赤い髪をした『無口な』少年の幸せを、予言のない世界に、祈った。
ジェイドは?!ジェイドはどこにいった?!(笑)
フリングスさんと陛下出張ってます。ルークは完全に吹っ切れモードのようです。
ほとんど閑話ですね...ううむ、進まない絡まない本当にコレジェイルク?!(聞くなよ)
さて、いい感じに前向きなところで次はザレッホ火山に飛びます。瘴気も復活します。
...泥沼にれっつらごーですが、さてはてお次は頑張ってくださいねカーティス大佐!(ほんとにね)
2009.4.5up